第26話

 隣室の綾からして最大の謎は、やはり音もなくポアロが殺されていたこと。

 この館の扉は開くときに大きな音が出る。九朗や叶がしたように、どれだけ気を付けても鳴るものは鳴る。


 試しにポアロの部屋の扉をゆっくりと動かしてみても、やはりきしみ音は出る。

 もっともそんなにゆっくり開けようものなら、ポアロも侵入に気づいて対策を取るであろう。が、現場に争った形跡はない。


「やっぱりこれ、豊田さんがヤったんじゃないのぉ?」

「確かに動機はあります。そして不可能犯罪でもありません。しかし彼女がわざわざ悲鳴をあげてポアロさんの死を周囲に伝える必要はあるでしょうか?」


 仮に叶がポアロを殺していれば現在所有しているポイントは3。次に狙うのは5ポイント以上は取れないルール上、当然峰子となる。

 ここまで手の内を明け透けにして叶に何のメリットがあるのか。


「たしかに俺なら黙ってその場を立ち去るけど……」


 同意する透。しかしどこか含みのある口ぶり。


「協力者がいるなら、その限りでもないわよね」


 いまだ閉じたままの扉の向こうから聞こえてくる峰子の声。

 沙羅は人差し指を顎に当てて上を見る。


「例えば強襲の合図を送ることで、波状攻撃を狙っていた……とか?」

「そんな連携を取れるほどのミーティングをする時間がありましたか?」


 綾の指摘はもっともである。突然見知らぬ部屋に転移して数分、各々が隔離された中で意思疎通などできる手段はなかった。

 加えてゲームのルールを知ったのは開始直前のこと。戦略など立てようもない。


 峰子の勘の鋭さに驚きつつも、綾は持ち得る知識を総動員させて推理を進める。

 完全な密室空間において、第一に考えるべきことはなにか。

 綾は車椅子を漕いでポアロの横までやって来ると、おもむろに胸元に手を当てた。


「はたしてポアロさんは本当に死んでいるのでしょうか?」


 振り上げられた拳が何かを突き立てるようにポアロの胸を強く叩く。

 ピシャリと血が跳ね、白いワンピースの袖を濡らした。

 予想外の行動に少々青ざめる透。


「いやいやいやいや、仏様にそれはマズいでしょ……」

「すみません。私の中ではまだ、これが死体という確証が無かったので。それに魔術の中には自身の姿を自由自在に変えることができるものもあるみたいですし」


 綾が示唆するのはバエルという悪魔が持つとされる魔術。


「しかしこれで全く反応がないということは、本当に生きていない様ですね」


 ゆっくりと握り拳を解き、綾は手に何も持っていないことを証明した。が、なおも不謹慎であることは否めず、透はまたしても「いやいや」とつぶやく。

 対してその光景を実際に見ていないせいか随分と冷静なのは峰子。


「それで、茶番はさておき推理の進捗は?」

「さっぱりですね」


 開き直ったかのようにあっさりと答える綾に峰子はため息をもらす。


「それじゃあ私はもうしばらく篭らせてもらうわ。こんな分の悪い状況で顔を出す必要もないし」


 峰子から見れば現在所持ポイントが確定しているのは自身の1と九朗の3。叶が1のままであろうが3になっていようが、時間が経てばやり直しになる。

 むしろここでおいそれと顔を出そうものなら誰から命を狙われてもおかしくない状況。必然的に部屋へ籠るという選択が最も手堅い。


 しかし綾はそれを許さない。

 突き出された指が真っ直ぐに叶を指し、薄い唇がゆっくりと開く。

 発された言葉にその場にいた全員が驚愕した。


「叶さん、古谷さんを殺してください」


 一拍置いて抜き出されたナイフ。迫り来る刃を蹴り飛ばして、九朗は叶を羽交い締めにする。


「何を考えているんだ君は!」


 演技でもなく純然と声を荒げる九朗。突然の裏切り。それも己が持つ奥の手まで切っての奇行。理解が追いつかないのも無理はない。

 しかしながら綾の狙い通りに事は進む。


 異変を察知した峰子は慌てて部屋から飛び出す。

 九朗と叶が争えば、必ずどちらかが4ポイントになる。加えて同ポイントのプレイヤーがいなくなれば、一時間でやり直しというルールも発動しない。


 完全に出し抜かれた。かくなる上は自身も敵の虚を突く他ない。

 意を決した峰子が抜いたのは回転式拳銃。

 トリガーに指を掛けると共に素早く放たれた一発は九朗の頬をかすめてすぐ奥の壁に穴を開ける。


「クソッ!」


 立て続けに二発目を発砲するが、九朗は叶を連れてすぐ隣の部屋へと飛び込む。


「あらー、せっかく出てきたのに、無駄足になっちゃったわねぇ」


 茶化す沙羅に向けられる銃口。躊躇いなく放たれた弾丸は彼女の眉間の中央を的確に撃ち抜く。


「おいおい、落ち着けよ峰子ちゃん!」

「うるせえ! お前もぶっ殺されたいのか?!」


 あまりの威圧感に、いさめに入ろうとした透も恐縮して言葉を失った。

 もはや怒りを隠す素振りすらなく、峰子は次の標的を綾に定めて足早に近づく。


「この落とし前どうやって付けてくれるつもりだよ、探偵さん」

「お望みならば、取引には応じますよ」


 突きつけられた銃にも臆さず、綾はしたたかに微笑んだ。

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