第27話
「取引?」
威圧的に尋ねる峰子。綾は九朗たちが入った部屋の方を指差す。
バタバタと騒がしく動き回っている様子。しかし峰子はチラリとも見ようとしない。
「あちらはまだ争っている様ですし……私が叶さんに自殺をさせれば、古谷さんのポイントはあの中で増えることはありませんよ」
「そうね。自殺なら誰にポイントが入るでもない。良い案だと思うわ」
叶がポアロを殺していないのであれば九朗以外のプレイヤーのポイント総数は3となり、現状での敗北は起こり得ない。
「しかし一方で私は手駒を失い、戦う術をなくしてしまう訳です。これって少し不公平だとは思いませんか? なので皆さんからも何か、私に譲っていただけると嬉しいのですが」
契約の提案。乗らざるを得ない状況で切られたこの札に対して、峰子の苛立ちは限界を迎える。
「その上から目線、超気に入らない」
渇いた銃声が狭い部屋を抜けて屋敷中に響き渡った。
綾の上げていた手はパタリと落ち、力なく首が倒れる。
直後、透は峰子の肩を掴んで苛立ちをぶつけるように大きく揺らしだした。
「おいおいおいおい、どうすんだよ! あの野郎がザガンの眷属なら……」
「だったら何なの?」
透の手を払い、背を向けてポケットに手を突っ込む峰子。
取り出したのは濃紺色の丸い宝石。
「私があの部屋に仕掛けておいた時限爆弾、そろそろ爆発する頃だと思うんだけど」
彼女の声に呼応するように、宝石は濃紺の煙を発して色を失う。
封じられた魔術の解放。
使用者の吐いた嘘を真に変える、その力の名は『真偽流転』。
「……ドカン」
峰子が振り向くと共に爆ぜる扉。
二本の指で摘んだ透明な石の向こうには、どちらがどちらのものか分からないほど散り散りに砕けた無数の肉片。
吹き寄せる肌を焦がすような熱風すら、今の峰子には心地よい。
計算外に対する計算外。不意打ちの意趣返しに成功したのだから、感慨もひとしおだろう。壊れたように笑う峰子を見て、震える脚を抑えながらボソリとつぶやく。
「へへっ……お、俺も頑張らないとな……」
◇◇◇
透の人生は決して恵まれたものではなかった。
親の名を知らずに育ち、誰からも認められず、ただ無意に過ごすだけの幼少期。高校を卒業する頃には孤児院から半ば追い出される形で一人暮らしを余儀なくされた。
されど恨みは抱かない。この世界は弱肉強食。才無き者は淘汰される運命。抗えないなら死を待つだけ。と、自暴自棄に路頭に迷う透に救いの手を差し伸べたのが彼の主にして大悪魔が一柱・バラムである。
『
気づいた時にはそれが透の生き甲斐になっていた。
5年経ち、10年経ち、任せられる仕事も増え、部下もできて、ある程度の自立した行動も許されるようになり……
しかしそれでも彼の胸の奥に残るぽっかりと空いた穴は未だに埋まらなかった。
幼少期に刻まれた劣等感。結局『園』でも透は首席とは程遠い立場にいた。ゆえにバラムにとって自分は特別ではない。
その自認が胸を刺し、いつも透は満たされない日々を過ごしてきた。
が、唐突に任された猪碌館奪取のミッション。
外部協力者はいるものの、『園』内からは単独での選出。
成功すれば過去に類のないほどの成果となる。
ならば失敗は許されない。バラムと同じ『█』を冠する悪魔を捕らえることで、彼にとっての特別になるために。
主から授かった指輪を撫でながら、透は口を固く結んだ。
◇◇◇
「それでは投票を始めてください」
気がつくと参加者たちは食堂の席に戻っていた。人数も並びも、最初の状態とまるで同じ。
薄気味悪さを感じつつも、魔術などこんなものだと透は自分に言い聞かせる。
しかし予想以上の魔術も見た。
まずは峰子が使った『真偽流転』。あらかじめ話は聞いていたものの、あそこまで脈絡もない嘘を真にされては敵対すれば打つ手がない。
そして綾が見せた洗脳のような力。おそらくはパイモンの『絶対支配』。
『園』の中でもよく知られている、特に気をつけるべき魔術のひとつ。
ゆえに誰が有しているのか知れたことは大きなアドバンテージとなる。
しかし未だに分からないのは、ポアロを殺した魔術。
音を消したか、瞬間移動を使えるか、いずれにせよそんな魔術を使う大悪魔は透の知る限り存在しない。
眉間にしわを寄せて考え込む透。
その右頬を細い指がつんつんと突く。
「うわっ、なんだよ……」
振り向いてみれば峰子の顔。焦点が定まらずにどこか惚けた様子でゆっくりと近づいてきている。
峰子はそのまま抱きつき押し倒し、犬のように透の顔を舐め回す。
プライドの高い彼女が演技でもやらないような行動。確信するには十分。
峰子は今、『絶対支配』を受けているに違いない。
透は峰子を突き飛ばし、綾の方をじっと見つめて苦笑いを浮かべた。
迷宮破りの天才少女はオカルト記者に解かされる――悪魔の証明は車輪付き安楽椅子と共に 近江莱治 @moumaicult
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