第23話

 部屋の端に置かれた古時計が正午を指す。

 重く響く金属音と共に、食堂へとやって来た童夢。


「時間になりました」


 告げられた言葉が信じられず、各人各様に驚きを露わにする。

 叶の隣の空いた一席。終ぞ埋まらなかった最後の一人。


「えっ、これ、本当に始めちゃうの?」


 誰もが思っていたことを口走る透。それに対して峰子はドライな視線を向ける。


「いいんじゃない? 来るも来ないもそいつの勝手でしょ?」


 反論の余地もない正論。確かにゲームへの参加は各々が持つ権利でしかない。

 しかしいざ放棄する者が現れたとなれば、色々と考えさせられるところもある。

 九朗たちからすればこの上ない好条件。


 パイモンが当初計画していた、参加者の過半数を掌握しての立ち回りが即座にでも可能になる。

 あとはどのようなルールか。童夢が口を開くのを皆が固唾を飲んで見守る。


「それでは、今回皆様に遊んでいただくゲームのルールを説明いたします」


 そう言うと童夢はどこからともなく金細工で装飾された拳大の砂時計を取り出してテーブルの上に置いた。


「こちらの砂時計が落ちきるまで、皆様には殺し合いをしていただきます」


 あまりにも信じ難い説明に透が椅子から跳ね上がりテーブルを叩く。


「おいおいおいおい、今『殺し合い』って言った?! いい? ここ日本だよ? そんなことやっちゃダメでしょ……」

「日本でなくてもダメでしょ。それに主催者は悪魔よ。これくらい言ってきてもおかしくないんじゃない?」


 峰子の的確なツッコミも、笑えるような空気ではない。

 九朗は顎に手を当てて周囲を見渡す。どれだけ人数有利を取っても綾という大荷物を抱えてしまってはそのアドバンテージを一瞬にして失ってしまう。


 対して相手はどうか。純粋な身体能力であればこの面子相手に一対一ならそうそう負けることもあるまい。

 しかしポアロと透が二人がかりで取り押さえにくれば負ける可能性もあるだろう。


 沙羅と峰子に関しては未知数。芽衣子のような常識外も存在するが、今はただそいでないことを祈るばかり。

 いずれにせよ厄介なことになってしまったのは事実。

 そこで一つ、牽制を入れてみる。


「遠路はるばる来てみればそんな野蛮なことをさせられるとは……よもや説明は以上、なんてことは言わないよな?」

「はい、これはあくまで大枠の説明。詳細はこちらをご覧ください」


 童夢が指を鳴らすと各々の前に紙とペンが現れる。

 九朗はそれを手に取り目を通す。

 書かれているのは童夢の言った通りゲームの詳細。


1.各プレイヤーは一人一票、自分以外の誰かに投票をする。以後、プレイヤーは集めた票一つにつき1ポイントを有する。

2.ポイントは所有者を殺すことで奪うことができる。

3.砂時計が全て落ちるまでに最も多くのポイントを有しているプレイヤーが勝者となる。

4.同点のプレイヤーが二人以上いる状態で一時間以上が経過、または5ポイント以上所有するプレイヤーが現れた時点でゲームをやり直す。


 そして最後には同意のサインを書き込む空欄。

 全員が読み終えたのを見計らい、綾がゆっくりと手を挙げる。


「あの、四番目の『やり直す』というのはどういうことですか?」

「書いてある通りです」


 素っ気なく、答えにならない答えで済ませる童夢。

 綾も決して「やり直す」という言葉の意味が分からないわけではない。

 しかしこのルール上、やり直すことは常識的に不可能である。


 何せ今から参加者たちは互いに殺し合う。であれば次第にプレイヤーは減る。場合によっては一人残して全員死ぬ、という可能性も考えられる。

 そうなってはゲームが破綻する。


 が、これは仮にも悪魔が主催するゲーム。常識的に起こり得ないことが起こる可能性も考慮する必要がある。

 例えばプレイヤーの甦り。これが有るのと無いのでは戦術の幅も大きく変わる。


「例えば一度目の試合で私が誰かに殺されたとしても、次の試合に私はまた参加することができるのでしょうか?」

「確かに。その辺は明確にしてもらえないと契約を結ぶにもこちらが不利すぎるわ」


 綾に同調する峰子。他の参加者たちも概ね同意した様子で童夢の方を見る。


「はぁ……そうね、そうよ。あなたたちは試合の度に甦るわ。他に知りたいことは?」


 次いで挙手したのは沙羅だった。


「ゲーム中に魔術を使えるタイミングは?」

「いつでも、お好きな時にどうぞ」


 つまりは投票のタイミングから勝負を仕掛けることもできるということ。

 パイモンの『絶対支配』を有する綾にとってはこの上ない好条件。

 しかしそれは相手にとっても同じこと。


「他には?」


 やや高圧的な口調で問う童夢。しかしそれ以上は誰も尋ねない。

 詰めれる部分はまだある。しかし詰めてしまうと自由度が下がる。

 各々が暗黙の了解を察しつつ、静かに空欄に名前を書き込んだ。

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