第24話

 皆が筆を置くと契約書に火が灯り、立ち所に灰と化した。

 代わりに現れたのは真紅の薔薇。


「それでは投票を始めてください」


 童夢の声が静かな室内にこだまする。

 誰も喋らない。誰も動こうとしない。各々が目で目を制す。

 ひりついた空気。それを読まない者が一人。


「うーん。じゃあ、私は九朗くんに一票」


 立ち上がったのは案の定沙羅。

 九朗の座る椅子に手を当て、一輪の薔薇を差し出す。

 受け取った九朗は眉間にしわを寄せ、苦虫を噛み潰したような表情で沙羅を睨む。


 票を得るというのは、命を狙われるリスクを背負うのと同等。

 これでもし仮に綾や叶にまで票が集まれば、九朗が守らなければいけない範囲が広がってしまう。


「じゃあ、ボクも……」


 九朗の元へと駆け寄り、薔薇を差し出す叶。これで二票。

 九朗は渋々の体で受け取る。が、これは名案。

 次に票が入れば九朗の所有するポイントは3。1ポイントのプレイヤーが九朗を集中的に狙う構図が生み出せる。


「では、私からは君に」


 重い腰を上げて九朗が向かった先は峰子の席。

 殺し合いというルール上、体格差で優位を取れる相手に狙わせるのが安牌。

 顔色ひとつ変えずに受け取る峰子。


「お返しは無しかな?」

「自分だってしていないくせに」

「フッ、正論だな」


 帰ろうとした九朗の袖を透の手が掴む。


「野郎からで悪いな兄ちゃん。お返しは命でいいぜ?」


 九朗に薔薇を押し付けて、透は峰子の方を物欲しそうにじっと見る。

 ため息をひとつ挟み、立ち上がった峰子はテーブル越しにポアロへと薔薇を差し出した。


「悪いけど私、落ち着いた人がタイプなの」


 座ったまま受け取るポアロ。

 その様子を見る透の表情は見るからに落ち込んでいた。


「さて」


 ここまで閉口していたポアロがようやく口を開く。


「来栖さん、あなたはどなたに投票する予定ですか?」


 半ば誘導尋問にも近い質問。

 ここでポイントの無い綾からすれば、九朗に票を投じる以外の選択肢はない。

 むしろそうすることでポアロと峰子が九朗を殺した場合はやり直しとなり、対して九朗を狙うのは沙羅と透だけになる。


 逆に現状0ポイントの他プレイヤーに票を投じれば、自身の勝ちが遠のくばかりか九朗を狙う者を増やす結果となる。

 ゆえに綾が選んだ答えは一つ。


「どうぞ」


 差し出された薔薇をまじまじと見るポアロ。


「あなたならこの意味、分かりますよね?」


 自身の勝利を捨てた綾の選択。

 ポアロは表情ひとつ変えず、しかし蛇のように鋭い眼光で綾を睨みながら、ゆっくりと薔薇を受け取る。


 この時点でポアロが有するのは二票。

 仮に九朗へ最後の一票を投じれば勝ち筋が残るのは他に沙羅、綾、透、叶、それに張本人の九朗の五人。


 では一票を有する峰子に票を入れてみれば――ポアロが峰子を殺すという勝ち筋は生まれるものの、次は0ポイントの四人に自分が狙われることになる。

 要は端からやり直しを前提にした選択。それが綾の答えだった。


「たしかに、だ。ではじっくり遊ぼうじゃないか。その脚でも状況が整えば勝てる、ということだろう?」

「ご想像にお任せします」


 不適な笑みを浮かべる綾。

 その横を通り過ぎ、ポアロは叶に薔薇を渡す。

 ヘイトを分散させつつ、誰にでも勝ち筋が残される形をポアロは選んだ。


 なおかつ九朗と自身が殺し合えば、必ずゲームはやり直しになる。

 主導権を最大限に握った状態での譲歩。しかしこれも綾に強いられた投票であると考えると、彼にとって満足のいく結果とは言い難い。


 逆に九朗としてはこれ以上ない好機。

 誰も殺さずとて勝てるうえに、ポアロが叶か峰子を殺しても、もう一方を自分が殺せば優位は変わらない。


 この局面で個としては中庸な体を取りつつも、自分たち・・・・には限りなく優位な状況を一瞬で作り出した綾に九朗はただただ感心する他なかった。


「それでは投票が終わりましたので、これよりゲームを開始いたします」


 童夢が再び指を鳴らす。

 その瞬間、参加者たちの体がまばゆい光に包まれた。

 突然のことに思わず固く目を瞑る九朗。


 目を開けると、九朗がいたのは狭い客室。

 あるのはベッドと椅子と机。

 窓もなく、小洒落た壁紙が貼っていなければ独房と見間違うような居心地の悪さ。


「なんて素晴らしい部屋だ。主の品性を疑うよ」


 小言をつぶやきながら、九朗はそっとポケットからタバコを取り出した。

 

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