第5話「異世界転移者だろうが、生きていくには金が必要」

「ジュンリさん、何かお探しですか?」

「この街……」


 人が集う店がある一方で、寂れた店も存在する。

 客で賑わっているのは食べ物を扱っていると分かるが、色褪せた看板の店はなんの店なのか想像することも難しい。


「なんか、人が集まるところと、そうじゃないとこの差が激しいなと思って……」


 賑やかな店の前を通り過ぎると、楽しそうに笑い合う人々の声が聞こえてくる。

 食事時間を美味しいという感情で満たすために、買い物客は充実した時間を過ごしているように見える。


「寂れたお店の前は……とても静かですね」


 埃が積もっている木製の扉や窓硝子を見つめながら、俺たちはギルドへと足を運んでいく。


「……店……異世界転移者の料理店とか、いいかもな」


 自分が異世界転移してきた、この都市。

 近くの森でレイスと出会うことができたのも何かの縁だと思い、この寂れた街のためにできることを思い浮かべてみた。


「ジュンリさんのお料理は、世界で一番の美味しさです」


 レイスが柔らかな笑みを浮かべながら、異世界で浮かんだ初めての夢を肯定してくれた。


「それは、さすがに大袈裟だけどな」

「そんなことありませんよ! だって、私の心はジュンリさんの料理に、こんなにも喜んでいるんですから」


 家庭料理程度の腕しか持っていない自分に対して、レイスは期待の気持ちを言葉に込めてくれるから調子に乗りそうになる。


「異世界転移者の料理店、とても斬新だと思います!」


 都市を訪れる人々に美味しい食事を提供することで、寂れた一部の店に少しでも活気を取り戻すことができたらと夢が膨らんでいく。


「……やってみるか」


 夢を持つことなく、ただただ訪れる毎日を過ごしてきた。

 何かに情熱を注ぐこともなく、目標もなく、ただ流されるままに生きていくのが楽だと思ってきた。でも、自分は初めて未来に希望を抱くことができた。


「私は治癒魔法を駆使して、食材を集めてみます」

「待った! いくら戦う力を持たないからって、治癒魔法で死なない体もどきを手に入れるとか……」

「治癒魔法の新たな活用方法です」


 恐ろしい提案をしてくるレイスだが、それだけ転移先の異世界では必要とされたいのかもしれない。


「異世界転移者の料理店は、俺の夢であって……」


 しかし、異世界転移者が希望を持ったことが悪かったのかもしれない。


「異世界転移者の飲食店なんて、もう既に飽きられているわよ」


 風に揺れた黒いワンピース姿が印象的な幼き少女が現れ、異世界転移者である俺とレイスに鋭い眼差しを向けてきた。


「だって、この世界」


 三角帽子をかぶった魔女風の少女は厳しい口調で、異世界転移者を諭してくる。


「異世界転移者の数が多すぎるんだから」


 異世界転移者の多くが飲食店を始め、よりにもよって日本の食生活を広めようと開業し始めた。

 多くの飲食店が廃業に追い込まれた結果が、今だということを目の前の魔女っ子は語ってくる。


「私たちは、異世界転移者の料理に飽きたの」


 魔女っ子は一歩前へと進み、俺の目を見据えた。

 どっからどう見ても小学生くらいの身長しかない魔女っ子なのに、淡い紫色の髪色の美しさに異世界らしさを言葉を詰まらせてしまう。


「料理店を始めたいなら、この大魔導士ルルセ様の舌を満足させてみなさい」


 かっこよく決めポーズを決めた魔女っ子に拍手を送ってしまいそうになったが、少女の腹が馬鹿みたいに大きく鳴る。


「ふっ」

「くすっ」


 魔女っ子を怒らせてしまった俺とレイスだったが、三人の間には明るい空気が広がっているような気がして一緒に笑い声をあげた。


「っ、笑うな! そこの異世界転移者!」


 威厳ある三角帽子と真っ黒なローブが台無しになってしまうくらい怒り狂っている少女がいるっていうのに、これから始まる異世界生活が賑やかなものになるんじゃないかって期待がやまない。


「飲食店なんて経営しても、すぐに潰れちゃうんだから!」


 異世界転移者だらけで、職業が見つからないところから始まる異世界生活。

 俺はスローライフを送るつもりでも、まずは金を稼ぐ手段を探すのに苦労する羽目になるらしい。


「美味い飯を提供する」


 異世界のことを教えてくれる人物が目の前に現れたのなら、話は早い。


異世界転移者が金持ちになるために、知恵を貸してくれないか」


 この出会いが幸運によって導かれたものでありますようにと祈りを込めて、俺は彼女に交換条件を提示した。

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スローライフを送りたいだけなのに、異世界転移者が多すぎる 海坂依里 @erimisaka_re

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