第8話「生まれなおされた飛竜」
ヨラシムにとって、"ワイバーン"の修理はそれほど苦にはならなかった。
もう、10年以上乗ってる愛機である。第一線から退いた今でも、現行機とのパワー差はほんのわずかだ。だが、そのわずかな性能差が生死を分かつ。
次から次に新型機が造られる中、ヨラシムは"ワイバーン"にこだわった。
そこに好みや愛着は皆無。ないと言えば嘘になるが、要するに彼にとって一番
「っし、これでフレームは問題ねぇ。電装系、駆動部分もこんなもんだろう」
ラボラトリーXの設備は、なにからなにまで最新鋭のものが揃っている。交換が必要な消耗部品なんかも、一般兵が使っている物より精度が高かった。
ここで生まれた兵器はほぼ全て、地球脱出艦隊に載せられて旅立った。
残り物は失敗作か欠陥品、それと、ありあわせの標準規格品だけだろう。
「さて、武器は……まずは例の、レールガンとかいうのを見に行くか」
リリスが出してくれたリストの中には、トンデモ奇想兵器がずらりと並んでいた。しかし、その中でもいくつかは"ワイバーン"でも運用可能だし、長旅に備えは必要だ。
そのリリスだが、先程からせっせとヨラシムの作業を手伝っていた。
それも、例の
「おじ様ーっ! レールガンでしたらこれですわ。カートリッジタイプの電源方式なので、ちゃんとその子でも扱えますの!」
長い長い銃身をかかえて、静かに"バハムート"が接近してくる。
よくもまあ、気軽に乗りこなしてくれるものだとヨラシムは
「おう、お嬢ちゃん。そこに置いといてくれや」
「他にもいくつか、使えそうな装備を見繕ってきましたわ」
「……で? そっちの"バハムート"はどうだ? デリケートな機体だが」
「とても素直な子ですわ。本当にいい子……えっと、武器は」
第一世代型は、数えるほどしか生産されていない。なぜなら、一番最初に開発されたエクスケイルなので、採算度外視で「とにかく戦える精いっぱいの性能」をこれでもかと詰め込んでいるからだ。
結果、余りにも過敏で操縦性は劣悪、加えて言えば整備性も難ありの機体ばかり。
さらに、この"バハムート"には、造った連中ですら起動できない奇妙なシステムまで搭載されている。過去、その
「こっちの子には、ビーム兵器を装備するだけのキャパシティがありますわ」
「そりゃそうだ。そいつ一機で戦艦が何隻か作れる、そういうコストをつぎ込んでるからな」
「機体各部のアップデートもされてて、全く古さは感じませんの」
「……俺的にはもっと、操縦の難しさや過敏すぎる危うさを感じてほしいんだがな」
とりあえず、ヨラシムの"ワイバーン"は、戦友たちの残したパーツで修理し、ラボラトリーXの置き土産でわずかな改良も施した。特に、関節部が新品になったことはありがたいし、試運転での性能も上々である。
あとは、背中のブースターを兼ねたバックパックを、試作型のものに換装。
脚部のスラスターも増設して、これで言うなれば"ワイバーン・カスタム"みたいなものになった。
「これでいつもの40ミリマシンガンにグレネードをつけて、と。少しペイロードに余裕ができたから、アップリケでも貼ってくか」
「アップリケ? おじ様、それは」
「使い捨てのリアクティブアーマーだ。ほれ、このタイルみたいなのを貼って補強すんだよ」
「ああ、それでアップリケ。わたくし、クマさんとかサメさんの絵柄がいいですわ」
「わりーな、そういうのはどこにもねえよ。都市迷彩とかなら何種類もあるがな」
「むぅ……この子にはもっとかわいい色合いがほしいですの」
"バハムート"は基本、30年以上前にヨラシムが乗った時と姿は変わらない。だが、あの時はロールアウト直後を思わせる純白のカラーリングだったが、今はそこに
恐らく、このラボラトリーXで兵器開発のテストベットになっていたからだろう。
実験機として、様々な新兵器をテストするためのカラーリングだ。
「あ、おじ様。コクピット周りを重点的に」
「おいおい、誰に言ってんだ?
「とにかく、いのちをだいじにっ! ですわ!」
「わーってるよ。……お前さんもそれを大事にしてくれや」
ヨラシムは教官長として、戦友たちと共に徹底的に少年少女へ操縦技術を叩き込んだ。体罰上等、連帯責任を課して厳しくしごいた。泣きだす生徒や逃げだす生徒も、無理矢理コクピットに放り込んで過酷なカリキュラムを繰り返させたのだ。
それは、地球脱出艦隊を守るエリートパイロットの養成でもあった。
だが、ヨラシムとその仲間たちは……生き残ってほしい、死んでほしくないの一念で心を鬼にしていたのだった。
「まあでも、アップリケも盛り過ぎるとデッドウェイトだからな。それよりは……そうだな、せっかくトンチキ武器の見本市にいるんだ。多少は冒険もしてみるか?」
手首の端末から立体映像を引っ張り出し、愛機のコンディションを確認する。
バックパックの交換が一番の大改修で、結果的に機動力とペイロードが驚くほど向上した。足回りもいじったし、まだまだ装備に余裕がある。
固定武装を二つか三つ、増やせるくらいだ。
その余裕を全部、増加装甲に費やすのも少しもったいない。
とにかく今、ヨラシムはカリギュラを殺して殺して殺しまくりたかったのだ。
「おじ様、これなんかどうでしょう! 試制06式ドリルバンカー!」
「却下だ。……いや、まてよ」
「はいっ! その子の右前腕部に固定武装として搭載、携行武器がなくても格闘戦が可能ですの」
「左右のモーメントバランスが狂う、そこらへんの計算は? お嬢ちゃん」
「対となる左腕にはシールド……もいいとは思いますが、シザーアームを兼ねた
「……はあ、参ったぜ。それは全部、使えねえ失敗作だからここに残ってるんだろうよ」
「道具は使い方次第ですわ、ええと……ドリルとハサミは使いよう? ですの」
確かにリリスの言う通り、右腕にドリルバンカー、左腕にラウンドバインダーを装備すれば奇蹟的なバランスが成立する。のみならず、銃器やナイフ等がない状態でも、ある程度の格闘戦が可能だ。カスタム化で出力の上がった"ワイバーン"になら可能である。
ただ、そんなトンデモ武器を使うモーションデータは一切ない。
これからマニュアルでヨラシム自身が作るしかなかった。
「まあ、やれるならなんでもいいぜ。丁度セッティングもしっくりしたしな」
「マシンガンの他にもショットガン、バズーカなんかをキャリアに積んでいきますわ」
「そうだな、そうしよう。だからなあ、お嬢ちゃん。さっさと降りてきな。その"バハムート"は置いていくんだ。キャリアにエクスケイル二機は積めねぇぜ」
「えーっ! そんなの、もったいないですの! この子だって、戦いたがってます!」
不思議な少女だ。
まるで、エクスケイルと対話してるかのような物言いで振舞う。
ヨラシムとは真逆だ。
愛機と呼んで大事にしても、ヨラシムにとってエクスケイルは道具、武器でしかない。必要とあらば自爆もいとわないし、乗り捨ててでも戦うこともあるだろう。
だが、リリスは既に"バハムート"を友人か恋人、我が子のように接している。
その愛着は危険をはらんでいるが、ヨラシムは不思議と
ただ、このラボラトリーXから持ち出すことにも反対だった。
「わたくし、
「そいつは俺が受け持った。大人の責任ってのもあるしな。けど、そいつは置いていけ」
「ヤですの! この子、わたくしと出会ってしまったんですもの」
「そいつは子犬でも赤ん坊でもねえ、ただのマシーンだ。それも、
「それでもー、ヤなのですわー! ……ぐすん。おじ様、お願いしますの」
卑怯だ。
卑劣に過ぎる。
開けっぱなしのハッチの上から、うるうると
酷く否定しずらい。
泣かれたら困るし、泣かせたくない気持ちが込み上げる。
非情な鬼教官にしてベテランの傭兵、無頼漢のヨラシムですらそう思ってしまう。そこに、永遠の別れを終えた幼馴染の
「……とりあえず、そいつの整備マニュアルをここのコンピューターから吸い出せ。過去の実働データも全部だ」
「! じゃあ、おじ様っ!」
「言っとくが、俺はメンテを手伝わないからな! 面倒ちゃんと見るんだ、お嬢ちゃんが全部! できるか?」
「もちろんですのっ!」
笑顔が眩しい。
やはり、リリスは母リリィにとてもよく似ている。
まったくかなわないなと、ヨラシムも苦笑するしかなかった。
だが、リリスは本当に"バハムート"を乗りこなし、天才的なセンスで運用してくれるかもしれない。彼女が整備の技術も一級品なことは、先程からずっとヨラシムにはわかっていた。
「実は武器も選んでますの! 特大のフォールディングシールドに、オプティカルライフル、あとは、あとは――!?」
その時だった。
不意に真っ赤なアラートが光を血の色に染めた。
敵襲、どうやら基地内にとうとうカリギュラが侵入してきたらしい。
瞬間、ヨラシムの殺意が憎悪で燃え滾る。
リリスは守る、東京に連れて行く。だが、その過程で出来るだけ多くのカリギュラを殺し、仲間たちの恨みをはらすと決めていた。
ヨラシムは蘇った愛機"バハムート・カスタム"に飛び込むや機体を立ち上がらせるのだった
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