第5話「二人きりの晩餐」
風呂上がりに、アッと驚く夕食がヨラシムを待ち受けていた。
肉である。
牛肉、サーロインステーキである。
心身ともに疲れた中で緊張感をやわらげた瞬間、肉の暴力が殴り掛かってきた。鉄板で
付け合わせのポテトとコーンもいい香りを交えて誘ってくる。
そこに、リリスが醤油ベースのソースを注ぐ。
ささやかな酢の酸味に、緑の
「さ、おじ様! 召し上がってくださいな! ご飯もサラダも、沢山おかわりがありますの!」
「お、おう……あのなあ、お嬢。さっきの涙ぐましいまでの節約精神は」
「冷凍庫の生鮮食品は、保存食と違って長持ちしませんの! なので、優先順位は高まりますわ。さあ、お召し上がれなのです!」
「あ、ああ」
バチバチと誘う声が肉汁を粟立てている。
ナイフとフォークを持てば「これはお風呂上がりに必須なアレですの!」と、リリスが冷たいグラスを差し出してくる。それは、芳醇なる黄金を湛えた生ビールだった。
貯まらず一杯やって、大きく深いため息を零す。
そして、夢中で熱々のステーキを貪った。
「焼き加減はいかがですか? おじ様」
「ああ、クソッ! 最高だぜ! 司令部の連中、こんな
「母様から聞いてますわ。おじ様はミディアムレアのレア寄りのレア気味が好きなんだと。上手く焼けてたら嬉しいですの」
「……そんなことも話したかねえ。ああしかし、
ヨラシムの言葉に、リリスは身をくねらせ全身で喜びを表現していた。
だが、そのほほえましい姿をなぜかヨラシムは直視できない。
それというのも、エプロン姿の少女が酷く眩しく、毒々しい艶めきに輝いて見えたから。
「なあ、お嬢ちゃん……お前さん、そんな恰好してないで服を着てくれねえか?」
「えっ? どうしてですの?」
「当たり前だろっ、クソガキッ! エプロン以外もちゃんと着ろ! 見てらんねえぜ!」
「裸にエプロンは、殿方の夢だと聞いてましたのに……しゅん。着替えてきますの」
正直、助かったと胸をなでおろした。
同時に、改めて今日の
それに、ヨラシムにとってリリスは据え膳ではない、射程範囲ですらない。
旅立った友……恋人だったこともある女性の娘に、
そう、愛おしい。守りたいと思う気持ちしかないが、疑念もまだまだ渦巻いていた。
「とりあえず、水着を着てみたのですわ! ビキニエプロンですの!」
「アホかっ! この娘、本当にアホなのか!? 普通の服を着ろ、普通の!」
「……しゅん。やっぱにバニーガールエプロンの方がよかったのですか?」
「や、やかましい! そ、それに、あれだ……風邪を引くからよ」
再びリリスが奥の部屋に去ったので、改めてもう一口ビールを飲んで手元のタブレットを手にする。
あんなトンチキな少女でも、
同時に、全てが終った今の地球の頼れるサバイバル仲間だとも理解できる。
タブレットには、例の謎の兵器開発局、ラボラトリーXの情報が綺麗にまとめられていた。そのチェックリストを見ながら、ふむとヨラシムは傭兵の顔になる。
「"チュポーン"の強化や改修のパーツはもちろん、なぜか"ワイバーン"のパーツもある。連中、長期戦を見越してハイロー・ミックスを計画してたのか? しかしこれは」
ヨラシムたちリージョン88の教官が使用していた機体は、前世代機の旧式エクスケイルである。出力や機動性、運動能力や装甲で最新鋭機の第五世代型"テュポーン"に劣り、さりとてかなりの数が生産されたので今でも最前線で酷使されてきた。
そんな旧式機の"ワイバーン"にも、近代改修プランが用意されていた。
それだけではない、本来は実際に配備されてれば多くの兵士が助かったであろう武器がリストに並ぶ、もちろん、安全性や整備性に難があったと言えば、それは正しい判断だろう。だが、目にする新兵器が、その一部が"ワイバーン"でも運用可能と知ると、ヨラシムは
「こういう武器があるなら前線に回せってんだ! クソッ……しかし、こりゃ参ったぜ。地球脱出艦隊の制式採用機"テュポーン"の新兵器はしっかりミタマに積んでるのによ」
次世代機、エクスケイル"テュポーン"は、ヨラシムの生徒たちが使って、毎日屈辱の中でしごかれて、血と汗をコクピットに刻み込んだ最新鋭機だ。
リリスの集めてくれたデータでは、外宇宙へと逃げる人類の守護神"テュポーン"には最新兵器が開発され、総旗艦ミタマに詰みこまれている。一方で、人類地球脱出の捨て石になる"ワイバーン"の新兵器は、ヤケクソ気味なトンデモドッキリ武器ばかりだった。
「まあ、だよなあ。実際、この試作兵器があったら、少しは楽な防衛戦だったぜ」
最新鋭エクスケイルの""テュポーン"は、出力に余裕があって多彩な武器を同時使用可能である。第四世代機の"ワイバーン"と違って、自前のジェネレーターの出力で光学兵器、ビーム兵器が運用可能だった。
それでも、最新鋭機をもってしても人類は地球を守り切れなかった。
そして今、生ける全ての人類は地球を脱出し、外宇宙に逃げ出したのだった。
「まあしかし、ラボラトリーXさんよう……なんだろうなあ、こいつら真面目に仕事してたんだろうかねえ」
ヨラシムは肉を喰いつつタブレットをスクロールさせてゆく。
これからも地球脱出艦隊を守るエクスケイル"テュポーン"のサブ装備は、それはもう実利的で合理的なものばかりだった。これをさっさと配備して、自分たちで訓練してやれればと思う物ばかりだとヨラシムは思う。
反面、"ワイバーン"に装備可能な新兵器は、常軌を逸していた。
「ナパームランス、だあ? 超高性能テルミッドで、攻撃対象の周囲半径1kmを
「ですよねえ。なんか、昔から日本って国はこういうの好きらしいんです」
「お、でもこれは……カートリッジ式のリニアレールガンか。こんな対物ライフルじみたもんが使えるとは思えねえけど――って、ほああ!」
ヨラシムは驚いた。
鼓動も呼吸も止まる勢いだった。
そこには、競技用の水着を着たリリスが立っていた。確かにプールでの訓練もあって、パイロット候補生はリージョン88の公式水着を男女ともに所持している。
だが、アレコレ破廉恥な姿にエプロンを着てきたリリスが、今は違った。
なぜか競泳水着だけでその場に立っている。
「エプロンがいけないと思いましたの! だから……あ、おじ様! ビールのお代わりは」
「……あーもぉ、どうでもいいわ。でも、もう一杯たのむわ」
「はいですの!」
裸エプロンを注意したら、紆余曲折を経てエプロンを外した水着姿でやってきた。教官長として少年少女と長らく接してきたヨラシムでも、妙な危機感を感じた。
今のところ言葉は通じているし、会話が成立している。
しかし、このリリスという娘の未知数な存在感に正直警戒心がささくれだつ。
それがたとえ、幼馴染にして元恋人のリリィの娘だとしてもだ。
「おじ様、ビールをどうぞですのですわ! 因みに、士官用のタンクを繋いでますので、ちゃんとしたビールですの!」
「だよなあ。飲めばわかる、下っ端には麦芽がどうこういう以前の、粗悪品……世に言う発泡酒か? そうですらないのを出してたよな」
「このビールも、節約して飲めば三か月は持ちそうですわ。でも、今日は二人の初めての夜ですし、奮発してお代わり無限大ですの!」
「ちょっと待て、言い方! 言葉遣い! 誰が二人の初めてだっつーの、クソッ!」
何度も繰り返し、言いたくもないのにクソクソと繰り返してしまう。
そんなヨラシムを前にしても、リリスは自分用の小さなステーキと大盛りどんぶり飯を持ってきて、
「ふいー! やっぱり労働のあとはお肉とご飯なのです! あ、おじ様は」
「皆まで言うなよ、お嬢ちゃん、そんな喰いっぷり見せられたら、こっちが満腹になっちまわあ」
「それはよかったですわ。……それで、おじ様のあの子なんですけど」
不意に、肉をはぐはぐ食べていたリリスの顔つきが変わる。
そこには、びっくりするほどの
「おじ様のあの子は、回収した戦死者の機体のパーツを使えば修理できますの」
「お、おう」
「それと、損傷個所ではないですが、ラボラトリーXの試作パーツを移植することで性能の18%向上が期待できますわ」
「なるほど、なあ。まあ、明日からおいおいやるとしてよ……俺の"ワイバーン"で運用可能な新兵器をリストからピックアップしてくれや」
「はいですの! ちょっと失礼しまーす」
ぐいと身を乗り出してきたリリスが上体をヨラシムに預けてくる。
彼女は片手でテーブルに突っ張って、ヨラシムに接することなく密着の距離でタブレットに指を走らせた。
あっという間に画面が切り替わり、愛機の整備状況が表示される。
「おじ様の機体は、ラボラトリーXの試作パーツと、大破した他の"ワイバーン"からのパーツで修理しますの。あとは、キャリア―に三か月分の食料を積んで」
「あ? いや、まあ……そうだったな。お前さんは第七星都の東京に」
「はいですの! でも、よかったらおじ様、わたくしを守って連れてってほしいですわ」
「それは、まあ……クソッ、どうにもならないぜ、こいつはよ」
結局、ヨラシムの暫定的な余生『カリギュラを殺せるだけ殺して、殺しまくって大往生』という未来はかき消された。
だが、不思議とリリスを放っておけなくて、今後の方針を決める。
風呂にも入ったし腹も膨れてほろ酔い気分、今はリリスを遠ざけて、でも側にいてほしい気持ちを押さえつけて寝室に戻るのだった。
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