第4話「謎の食材は口にしないと、その味を理解することができないのが異世界です」

「聖女様の口には合わないかもしれない」

「いえ、心も体も、とても温まります」


 スプーンは全世界共通のカトラリーらしく、レイスは美しい所作で食事を進めていく。

 彼女に温かい料理を提供することができて、ほっと一息吐くものの……コンソメかどうか分からない謎の固形物を鍋に入れたことだけは後悔している。


(どうかコンソメ味を発揮してくれ……!)


 聖女がどんな存在かは分からないが、レイスはどんなに食事が不味くても文句を言わない人柄だと思った。

 自分の舌で謎の固形物の味を確かめるために、火を通したパンの上に煮込み料理を乗っける。


「コンソメだ……」


 固形物がコンソメの役割を果たしてくれたおかげで、口の中には馴染みある味が広がっていく。

 コンソメスープに馴染みがありそうなレイスは俺が何を口にしたのか気にかけることもなく、煮込み料理に夢中になっていた。


(コンソメの固形物があれば、味つけが楽できそうだな)


 問題はコンソメの固形物を購入するのに、どれくらいの金が必要になるのかということ。

 異世界での食事に舌鼓を打ちながらも、これから異世界で生活していくには金が必要になる。


「この世界、家賃いくらなんだろ……」

「やちん、とは……?」


 聖女様が家賃を払うような生活を送っていないことに頭を抱えながらも、俺たちに貸し出される賃貸物件には大家という恐ろしく権力のある人物が背後にいることを伝える。


「どうして住む場所にお金がかかるのですか? 生きていくためには、住居が必要ですよね?」

「俺も、家賃を払わなくていい聖女様生活送ってみたいよ……」


 いくら満足いく食事と一軒家を借りることができたところで、近いうちに家賃の支払いというものが待っている。


「とりあえずギルドに行って、無償で食料をもらってくるところからだな」

「腹が減っては聖域に行けず、ですね」

「……なんだ、それ」

「え? ご存じないですか?」


 異世界転移が流行している昨今、こうして別の世界で暮らしていた同士が言葉を交わし合えることは奇跡なんじゃないだろうかと思えてくる。


「モンスターの危機を感じることなく出歩けるなんて……」


 森を抜けている最中、レイスは魔物に襲われないかどうか念入りに視線を巡らせていた。

 やっと石畳の道を歩けるようになって、ようやく彼女は大きく息を吸い込めるようになったらしい。


「これでは聖女の力も、役には立ちませんね」


 世界が平和にできていることに安堵したのか、それとも自分の活躍の場がないことに落ち込んだか。

 複雑そうな表情を浮かべながら、レイスは気丈に振る舞うために口角を上げた。


「俺が怪我したときは、持ち前の治癒魔法で助けてくれ」


 どんな異世界を生きていたとしても、誰もが自分の居場所を探しているんだろうなと思った。

 レイスには人々のために役立つ力があると声をかけるだけで、彼女の表情は一気に明るいものへと変わっていく。


「見てください、ジュンリさん!」


 色とりどりの花が花壇に並んだ街並みを見て、レイスは転移してきた世界が安全だってことを少しずつ理解し始める。


「こっちのお店は……」


 活気が溢れた店では、異世界の珍しい果物を使ったケーキやタルトが販売されていた。

 商人の賑やかな声が響き、人々は店の菓子を求めて群がっていく。


「ジュンリさん! 疲れたときは、甘い物を食べるといいらしいですよ」


 目を輝かせながら菓子店を覗き込むレイスだが、その期待に応えられるだけの金が手元にあるわけもない。


「甘いものより、先にギルドに……」


 焼き菓子一つ買う余裕はないと節約精神を働かせながら、レイスの手を引こうとしたときのことだった。


「っていうか、この街……」


 異世界転移してきたばかりのときは気づかなかったが、腹が満たされたおかげで頭が回るようになった。

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