【ゴキブリ転生】掌編小説

統失2級

1話完結

夜中にふと目が覚める。スマホを見ると2時41分を回っていた。次に温度計を見ると14℃との表示。「どうりで寒い訳だ」と1人呟きクローゼットからフリースを取り出し着込んで再びベッドに戻る。灯りを消して目を閉じるが、中々、寝付けない。1時間ほど粘ってはみたものの、一向に眠気は訪れず、高村芳正は寝るのを諦めて深夜ドライブに出掛ける事にした。宛の無いドライブではなく一応の目的地はあった。車で40分ほどのコンビニまで赴く計画を立てる。深夜なので30分で着けるだろうし、往復で1時間くらいだろう。芳正はそう見当を付けて愛車のニッサンに乗り込んだ。車内ではボン・ジョビをBGMにハンドルを握る。快適なドライブだった。いや、少し快適過ぎたのかも知れない。そのせいで、ついついアクセルを踏み込み過ぎて30Kmほど速度オーバーしてしまった。その結果、芳正の自動車は交差点で事故を起こしてしまう事となる。芳正側は青信号の直進で、相手側は青信号の右折車だった。左側面に衝突された相手側の自動車は何度か回転して逆さまの状態で静止した。


7時のアラームで目覚めると、芳正は自分の部屋のベッドに居た。暫く天井を見続けた後にベッドの脇に立って、体のあちこちを動かしてみるが、怪我をしている箇所は無い様子だ。事故後の記憶が全く無い事を奇妙に思いつつも、芳正はマンションの駐車場まで降りて自分の自動車を確認してみる。しかし、事故の形跡は一切無かった。(妙にリアルだったけど、結局あれは夢か。あぁ本当に良かった)安堵した芳正は部屋に戻り、朝の支度を済ませて自動車で出勤した。


それから1年後の冬、芳正は深夜に中途覚醒して、ドライブに出掛ける事にした。そして、あの夢に出て来た交差点で速度オーバーが原因で事故を起こし、命を落としてしまう事になるのだった。


「折角、神様があなたに予知夢を見せて、安全運転を心掛ける様にメッセージを送ったのにも関わらず、あなたはその予知夢を気にも止めずに速度オーバーを犯して、相手側の運転手とその同乗者の2人を殺し、そして、自分も死んでしまう事故を起こしてしまいました。本当に残念な話です」と白い着物を着た老女が、白い部屋の中で悲しそうな顔をしながら、芳正に言葉を投げ掛ける。部屋には老女と芳正の2人しか居ない。「あなたは一体、誰ですか?」芳正が戸惑い気味に問い掛けると、老女は「私は転生係り員です」と返答した。「僕は死んでしまったのですか?」「そうです。あなたは神様の懇意を無駄にして、事故死してしまいました。その罰としてあなたには同じ時代に向こう100万回に渡りゴキブリに生まれ変わって貰います」「嫌だ、そんなの嫌です。また、人間に生まれ変わらせて下さい」芳正は必死に懇願する。「あなたが100万回に及ぶゴキブリの生涯を真面目に全うしたなら、また、人間に生まれ変わる事もあるでしょう。その希望を心の支えにゴキブリの生涯を100万回、繰り返しなさい」


ゴキブリに生まれ変わった芳正は人間時代の記憶を抱えて生きていた。(人間時代は煩わしい対人関係に悩む事も多かったが、ゴキブリの生涯ではそんな事も一切無い。ゴキブリの生涯の方がずっと楽しい。それに、空も飛べる)等と芳正は考えていた。それだけなら、何の問題も無かったのだが、人間に何度か殺された事によって芳正は人間を恨む様になり、結果として人間に復讐するゴキブリとなっていた。それは、日没後の商業施設にやって来た自動車から運転手が降りるタイミングを見計らって、その自動車に素早く忍び込み、運転手が帰って来て再び自動車を運転していると、いきなり飛び出して運転手を驚かせ事故を起こさせるという手法の復讐だった。芳正の繰り返されるゴキブリの生涯では人間に殺される生涯が4割で、人間を殺す生涯が3割で、人間を殺した後に別の人間に殺される生涯が3割だった。神様はそんな芳正を哀れに思いつつも、懲罰権の長として、ゴキブリの生涯100万回という制限を取り消し、永遠にゴキブリの生涯を繰り返すという罰を新たに芳正へ与えるのだった。しかし、その罰も芳正に取っては、それほど苦痛なものでは無かったという事です。


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