望みゼロな憧れ騎士団長様に「今夜は帰りたくない」と、良くわからない流れで言ってしまった口下手令嬢に溺愛ブーストがかかるまで
待鳥園子
第1話『異性にだけ口下手』
煌々と明るい大広間の中で、私は礼儀作法(マナー)通りにダンス終わり、スカートの裾を持ち頭を下げて礼をした。
そして、ダンス相手である男性へとお礼を言った。
「ダっ(ダンス楽しかった)っです……(誘っていただきまして)あ、ありがとうっ……ございましたっ……」
ああ……しまった……また、私……こんな簡単なお礼さえも、上手く言えない。
緊張が過ぎてどもってしまった私がじわっと涙のにじんだ目で見れば、ダンス中もこんな調子で会話が全く弾まず、つい先程熱心にダンスに誘ってくれたはずの長身の彼には、今ではもうしらけた空気が漂っていた。
「アヴェルラーク伯爵令嬢……こちらこそ、楽しいダンスをありがとう。それでは、良い夜を……」
紳士的なクラーク卿はにこやかで礼儀正しい態度を崩さず、それでも「俺たちは、あまり合わないようだ」というはっきりとした意志を行動で伝えるかのように、ダンス後の会話も楽しむことなく去って行った。
美しい可愛らしいと、ダンス中にあんなにも褒めてくれたのに、私は恥ずかしくて何も言えなくて……顔を俯かせて懸命に頷くだけだった。
褒めてくれているのに、無言のままで踊り続ける私に、あの人はきっと愛想をつかしたのだわ。
……はああ……また、駄目だった。
デビューしたばかりとは言え、声を掛けて貰ったのは彼で五人目。
社交が仕事の貴族たちには私がデビューしたばかりだと一目でわかってしまうのか、踊らないかと声は掛けて貰えるものの、その後会話が弾まないのでまったく実を結ばない。
確かに口下手だけど……異性と話す回数を重ねれば、だんだんと慣れていくものだとなんとなく思って居たけど……それって、本当に?
もしかして、私って一生、異性とまともに話すことが出来ないままで……生きていくのではないの?
「シャーロット! 先ほど踊っていたのは、人気のクラーク卿でしょう? もしかして、次の約束でも取り付けたの?」
快活な性格のイザベラは楽しそうに肩を叩き、絶望の渦に飲まれ泣きそうだった私の顔を覗き込むと、しまったと言わんばかりの表情でばつが悪そうに眉を下げた。
ええ。私……あちらから是非にと声を掛けられたというのに、数分後には見事振られてしまいました。
「彼は何も悪くないわ……とても良い方で、褒めてくれているというのに、私ったら……頷くだけで精一杯だったのよ」
そんな自分が情けなくて涙目になっている私に、戸惑ったイザベラは掛ける言葉に困っているようだ。
「え……! そうなの? けど、どうして? 感じの良い男性が褒めてくれているなら、感謝すれば良いと思うわ」
イザベラとはついこの前の社交界デビューの夜会で、初めて会って意気投合したばかり。彼女は私が男性に対してのみ、何故口下手なのかと不思議そうだ。
デビューの時にエスコートしてくれていた私の従兄弟と、彼の兄が知り合いでデビュー仕立てだから気が合って何度か話した。
だから、イザベラは私が限られた親族以外の異性と話す時、異常に緊張してしまう理由を知らない。
「異性と話す時、すごく緊張してしまうの。上手く話したいけどそう思ってしまうほどに、上手く話せなくて……お父様が外交官だから、ほとんど家に帰らなくて……男性がほとんど邸に居なかったから、話をすることに慣れていないのよ」
それは、私が生まれ育った特殊な家庭環境に原因があった。
私のお母様は若い頃に王妃様直属の女騎士団の団長として名を馳せた人で、現在のアヴェルラーク伯爵邸で働いているのは、そんな女騎士団を引退した昔の部下が多い。
つまり、娘の私の護衛にも家庭教師にも元女騎士が付き、男性はほとんど居ない。母は不在がちな父の代わりに伯爵家を切り盛りせねばならず、信頼の置ける元部下が居てくれるのならば、その方が良いだろうと考えていたようだ。
職業柄男性が多いはずのシェフも庭師も、母の元部下で構成され、さながら我がアヴェルラーク伯爵家は結婚を選ばなかった元女騎士の、優良な再就職先のようになっていたのだ。
そして、私は周囲はほぼすべて女性という環境で育ち……異性と話すことも、触れ合うこともあまりなかった。
「……そっ……そうなの? けれど、異性と話せなければ、とても困ることになるわね。だって、恋愛をするにしても、結婚相手として見定めるにしても、何よりも会話が大事だもの……」
正直者のイザベラのその通りでしかない鋭利な言葉は、私の胸にグサリと突き刺さった。
ええ。その通りよ。満足に話せない相手と意思疎通をするなんて、早々に諦めてしまう人がほとんどよね。
とは言え……イザベラには、私を傷つける気なんて、全くないことはわかっていた。
異性と満足に会話が出来ないことで考えうる事実をそのまま伝えることが、こんなにも相手にショックを与えるなんて、彼女は思ってもいないだろう。
私が一番にこの先の未来を心配しているのよ!
このまま、誰とも上手く行かず、求婚者も現れず……ただ三年の月日が経って売れ残りの行かず後家と言われたら……どうしよう!
爵位付きの貴族令嬢である私には、お母様の元部下のように、自ら働いて生きていくという選択肢だってない。
一人娘の私はアヴェルラーク伯爵家を存続させるためには、無理矢理にだとしても貴族の血を引く良き伴侶を得るしかないのだ。
デビューして三年の間に求婚者がまったく現れなければ……貴族の役目として、それが、父ほどの年齢の男性でも、求婚されれば断れなくなってしまう……それだけは、絶対に嫌!
何も考えずに、ただ普通に話せば良いということは、もちろんわかっている。
けど、意識した普通は、意識した段階で、既に普通ではなくなってしまうのよ。
「もしかしたら、恋愛相手になるかも」「もしかしたら、結婚相手になるかも」とどこかで期待があると、胸が高鳴ってその音がうるさくて相手の声が聞こえない。
そして、極度の緊張状態となってしまって何を言って良いかわからなくて、変な汗が全身から出てきてしまうのだ。
そんな悪条件が重なり合った状態で、気の利いた会話をして、話を弾ませるなんて、あまりにも神業過ぎるわ。
私には、絶対に無理よ……。
「私だって男性と、会話したいわ……けど、どうしても緊張してしまって……」
イザベラは私の話を聞いて、不思議そうな顔になった。
「え。けど、この前にエスコートしてくれた、従兄弟は? あの人だって、男性だけど」
「……エリアスは幼い頃から一緒に居るし、男性らしくなくて上品だもの。それに、従兄弟だし私には絶対にその気にならないとわかっているから……」
私の従兄弟エリアスは銀の長髪で、パッと見ただけならば、女性と見紛うほどの美貌を持つ男性だ。柔和な態度と、話し方も丁寧で敬語を崩さない。
れっきとした男性なんだけど、私の中ではどこか自分と似たようなもの感じていて、幼い頃から慣れ親しんだ従兄弟というのもあり、彼にはどもらずに話せるし緊張しない。
デビュー前にだって必要あれば、すべて気心の知れたエリアスにエスコートして貰っていたものだから、男性らしい男性とは話せないままに来てしまった。
優しいエリアスに甘えていたことが、すべて仇になってしまったのだ。
「ああ。確かに、あのエリアス様は中性的な方だったわね……とても上品で、男性らしくはなかったわ」
イザベラは困った表情をしつつも、「そうだ!」と人差し指を立てて提案した。
「ここは、荒療治よ。シャーロット。男性の中でも特に男性らしい方と話せば、少しは慣れるかもしれないわ」
「……男性らしい、男性?」
イザベラは何を言い出したのだろうと、私は首を傾げた。
「そうよ。あちらには陛下の護衛のためにいらっしゃる、ハビエル様が見えるでしょう?」
それとなくイザベラは視線を走らせた先には、任務中なのか誰とも話すこともなく、周囲にそれとなく警戒している様子の……とっても有名な騎士団長ハビエル・クラレット様。
ハビエル様はさらさらとした黒い髪と青い目を持ち、そして、端正に整った顔立ちで女性に人気がある方だ。
特筆すべきは、騎士として鍛え上げられた長身の身体。恐らく、彼には普通にしているつもりでも、接している側は、ただ居るだけで威圧されているように感じてしまうだろう。
「ああ……あの方は……すごく、その有名な団長様よね」
社交界デビューしてから、まだ三回目の夜会だけど、ハビエル・クラレットの名前は、何度も何度も噂話に聞いたものだ。
王家の血筋、先の王弟の息子で、公爵家の三男。現王の覚えもめでたい、近衛騎士団団長。
誰でも伴侶にと望めるのなら、きっと、高い身分を持つ王家の姫や公爵令嬢を妻に迎えるから、私たちなんて話しかけても無駄なのよ……と。
それも確かに、そうだろう。
高い身分に整った容姿、その上に公爵家の令息だからという訳でもなく、団長にまで登り詰めてしまう確かな実力まで兼ね備えている。
何でも持つ男性ハビエル・クラレット様なら、彼の望みうる最高の妻を迎えるはずだわ。それは、子どもでも理解することの出来る、簡単な道筋。
「……ええ。彼ならば正直なところ、私たちみたいな伯爵令嬢などより王家の姫や公爵令嬢でも妻にと望めるお方だし、全く望みがないならば、逆にシャーロットも気軽に話せるのではないかしら?
「……逆に?」
これは良いことを思いついた思ったのか、イザベラは可愛らしい顔でにっこりと微笑んだ。
「そうよ! シャーロットが異性と話すことに緊張してしまっているというのは、もしかしたら……自分と恋人になれるかもと、そう思っているからでしょう?」
「え……? ええ。そうね」
「使用人では、そういう対象になり得ないのだから、会話の練習をすることには何の意味もないわ。けれど、恋愛に発展するかもしれないという望みもなく、ただ仕事でその場にいらっしゃる男性と話す練習をすることは、別に許されると思うもの……喋る石像と思えば、それで良いのよ」
……喋る石像……!!
そうね。美々しいハビエル様は、彫像として形作られていてもおかしくないわ。
筋の通ったイザベラの提案に、私は何度もこくこくと頷いた。
そうよ……! そうだわ。
イザベラの言うとおり身分の違う使用人の男性ならば、貴族の私とは話すことも向こうから遠慮してしまうはずだけど……ハビエル様は貴族は貴族だけど、平凡な伯爵令嬢の私には望みはない。
望みはゼロだもの。いっそ気楽だわ。
「そうよね。ハビエル様が私のような、デビュー仕立ての伯爵令嬢を相手するはずもないんだから、気軽に話しかければ良いのだわ」
「ええ! そうよ。シャーロットだって、会話の練習が出来れば良いのよ。王家の王子でもなく、身分上は貴族ではあるけど、私たちなんて相手にしない、大人気の騎士団長様。なんだか、ちょうど良いわ」
彼に対し少々失礼なことを言いつつ、イザベラは悪気なく肩を竦めた。
「ええ……イザベラ。本当にその通りだわ」
女性に好かれそうなハビエル様ならば、絶対に女性慣れしているはずだし、迷惑ならば、適当にあしらってくれるだろうという勝手な安心感もある。
だから、私はそんな彼を会話をするための練習台にするため、なけなしの勇気を出して話しかけてみようと決心したのだった。
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望みゼロな憧れ騎士団長様に「今夜は帰りたくない」と、良くわからない流れで言ってしまった口下手令嬢に溺愛ブーストがかかるまで 待鳥園子 @machidori
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