第6話「追憶の戦場と救世主」

 あとはもう、寝るしかなかった。

 ヨラシムも、携帯端末を通してギャンブルを楽しんでたし、酒を持ち寄る仲間たちとの夜が普通だった。だがもう、そうした日常は失われている。

 ただ、寝床が問題だったし、そうなるんじゃないかなと思っていた。


「おじ様、さあどうぞ!」

「どうぞ、じゃねえいよ。あほくさ……さっさと寝ちまえ、おやすみ爆弾娘」

「まあ! この部屋以外の電源を落としたので、空調もここだけですし」

「だからなんで、を選ぶんだっての!」

「一番広いし、設備が充実してるからですわ」


 笑顔のリリスがパジャマ姿で、ベッドの上で誘ってくる。深い意味もなく、無邪気に一緒に寝ようといってくるのだ。もちろん、そこに男女の熱情は全く感じられない。

 単純にこの基地で一番いいベッドがここで、電力節約のために一緒異に寝た方がいいという理屈だった。

 馬鹿馬鹿しいと思う。

 見た目より内面はもっと幼いのだろうとヨラシムは思った。

 だが、冷蔵庫や棚に酒がずらりとならんでるのは助かる。


「そういや、リリィとはぜんぜん飲んだことがなかったぜ……惜しいことしたなあ」


 ぽつりとつぶやき、適当に高級酒をあらかた抱えてテーブルに広げる。

 そう、ここは基地司令にしてミタマ艦長、リリィ・マルレーンの私室だ。最高責任者だけあって、その室内は質素ながらもあらゆる生活環境が充実していた。

 シャワールームもあるし、応接用のテーブルとソファもある。

 そこに今、ヨラシムは陣取って適当にウィスキーを開封した。

 そして、部屋の奥をちらりと見る。

 照明を落とした中にぼんやりと、執務机が見えた。


「今頃奴は宇宙の彼方……へっ、なんだよ。どの酒も新品じゃねえか。飲まねえのか?」


 グラスに氷を入れて、適当にドボドボと注ぐ。

 そうして寝酒をひっかけようとしていると、リリスが隣にやってきた。


「かあ様はお酒は全然な方でしたわ。ただ、アチコチから贈答品とかが集まってくるんですの」

「なんだ、飲まねえなら下に回せよな。……っておい、そういうのはいいからよ」

「まあまあ、おじ様。どうぞ召し上がってくださいな」


 ニコニコの笑顔で、リリスがコップの結露した水滴を拭いてくれる。

 なんだか、出会ってからずっと居心地が悪い。この部屋の主だった女性、母親に本当に似ているからだ。そして、その張本人であるリリィはもういない。

 侵略者ごと、地球に二人ぼっちで取り残されてしまったのだ。


「いいからガキはもう寝な? 明日もいそがしいんだからよ」

「では、おじ様も」

「俺ぁもう少し飲んで、このソファで寝るさ。さ、いい子だからベッドに入ってくれ」

「むぅー、一緒には寝ないんですか?」

「間違いがあっちゃいけねえからな。俺だって男だぜ? それも、ここ数カ月間の激戦で、しばらくご無沙汰ときてやがる。そういう訳だ、さあいったいった」


 意外と素直に「では、おやすみなさいですの」と、リリスはベッドの中へ戻ってゆく。幼馴染の寝起きしてたベッドで、その娘と一緒に同衾どうきん……そういうのは趣味じゃない。

 ただ、この部屋にももう少し顔を出すべきだと思って、後悔した。

 酒だけじゃない、日々多忙だったリリィの近くに、もっといてやればよかった。


「ねえ、おじ様」

「ん? なんだ」

「なにかお話、してくださいな」

「ああ? 何を話せってんだよ。殺して殺されて、ずっと戦争ばかりしてた人間だぜ? お前さんみたいな娘の耳には汚い話ばっかでよ」

「……かあ様のお話は、どうですか? 汚い、ですか?」


 やれやれと思ったが、ほんのり酒精が体に回ってきて、ヨラシムもついつい饒舌じょうぜつになる。

 らしくないが、思い出話が自然と口をついて出た。


「あれはもう、何年前か……地球全土が地獄だった。脱出艦隊の出航までの時間稼ぎ……俺たちは教官になる前は、傭兵として各地をさすらったもんさ」


 そう、忘れもしないあの戦場……黒海地方での秘密工場から運び出される、最新鋭エクスケイルを守る戦い。地球軍のコードでポイントE8と呼ばれていた。

 各地に分散して秘匿ひとくされていた、エクスケイルの製造工場である。

 そこから最後のロッドが運び出される中、カリギュラは襲ってきた。






『大尉! 最後の輸送機が出ます! 援護を!』

『あいよ! お前らついてこいっ!』


 すでに弾薬は尽きかけていたし、敵の包囲は徐々にその半径を狭めてくる。

 そんな中、次代の若者たちに託されるべき最新鋭機"テュポーン"を乗せた輸送機が次々と発進していた。そして、ヨラシムたちは相変わらず"ワイバーン"での激戦苦戦である。

 あの時は愛機も、いかにもミリタリーなロービジ塗装だったし、あんな能天気な黄色い機体ではなかった。


『クッソ、物量ってレベルの数じゃねえぞ! おいそこ、新入り! 前に出過ぎるな!』


 ヨラシムは戦っていた。

 死んだ方がましだと思える地獄でさえ、彼は戦いをあきらめたことがなかった。

 自分でも不思議だった。

 あの日、少年時代に初めてエクスケイルに偶然乗ってから、すでに30年以上がたっている。軍では色々取り調べられたし、傭兵として生き方を決めてからはドンドン敵を殺していった。

 そうして気付けば仲間が集って、ちょっとした傭兵団の団長である。

 だが、改めて正規軍から頼られるようになってからも、選べる範囲で一番の激戦区に飛び込んでいった。


『見てくださいよ、大尉!』

『だから大尉じゃねーっつーの!』

『えと、じゃ、おやっさん? 敵の右翼側に勢いの衰えが見えます! そこを衝けば』

『まて新入りっ! 早まるんじゃねえ!』


 本当に酷い戦闘だった。

 そして、その青年の名はもう覚えていない。最初は、死んだ同志のドッグタグを集めて、その名を胸に刻んで戦ってきた。だが、100から先はもう数えるのをやめたのだ。

 ただ、あの時の蛮勇、垣間見えた小さな希望の光だけは覚えていた。

 それは、若く才能にあふれる男をいけにえにかっさらっていったのだ。


『いいぞ、いける! おやっさん、連中は……ァガッ!?』

『ほれみろ、いわんこっちゃない! 手間をかけさせるな、新入り!』

『目、目が……おやっさん、前が見えません……』

『クソッ、ハルバートン! あのバカを引きずり戻す、援護してくれ!』


 返事を待たずにヨラシムはあの時、飛び出していた。

 どこか弟分のような、息子がいたらこんな感じかなと思っていた青年だった。覚えが早く、勇敢で、ゆくゆくは地球脱出艦隊の部隊へ推薦してやろうと思っていた。

 だが、彼は単騎で突出して、味方の脱出路と引き換えに機体の頭部を失っていた。


『おやっさん、奴らは……敵はどっちですか』

『お前さんの左前方、距離120ってとこだ。いいから撃ちまくって耐えろ! 今、俺が――』


 その時、閃光が走った。

 若者はその命を最後の業火にくべて、猛突進で"ワイバーン"を前に押し出す。そして、群れるカリギュラの前面に出るなり、光になって消えた。

 遅れて爆風が部隊を襲い、ジェネレーターの自爆で巨大なキノコ雲があがる。

 その時、ヨラシムは察した。

 ハナからあいつは、死ぬ気だった。

 その死に場所をヨラシムは、無意識に教えてしまったのだ。






 そして、静かな部屋により重い沈黙がよこたわる。

 リリスも静かに言葉を選んできた。


「そ、それで、どうなりましたの?」

「奴の特攻で敵が隊列を乱した、その隙を縫って部隊は脱出できたって訳だが」

「勇敢な方でしたのね……」

「ただのバカだぜ。傭兵なら、泥をすすっても生き残るもんだ。恰好つけやがって」


 だが、この話には続きがある。

 主戦場を脱出したものの、黒海沿岸でヨラシムたちはカリギュラの激しい追撃にあう。そこでも多くの犠牲を払って、最後まで抵抗するつもりだった。

 すでにヨラシムたちは、全員で長距離を脱出するための足を失っていたのだ。

 輸送機のたぐいはもうないし、地球上に展開するどこの艦隊も拾ってはくれない。


「こりゃ駄目だと思ったんだがな」

「ど、どうなりましたの? もし駄目だったらわたくし、わたくし……」

「馬鹿かっての、目の前に俺は生きてるだろうが。まあ、血はあらそえねえなあ……すげえ大馬鹿野郎に助けられた」


 軍の命令を無視して、突然頭上に戦艦が現れた。地球の衛星軌道上から急行し、大気圏突入を強行した古い艦だった。その艦長が実は、何年ぶりかで再会した、リリィ・マルレーン少佐だったのである。

 自分と入れ替わりに軍に入って、正規軍で出世しているのは知っていた。

 さまざまな戦場ですれ違ったこともあるし、会えば一言二言言葉を交わしてきた。

 だが、その時ヨラシムは知ったのだ。

 自分をいつもお兄ちゃんと呼んで、後をずっとついてきた女の子……その少女はもう、共に戦う戦士として横に並んでいるのだと。


「あの馬鹿は軍法会議の後、出世ルートを外れた……はずなんだけどよ。今じゃ地球脱出艦隊総旗艦の艦長様だ」

「それが、わたくしのかあ様」

「さあ、話は終わった。寝てくれや……俺もまあ、この一杯で寝るからよ」


 意外と素直にうなずいたリリスはしかし、ベッドを出てそばまでやってくる。おいおいいい加減にしろよと思った瞬間……ヨラシムはほおに柔らかなぬくもりが降れるのを感じた。

 リリスは突然のキスのあとで舌を出して「おじ様、おやすみなさいませ!」とベッドに飛び込んで動かなくなる。ヨラシムもまた、突然のことでしばらく硬直してしまうのだった。

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