第7話「オーパーツとの再会」
あくる朝、あられもない姿の寝相から目をそらして、ヨラシムは眠気と一緒にリリスを忘れた。近頃の子供は、まだまだガキのくせに肉付きが良すぎる。
それでいて、ほっそりとくびれた腰や長い手足は、何とも生意気なものだった。
やれやれと思っていると、そのリリスが目を覚ます。
「ふあーう、ふう……あ、おじ様ー、おはよーございますわー」
「いいからパジャマをちゃんと着ろ! 俺はちょっと、朝飯を調達してくるからよ」
「あー、朝ごはん……それでしたら、冷蔵庫に用意してありますのー」
「お、おう。じゃあ、あっち向いてるから着替えちま――だーっ! すぐに脱ぐんじゃねえ!」
慌ててヨラシムは冷蔵庫に向かう。
脱げかけたパジャマを全部脱ぐ、シュルシュルとした
そして、ラッピングされたサンドイッチの大皿を目にする。
冷えたミルクと一緒にそれを取り出し、テーブルに向かう。
その頃にはどうにかリリスも着替えて、いつもの制服姿で横にならんできた。
「昨夜のうちに作っておきましたの!」
「気がきくじゃねえか」
「でも、生鮮食料品には限りがありますわ」
「何割かは保存食に加工して……あとはしゃーねえ、置いてくか」
その前に、ラボラトリーXでの愛機の修理、そして強化の作業が待っている。かつて仲間が使ってた"ワイバーン"からも、使えるパーツはすでに回収済みだった。
朝食もそこそこに、軽く身だしなみを整えてヨラシムは部屋を出る。
それが当然とでも言いたげに、リリスも後をついてくる。
「おいおい、お嬢ちゃんは部屋で待ってな。ちゃんと第七星都に……東京に連れて行くからよ」
「でしたらこちらのリニアレールが近道ですわ。ラボラトリーXは最下層ですの」
「……そりゃどうも、ったく。ペースが乱されっぱなしだぜ」
それにしても、凄い少女だと思う。この巨大な基地では、誰もが携帯端末を手に動いている。腕時計型のものからタブレット形式、首から下げるカードタイプも存在する。
ヨラシムだって、ちょっと古いタイプだが手首に端末を付けていた。
だが、リリスはなにも見ずに迷宮みたいな基地内を進む。
「あっ、リニアが来ましたの! おじ様、お早くですわ!」
「来ましたの、っておめー、こいつは無人の貨物用じゃねーか」
「はいっ! ですので、飛び乗ってくださいですの! えいっ、こうしてっ!」
ホームで減速しているが、通過駅なのでリニアは走り抜ける。その長い長いコンテナの列に、リリスは突然飛び出した。慌ててヨラシムもあとに続く。
リリスが手すりにしがみつけば、その上から庇うようにヨラシムも身を寄せる。
通過駅を出たリニアは、目的地へ向かって再び加速し始めた。
「あっ、危ねえ! おいお嬢ちゃん!」
「……この時間、早朝に……基地の定期ダイヤに記載のない貨物便が地下に運行されてますの」
「なに! つまり、こいつか」
「どこの駅にも停車せず、一直線に最下層へ……始発駅を調べたら、司令官レベルの権限でしか入れない倉庫エリアでしたわ」
「そいつは臭ぇな、プンプン臭うぜ」
加速のGと風圧からリリスを守りつつ、自分でも手首の端末で確認してみる。確かに、この基地が稼働してからの数十年、この時間に最下層に向かう路線は存在しなかった。
それどころか、教官長レベルの権限では入れないエリアへと、リニアは進む。
リリスに全ての権限が委ねられているからか、セキュリティは発動しなかった。
「おじ様、次の駅で飛び降りますわ。そのあとはエレベーターですの」
「ほいよっと。んじゃまあ、ちょいと失礼するぜ?」
「ほへ? って、おじ様っ! ひあっ!」
片手でひょいとリリスを持ち上げ、米俵のように肩に
そんなヨラシムにとって、リリスは軽すぎた。
若い頃のリリィを思い出し、その追憶を蹴るようにホームに着地。
その駅は、基地のデータに全く存在しない名無しの駅だった。
「ほらよ、お嬢ちゃん。降ろすぜ? ああ、エレベーターってのはあれか」
「もうっ! おじ様ってばわたくしを荷物みたいに……ロマンティクスが足りませんの!」
「そりゃ悪かったな」
なぜかプンプンとむくれて怒るリリスを無視して、先に進む。
しかし、突然電子音が響いて真っ赤なアラートとともに警報が鳴った。
『警告シマス、権限れべる13以下ノ人間ハ、コノ先ニハ入レマセン』
セキュリティが動いて、対人兵器の無機質な殺意が向いてくる。そこかしこのカメラに凝視されながら、さてどうしたものかとヨラシムは腕組み唸る。
同時に、どうにかなると思っていた。
あの娘がどうにかするとわかっていたのだった。
「わたくしの権限でヨラシム教官長を奥へお通ししますわ! 警報の解除を!」
『
思った通りだった。
恐らく、母親と同じ権限を持っているのだろう。彼女自身が、母親を乗せた地球脱出艦隊が出港したあと、空白になった権限を自分で確保したと言っていた。
そして、長い長いエレベータでの時間が始まる。
この先は侵入はおろか、存在すら知らない者たちの聖域だった。
ラボラトリーX……戦時下の動乱が産んだ都市伝説の、その本当の姿が暴かれる。
エレベーターがチン! となって、扉が開かれるや……ヨラシムは絶句した。
「嘘だろおい……なんでこいつが。お前……ここで眠ってたのか」
そこは、地の底に封印された幻の工廠だった。
噂は本当だった、ラボラトリーXは実在した。
そしてそこには、ヨラシムにとってとても感慨深い機体が保管されていたのだった。
「久しぶりだなあ、"バハムート"……お前、こんなとこにいたのか、ええ? なんだ、ピカピカで新品も同然じゃねえか」
第一世代型エクスケイル"バハムート"……すでにもう、30年以上も前の骨董品である。既存の戦闘機や戦車といった兵器なら、30年を経て現役の機体も珍しくないだろう。
だが、謎の侵略者カリギュラと戦うエクスケイルは違った。
最終的に生き残った人類の地球脱出、そこから逆算して時間を稼ぐための最終戦争……その過程で生まれたエクスケイルは、日進月歩の早さで進化を遂げていた。
最新鋭の"テュポーン"が第五世代型の汎用量産機で、"ワイバーン"はその一つ前。という訳で、"バハムート"はジェット戦闘機時代に例えるならプロペラ機だった。
「おじ様、この子を知ってますの?」
「ああ……俺が、っていうか、人類が初めて乗ったエクスケイルだ。そして、初めてカリギュラを撃破したエクスケイルでもある」
「まあ、そうですの」
あの日を忘れたことはない。
そして、忘れたくても忘れられない。
大昔、カリギュラの侵略が始まった時期……ヨラシムは初めてエクスケイルに乗った。専用キャリアから放り出されて、防護用のシートが破れるままによこたわる、この"バハムート"に。民間人だったが、リリィを守るために
それがもう、30年以上も昔である。
だが、
「おじ様、この子……」
「ああ。あらゆる全てのエクスケイルのご先祖様だぜ。……俺が初めて乗った、乗るしかなかったエクスケイルだ」
「そうでしたの……」
それが今、ピカピカの状態で安置されている。
みれば、白無垢の全身真っ白だった当時とは違って、どこか実験機じみたトリコロールカラーで彩られていた。白を基調として、赤と青と、少しの黄色と。
だが、当然とも思えた。
この第一世代型、原初のエクスケイル"バハムート"は膨大なコストと時間をつぎ込まれて作られた究極の試作機である。量産かなわず歴史の表舞台から消えても、ラボラトリーXで最新鋭武装のテスト用に運用されていたという訳だ。
「フン、因果だぜ……ここで30年以上たって、お前さんに会うとはよ。って、お嬢!」
「おじ様、この子まだまだ動けます。記録では14回の近代改修を経て、アップデートされてますわ」
「……だろうな。だが、俺は俺の今の"ワイバーン"を修理する。こいつはメンテナンスも運用も大変でな。試作機ゆえに面倒臭い、信頼しきれねえ機体なんだよ」
「でも、おじ様は若い頃にこれで人類初のカリギュラ撃破をなしとげましたわ」
「夢中だっただけだって話なんだけどな。……あとはまあ、例のシステムが助けてくれた」
「例のシステム? それは」
「忘れろ、そしてそいつは置いていけ。そんな博物館レベルのアンティーク、使い物になるかどうか」
「わかりました! では、この子はわたくしが連れていきますの!」
一瞬、ヨラシムは言葉を失った。
改修を重ねてはいるだろうが、最古のエクスケイル、第一世代型である。
そして思い出す……当時、リリィを守るために乗った時の記憶。その時、武器が全くないにも関わらず、初めてのヨラシムは人型機動兵器エクスケイルを操縦した。
マニュアルがあったのは助かったし、AIのサポートが当時からあったのも覚えている。
だが、そののち軍部に拘束されるようにして連行され、何度も問われた言葉が脳裏を過る。
「ルナティック・エフェクトの発動、か……なぜって、俺の方が聞きてえっての、な」
この試作実験機"バハムート"には、謎の力が搭載されいる。カリギュラとの緒戦において、混乱と悲観の中で人類が生み出した
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