第3話『星空には罪はない。』

 そこにあったのは、先程まで私が思い描いていた光景とは、全く違っていた。見るからに身分の高い数人が集まり、手にグラスを持ちながら何かを話していたようだった。


 え……嘘でしょう。そちらにいらっしゃるのは、国王陛下でない?


 私は部屋の中に誰が居るかを悟り、気が遠くなりそうだった。


 王家の面々と、先の王弟であるクラレット公爵夫妻が歓談中だったのか、いきなり扉を開いて入って来た私たち二人にいっせいに注目していた。


 さっき大広間に居た王族たちが集まり……そんな中で、ハビエル・クラレット騎士団長に横抱きにされて現れた私……皆、どんな風に思ってるの。


「決めました! 俺はこの子と、結婚することにします」


 堂々と宣言したハビエル様に、部屋の中の面々は彼の腕の中にある私と同じように非常に驚いていた。


 なっ……なんて、言いました? 結婚? するの? 私が? ハビエル・クラレット団長と……?


 どういうこと……嘘でしょう?


「まぁ……ハビエル。貴方ったら、もう結婚しないと言っていたのではないの?」


「非常に珍しく女性の方から、俺に声を掛けてくれた。彼女にする……いいや、俺が彼女と結婚したいんだ」


 ……え?


「なっ……何を言っているの! ハビエルお兄様。嘘でしょう」


「待て待て。ハビエル……話が早急過ぎるではないか」


 困り顔の陛下は、甥の結婚宣言を止めるように右手を挙げていた。


 そうですよね! 当事者である、私もそう思います!


「伯父上……いいえ。待てません。俺はこれまで、一切女性から声を掛けられたこともなく、身分に釣り合うご令嬢に縁談を持ち掛けても、すべて断られるばかり……この令嬢を逃せば、一生結婚することが出来ません」


「……ハビエルお兄様?!」


 悲鳴のような声で彼を呼び、憎悪の目付きを私へと向ける末姫マチルダ様……なっ……何となく、私、ハビエル様が遠巻きにされて「きっと、私たちなんて相手にされず、王家か公爵令嬢と結婚するでしょう」と、皆からひそひそと噂されていた理由……これで、わかってしまった!


 皆、末姫マチルダ様が従兄に当たるハビエル様を、自分の結婚相手にと狙っていることを知っていたんだー!!


 ……嘘でしょう。


 私、あんな強そうな王家の姫に睨まれたら、なんの抵抗も出来ずに石化するしかないです。


 そして……ハビエル様、もしかして、こんなに分かりやすい、マチルダ様の激しい好意に気がついてないの?!


 確かに、私とのこれまでの流れから考えると、ハビエル様、女性の気持ちを察するってことなんて全く出来なくて、とても鈍感そう。


 ……え、私と夜を過ごそうと誘われたと誤解して、声を掛けてくれて嬉しいとばかりに、結婚まで決めてしまうつもりなの?


 話が早過ぎる展開に、この場で目を白黒させていなかったのは、ハビエル様本人おひとりだと思う。


「俺はこの可愛らしい令嬢を逃せば、一生結婚出来ないと思う。だから、俺は彼女と結婚することにする。もう決めた」


「……待ちなさい。ハビエル。あまりにも短絡的な考えだわ」


 ええ。王妃様、その通りだと思います……!


「そうよ! お兄様……その子は一体、誰なの?」


 絶対に知られたくないと思ってしまった……刃物のような鋭い視線を向けるマチルダ様の誰何の問いかけに、私は全身を緊張させてしまった。


「あ。済まない。名前を聞いていなかった」


 私が言うのもなんですけど、名前も知らない人と、結婚するつもりだったんです……!?


 マチルダ様には、私が誰か知られたくない。しかし、私の名前を待っている様子の王家を待たせるなんて、臣下たる貴族として出来ない……!


「しゃ、シャーロット・アヴェルラークっ……です」


 流石に言い慣れた名前は噛まずに言えて、部屋の中に居た身分の高い面々は、同じ家名を持つ私のお父様を思い浮かべたようだった。


「ああ。この子……ご令嬢が、アヴェルラーク伯の一人娘か……ハビエル、それで良いのか? お前は、伯爵になることになるが」


「はい。俺の場合、兄が二人居るので、爵位持ちのご令嬢に声を掛けて貰えて、ちょうど良かったです。ありがとう。声を掛けてくれて」


 私に向けて感謝を述べ、にこにこと満足そうなハビエル様。


 俺に、声を掛けてくれて……?


 ……あ……マチルダ様のご意向が貴族内から忖度されて、ハビエル様が持ちかけた縁談だって早々に断られ、異性から誰からも声をかけられず、遠巻きにされていたってこと?


 それはそれで、なんだか、可哀想かもしれない……だって、貴族の男性なら、身分の釣り合う貴族令嬢以外から、声は掛けにくいもの。


「という訳で、近いうちにシャーロットと結婚しますので、よろしくお願いします!」


 はきはきとダメ押しのように結婚宣言したハビエル様は、用は終わったとばかりに私を抱いたまま、呆然とした面々を置き去りに部屋を出た。


「……今夜は帰りたくはないと言っていたが……それは、流石に結婚式の後にしよう。俺たちの婚約は早々に発表するが、式となれば、時間は掛かるだろうから」


 照れたような可愛らしい顔でそう言われても、私は怒涛のように押し寄せてくる新事実な展開にまだ心が付いていけていない。


 ……もしかして、着々と結婚式へと向かっています? 私たち。ていうか、今現在、軽い足取りで何処に向かっています?


 私が城内で行ったこともないような方向に、長い足でスタスタと進んでいらっしゃいますよね?


 え。待って……待って。私……ハビエル様と、このまま結婚するの?


 信じられない。ただ異性との会話の練習を、しようと思っただけなのよ。


 ハビエル様はとある部屋へと入ると、驚き過ぎて何も言えなくなっている私を椅子に座らせて、何故かベッドの上にあった毛布を持って窓から出た。


 ……え? 何しています? なんで、窓から出たの? っていうか、私ここから何をしたら良いですか?


 もう、何がなんだかわからなくて、全く現実味がないんですけど……?


 というか、なんだか、廊下を歩いていた時、一夜を共にすると勘違いしているなら、舌を噛むしかないと思い込んでいた私がとても恥ずかしい。


 ……真面目そうなハビエル様は、きっとそういうことをするなら、結婚する流れでないと考えてくれるとても誠実な男性なのに。


 けど、結婚する前に私……マチルダ様に、狙われて暗殺されない? 城の近くにある湖に浮かばない?


 もしかして、皆は王家の末姫の勘気にふれるのを恐れて、ハビエル様には「あの人には近付かない方が、身のためよね」みたいな、そんなふわっとした噂がまことしやかに流れていたってこと?


 だから……こんなにも、すごく人気の騎士団長様なのに、浮いた話ひとつ聞いたことがなかったんだ……。


 きっと、ひそひそ噂している令嬢たちも、なんとなくそれを察していた暗黙の了解で、社交界デビューしたばかりの私たちは、とにかくそういうことにしておこうっていう表向きの理由しかまだ知らなくて……それで……会話の練習相手に、彼を安易に選んでしまったんだ。


「シャーロット。今夜は気温もちょうど良いし、星空を見上げながら眠ろう。朝日が出たら、送って行くよ」


 すっと軽い動作でまた私を横抱きにしたハビエル様は、窓からすぐの屋根の上に敷いた毛布の上に私を寝かせてくれた。


 屋根の上とは言え、外で寝るのは危険でない……? と思ったけど、彼は騎士団長で、きっとここは騎士団寮。危険が入り込む隙もない安全な場所なのかもしれない。


 え……本当に信じられないけど、声を掛けてくれていた男性とダンスを踊っていた頃から、一時間も経っていないのに今まで絶対に想像もしなかった未来に私は居るんだわ。


 なんだか、遠い目になりながら、私は満天の星を見上げた。


「……綺麗」


 綺麗な星空には、罪はない。


「星、綺麗だな」


 すぐ横を見れば私の隣に寝そべるハビエル様の整った顔、なんだかすごく嬉しそうだし楽しそう。やっぱり、マチルダ様に邪魔され続けて……女性は、彼に近付かないままだったのかな。


「……はい」


 私が彼の言葉に同意すれば浮かべた無邪気な笑顔だって、なんだか可愛いし、それとなく大きな手を繋いでくれているのも嬉しい。


 星空見上げて二人で眠るって、ロマンチックだし……失礼かもしれないけど、恋愛に対し異常に夢を見ていそう。あしらうなんて考えても居なさそうで、なんだか、本当に女性慣れはしてなさそう。


 もしかしなくても……ハビエル様って、自分が若い女性たちにとてもモテてるとか、全然気がついてなさそう。


 あんなにわかりやすいマチルダ様の好意にも、鈍感過ぎてまったく気が付いなかったようだし……それも、マチルダ様が目を光らせていて、仕方ないのかな……。


 まぁ……な、なんとかなるよ……ね?


 ハビエル様だって、騎士団長で、お強いだろうし……私の事を、守ってくれるはず。


 多分……きっと……大丈夫……なはずだから。


 ……うん。


 特上の結婚相手を意図せず捕まえてしまったことで、発生してしまった心配事は、明日以降の私に全部任せて、とりあえず今は目を閉じることにした。



fin!

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望みゼロな憧れ騎士団長様に「今夜は帰りたくない」と、良くわからない流れで言ってしまった口下手令嬢に溺愛ブーストがかかるまで 待鳥園子 @machidori

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