第25話

 一服終えた後、九朗は椅子に腰を掛けて手帳を取り出す。

 中にはびっしりと悪魔の情報が書かれている。

 それは全て猪碌館へと来る可能性のある者たちのもの。


 皆もれなく危険な魔術を有している。が、特質すべきは二人。

 アスモデウスとベリアル。

 九朗はまずアスモデウスの欄を凝視する。


 魔術の名は『愛憎対刃あいぞうたいは』。要約すると魔術を跳ね返す魔術。

 アスモデウスが悪魔たちから嫌われる最たる理由がこの魔術に他ならない。

 対して人間である九朗から見てこの魔術はどのようなものか。


 言わずもがな最悪である。

 仮に一度とて、魔術の使用を潰されるのは予定が大幅に狂う。

 加えて綾が有するパイモンの魔術『絶対支配』とは最悪の相性。


 一方ベリアルの有する魔術は、相性面ではさして不利ではない。

 ではなぜ九朗が警戒しているのか。それは純粋にゲームを破壊しうる能力を有しているからである。


 魔術の名は『真偽流転』。嘘を真にする魔術。

 シンプルながらに強力。それでいて応用性も高い。頭の回る者が使えば如何様にも勝ち筋を作ることができる。


 どちらも使われればどのように状況が転ぶか分からない。

 ならば使われる前に潰す。それが九朗の選択だった。

 立ち上がり、扉に耳を当てる。人のいる気配はない。


 ゆっくりとノブを回して扉を開ける。それでも上がるきしみに顔をしかめる九朗。

 通路は右一方行に伸びている。左手には壁。扉は両面に四つずつ。どのように決められた部屋の配置か。考えられるのは先ほどの席順。


 であればと九朗は正面の扉に手を当てる。

 ノブを回すと共に全体重を掛け、一気に部屋の中へと身をねじ込む。

 中には誰もいない。分かると共に九朗は扉を蹴って閉める。


 ここまでは予想通り。であればと今度は隣の壁をコンコン、と叩く。

 当然反応は無し。と思いきや少し遅れて「はい……」とか細い返事。


「演技は不要だ」

「なんだ、古谷氏でしたか」


 声の主は叶。やはり部屋の並びは席のものと同じであるか、と九朗は確信した。


「となると君の隣は来栖嬢か」

「どういう事?」

「部屋の並びは先ほどの席順と同じだ」


 九朗の説明に叶は「なるほど」と手短に答える。


「という訳で、早速我々で一人潰しに掛かるとしよう」

「ああ。であれば狙うのは当然……」


 意見は合致していた。二人は声を揃えて「ポアロ」の名を呼ぶ。

 2ポイント有するポアロを叶が殺せれば、九朗と二人で3ポイントずつ保有できる。


 『絶対支配』により峰子から更に1ポイントを手に入れることも可能。

 あとは沙羅と透を処理するだけ。片一方を峰子と同士討ちにさせるとして、もう一方を確実に仕留める奥の手が九朗にはある。


 仮に叶が返り討ちにあったとしても、次いで九朗が襲いかかる。

 その勝敗の結果に関わらずゲームはやり直しになる。

 そこでポアロが魔術を行使してくれるのであれば情報戦上は御の字。


「では、行こうか」


 すぐ隣から鳴るきしみに合わせて、九朗もゆっくりと扉を開ける。

 足跡を殺し、ゆっくりと最奥へと向かう。

 その途中、綾の部屋の扉の隙間に九朗はメモを一枚ねじ込んだ。


 準備は万全。意を決して叶はノブに手を掛ける。

 ケープの内ポケットからナイフを取り出して、勢いよく扉を蹴り開ける。

 完璧なタイミングでの奇襲。しかし叶は後退のハンドサインを出す。


 途端にわざとらしい悲鳴をあげて尻餅をつく叶。

 その音に紛れて九朗は元いた部屋へと戻る。

 一拍置いてバタバタと開く扉。


「おいおい、何事よ?」


 嬉々として飛び出す透。部屋は九朗が最初にいた部屋の隣。


「あらぁ、豊田さん、ヤっちゃったの?」


 沙羅は正面に広がる光景に笑みを浮かべた。

 胸を押さえてベッドに横たわるポアロ。真っ赤なシミは今も白いシーツの上に広がり続けている。


「まったく騒々しいな。殺してしまいたいが……そういう訳にもいかなくなってしまったかな?」


 何も知らない風を装って九朗も顔を覗かせる。


「ちっ、違います! ボクは断じてやってません!」

「そうか、では安心して殺せるな」

「ひっ、ひえーーー!」


 あまりに場にそぐわないやりとりに、沙羅はケラケラと声をあげて笑う。


「いやいや、沙羅ちゃん、そこ笑う所じゃないって」

「ごめんなさい。豊田さんの演技、あまりにも安っぽくて」


 涙を指ですくいながらなおも引き笑いを続ける沙羅。しかし彼女の洞察眼は叶の演技を見破っている。

 これ以上状況をややこしくしてもメリットはない。そう判断した叶は一瞬表情を緩める。


「いえ、叶さんは本当にポアロさんを殺していませんよ」


 隣の部屋の扉が開き、綾が車椅子を漕ぎながらゆっくりと現れる。


「それでは、推理の時間にしましょうか」

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