第2話『驚きの展開』

 今夜、ハビエル様は壇上に居られる国王陛下の護衛任務に就いているようだった。私はそんな彼の傍に近付いたので、怪訝そうな顔になっていた。


「ん? ……何か、用だろうか?」


 生半可な女性では絶対に落ちないと噂の騎士団長ハビエル・クラレット様を、この時に初めて間近で見たんだけど、本当にそれだけで驚いてしまうくらいに素敵な人だった。


 長身で見上げなければ顔を見ることも出来ないけど、サラサラの黒髪に印象的な青い目……そして、団長のみの特殊な意匠のあるかっちりとした騎士団服を纏った、筋肉質な見事な肉体。


 無言でまじまじと観察してた私を彼が不思議そうに見て居たことにはっと気がついて、慌てて声を出した。


「あっ……あのっ……(初めまして)騎士様っ……少し(話したくて)っ……良いですか?」


 待って……待って! イザベラ! さっ、最初から無理だったんだけど?!


 全然普通になんて話せていないし、なんだったら、「何者だ」と言わんばりに警戒心を含んだ鋭い視線で見つめられ、今すぐに彼の見える範囲から逃げ出したいけど、まるで縫い止められたように足も動かないし……!


「ああ。君は、見るからに……デビューしたての、夜会に慣れていない貴族令嬢だな。今夜は初めての夜会か? 見ての通り、俺はここで護衛任務中だ……もしかして、何かあって帰りたいのか? 不審者でも居たとか?」


 響きの良い低い声で流れるように問いかけられて、私は軽く混乱した。


 え? 今、何個か疑問が入ってたよね? 何から、答えたら良いの?!


「こっ、今夜は……(私はデビューして三回目の夜会で)……(まだ、夜会から)帰りたくっ……ないです」


「……え?」


 ぽかんとした顔のハビエル様を見て、私は彼にとんでもないことを言ってしまったのではないかと悟った。


 言いたいことは部分的には確かに言えたんだけど、それを繋げれば?


「あっあのっ……(これは、違うんです。変なこと言って)ごめんなさい……」


 待って……待って、違うんです。そういうつもりではなくて……。


 誤解を生まぬようにすかざすそう否定したいけど、もしそれが言えたら、異性の前で異常に口下手になってしまうことにも、悩んでもいない訳で……!


「……いや、それ……君、意味がわかって……言っている? ……よな。いや、すまない。聞き返すなど、無粋な真似を。まさか、君のようなうら若き令嬢が、いきなりそんな事を言い出すとは思わなくて驚いたんだ」


 この時、ハビエル様が喉を鳴らしたように思えたのは、私の気のせいだろうか。


 気のせいよね……?


 だって、彼は女性に人気のある騎士団長で、私に何か言われたからって、軽くあしらうだろうし……これから、絶対あしらうでしょう?


「クラレット卿……?」


 相手になんてしないと、軽くあしらわないの? 顔を赤くしたハビエル様は、私のことをじっと見つめて言った。


「そうだな……俺は現在、任務中だが、もう少し待てるか?」


 あ……完全に誤解されたままだわ。


 ……突然、出会い頭に今夜帰りたくないなんて言い出すなんて、頭がおかしい女が現れたって思われていても、全然おかしくないですね……!


「えっ……えっと!(それは誤解で、私が言いたいことは、そういう訳ではなく、ただ)……お話がしたくて!」


「ああ。話がしたくて、待てない? そうか……あ。折り良く陛下も戻られるようだし、ここでの仕事は終わる。本来ならばこれから引き継ぎがあるんだが、少し待っていてくれないか」


 私の「お話がしたい」という言葉も「貴方の仕事が終わるのを待てないから、話をしていたい」になってしまっている!


 それも、ごっ……誤解なの! もうっ! 嘘でしょう!


 なんだか、良くわからない事になってきて大混乱中の私を置いて、ハビエル様は近くにいた同僚らしき騎士に耳打ちして、にやにやされた笑顔を向けられていた。


 ……ん?


 これって……もしかして、私……ハビエル様と一夜を過ごしたいから、望み通りにしてくれる……みたいな流れになってますよね?!


 ハビエル様は当然のような顔で、よくわからない状況への動揺の気持ちから、固まり動けなくなっている私の手を掴み、大広間の出入口へと颯爽と歩き出した。


 まままま……待って……確かに、城の中には休憩室と称されるそれ用の部屋が、たくさん用意されていることは知っているけど?!


 そんな話、私には絶対無縁だって思ってた!


 だって、あれは既に結婚している暇を持て余した貴婦人たちが、火遊びする用の部屋だと聞いているし!


 未婚の貴族令嬢は、結婚式まで、処女を守らなければならないのに、なっ……なんてことなの!


 会話の練習にとハビエル様を薦めた当の本人イザベラは、そんな私たち二人を見つけて、一瞬とても驚いた顔になり、「上手くやったわね!」と、言わんばかりににこやかな表情で手を振っていた。


 ちっ……違うの! イザベラ、私たち二人、会話の練習どころではなくなっているんだけど?!


 ーーーーーーーたっ、たすけてー!!!


 涙目で手を引かれて付いて行くだけで精一杯の私の心の叫びなど彼女に聞こえる訳もなく、私は大股で歩くハビエル様の後へと続くしかなかった。


 待って待って……自分のせいで、まさかの貞操の危機なんだけど?!


「ままま、待って……」


 ようやく口から出てきた言葉に、私はほっとした。


 言えた! 言えたわ。少しの時間待って貰って落ち着いたら、そういう訳ではないって、誤解している様子の彼に説明が出来るはずよ!


 社交界デビューしたてなのに、ハビエル様のような、大人気の騎士様と一夜を過ごしましたなんで、絶対良くないでしょう……!!


「……ああ。すまなかった。もしかして、歩く速度が速かったか?」


 ハビエル様は私の呼びかけに応え歩くペースを緩めてくれて、顔を覗きこまれたけど、私はそんな彼に恥ずかしくなって顔を熱くして、無言になるしかない……!


「あのっ……っ」


 近付いた時に感じた良い匂いと、近づき過ぎてもまったく支障のない整った顔に動揺して、何も言えないー!!


 ちゃんと、彼に全部誤解ですって、説明すべきなのに!


「ん? ああ……ちゃん理解している。とりあえず、今から俺のすべきことは」


 すっ……するべきこと?! 待って……!! 待って、絶対誤解してますよね?!


「私っ……ハビエル様……(そうではなくて、誤解があるようだから)っ……待ってください」


「ああ。知っての通り、俺は君のような令嬢とはあまり歩いたことがなくてな。悪かった。だが、気が急いてしまった」


 ……知っての通り……? 何が、どういうことなの??


 皆知っての通りハビエル様は、先の王弟クラレット公爵の三男。そんな彼は女性に大人気の騎士団長様で、私だって皆だって、それは知っている。


 けど……夜会に行けば貴族令嬢たちが、彼について語っていたのよ。


 王家からの信頼も厚いハビエル様はきっと、王家の姫か公爵令嬢を妻にするだろうから、私たちになんて望みなんて、何もないわよねって……そんな彼が、令嬢とあまり歩いたことがない……?


 これまでの私に対する態度を見れば、女嫌いという訳でもなさそうだ。私がおかしいことを言い出しただけで、彼は礼儀正しかったように思う。


 ハビエル様は呆然とした私に考える隙を与えずにさっと横抱きにして、スタスタと廊下の先へと進んだ。


 重さを感じさせない力強い腕に抱きかかえられ、私と手を繋いで歩いていた時より、彼の歩く速度は断然速くなった。


 待って……私、私……このままだと、休憩室のベッドの上へと直行……そのまま、処女を捧げることにならなりますよね?!


 うっ、嘘でしょう……!!


 ただ私は苦手な異性との会話の練習を、しようと思っただけなのよ?!


 必死な心の叫びなどもどこへやら、ハビエル様は長い足の歩みを緩めることなく、軽い足取りで階段を上がり、私はいよいよ彼に何か言わなければと非常に焦っていた。


 しかし、そんな時に何か言葉が出せるようなら、こんなにも苦労してないですー!!


 いけない……このままだと、人気の騎士団長様と一夜の恋の遊び相手で終わってしまう……!


 その後、ふしだらな女だと後ろ指を刺されて、誰からも求婚されないなんて……絶対に嫌……!


 喋って説明できないのなら、もうここは取り返しのつかないことになる前に舌を噛むしかないわ……私は覚悟を決めて、瞼を閉じた。


 ……お父様お母様、ごめんなさい。娘の死因は異性に対し口下手が過ぎたせいという、非常に情けない理由になってしまって、本当にごめんなさい。


 そんなこんなで、ガチャリと蝶番の音がして、私はいよいよだと覚悟を決め閉じていた目を開いた。


 ……ら、びっくりし過ぎて声が出なかった。

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