前世の記憶?

獅子2の16乗

レーテー

『私、初めて貴方に会った時、全部思い出したの』

『え、思い出したって何を?』

『私は、前世で貴方の妻だったって』

『え??』


『前世で私達は東京の本所区で三男二女に恵まれてつましいながらも楽しく暮らしていたのよ。ほら覚えてない? 庭にこれとそっくりの百日紅さるすべりがあったでしょ』

『百日紅……』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


Letheレーテー、あんたまた忘却の川の水処理をミスったでしょ! かわいそうにまた、前世の記憶がどうたら言ってる人がいるじゃない!!』

「ごめんなさい。水処理プラントが誤動作して誰かの記憶が流れ込んでしまったみたいで……って、なんでニンフの私が人間の霊に叱られなければならないの!」


『どうしたAnnabellaアナベラ

『あ、Georgeジョージちょっと聞いてよ。レーテーったら、またやらかして』

『プラントが誤作動ししたんだろ、レーテーの責任ばかりじゃないだろ』

「ジョージ。あなたは本当の私を知ってくれるわ。大好きよ」

『な、何言ってんのよ!」

『まあまあAnnabella。Lethe、何が起きたか話してごらん』


「はい、水処理プラントはプランク長までコンパクト化している余剰次元を――」

『うん。そういう仕組みだと聞いてる』

「はい、ところが時々、水を流し込んだ余剰次元のうち、一つの次元の再コンパクト化が不完全で、忘却の川に流れた記憶がその次元を通じて人の大脳神経細胞にプリンティングしてしまうんです」

『ああ、だからその人は記憶と思ってしまうのか。なるほど』

『うーん、それひょっとして水処理プラントのファームウエアの問題じゃないかしら?』

『Annabellaもそう思うか』


『お父さんお母さんどうしたの?』

『ああ、Adaエイダか』

「そうだ、Adaさん、あなた超重力理論とソフトウエア工学が得意よね。水処理プラントを見てくれない?」

『はい、いいですよ』


…………


『――当該の次元に対するグラビティーノ場は――』

「はい、その次元における場の定義は――」



『あら、この部分は?』

「そこですか。えーと、そこは――」

『……これが原因じゃないかしら。というのは――』

「あ……そうです。その通りです」

『まあ、すぐ直りますよ』

「さすが、世界初の世界初のコンピュータープログラマー!」

『それは200年ぐらい前のことですよ』


…………


『直りそうね』

『……なあ、Annabella』

『なあに、George?』

『直ってよかったのかな、って思ってさ』

『?』


『見てみろよ、あの子たちの幸せそうな顔を。誰の記憶か知らないけど、あの二人の背中を押したことは間違いないぞ』

『……そうですね。偽の記憶に惑わされることはあるかもしれないけど、ああいう幸せを生み出す原動力になるのね』


『お父さん、お母さん。直ったといっても、未来永劫大丈夫というわけじゃないわよ。これからもずっと頻度は小さくなるけど誰かの記憶が流れ込むことは起きるわよ』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『思い出したよ』

『なあに、私の肌で思い出したの?』

『うん、確かにこのぬくもり……スイカみたいな香りでね』

『汗の匂いなんて嗅がないで……でも、うれしい』


『あなたのたくましい腕に再び抱かれて幸せよ……もっと強く抱いて、お願い』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『……なあ、Annabella』

『今度はなあに、George』


『こっちへおいで』

『はい……フフフ』




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ご訪問ありがとうございます。


出演

Letheレーテー

 忘却を司る水のニンフ。主人公?


Georgeジョージ

 Georgeジョージ Gordonゴードン Byronバイロン, 6th第6代 Baron Byronバイロン男爵。詩人、貴族。通称バイロン卿。


Annabellaアナベラ

 Anneアン Isabellaイザベラ Noelノエル Byronバイロン, 11th11代 Baroness Wentworthウェントワース男爵夫人 and Baroness Byron バイロン男爵夫人。Georgeの妻。教育改革者、慈善家、奴隷制度廃止運動家。通称バイロン夫人。


Adaエイダ

 Augustaオーガスタ Adaエイダ Kingキング, Countess of Lovelaceラブレース伯爵夫人。貴族・数学者、世界初のコンピュータープログラマーとして知られる。バイロン卿とバイロン夫人の娘。1980年代に開発されたプログラミング言語のAdaの名は彼女にちなむ。

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