第22話
部屋の中央に置かれた長いテーブルと、両辺に4つずつ置かれた席。九朗が着いた時には既にその内6つが埋まっていた。
残されているのは入り口に近い両端のみ。
綾が座るのは九朗から見て左手の奥から二番目。叶はその隣、左手の奥から三番目。
他は男女二人ずつ、九朗とは全く面識のない人物たち。
「あらあら、随分と愉快な方がいらっしゃいましたね」
右手の最奥に座る眼鏡をかけた赤髪の女が目を細めながら九朗の方を見る。
歳は二十代前半。濃紺のカーディガンを羽織り、落ち着いた様子で微笑んでいる。
残る三人は地蔵のように固まったまま、ピクリとも反応を示さない。
凍りついた場の空気。しかしそんなものは意に解さないといった風に女は立ち上がり、九朗に対して深々と頭を下げる。
「はじめまして。私、
「古谷九朗、月刊ムーンの記者だ」
「まあ、月刊ムーンの? いつも楽しく拝読しています!」
大袈裟なリアクションに媚を売るような言葉。一見して自身の最も苦手なタイプであると九朗は悟った。
これならこの空気感も納得。といったところで綾がペコリとお辞儀を挟む。
「来栖綾です」
「とっ、豊田叶です!」
上擦った声で後に続く叶。
自然に流れを作ることで同調圧力を掛ける。実に強かな誘導。
釣られて叶の向かい側に座るサングラスを掛けた金髪の青年がぷらぷらと手を挙げる。
「
鼻につく小物。九朗からの印象はそれ以上でも以下でもない。
対して透も九朗のことは眼中にないようで、女性陣の方をキョロキョロと見渡している。が、誰一人として反応しない。
「えーっ、ちょっと反応薄くない?」
「……どうせ語るほどの実績もないでしょ」
隣に座る目つきの悪い黒髪の女がぼそりと一言。
ぐうの音も出ずに透はヘラヘラと笑う。
「そんなこと言わないでよ峰子ちゃん」
「ちゃん付けで呼ばないで。私の方が絶対歳上だから」
峰子と呼ばれる女は腕を組みそっぽを向く。
「で、そちらは?」
九朗は綾の隣、左の最奥に構える中年の男に尋ねる。
この中では唯一、場に合ったフォーマルな服装。一般的な体型で、口髭を生やしたオールバックの威厳ある装い。
九朗の直感では沙羅に次いで嫌いなタイプ。
系統は違う。が、共通する部分は間違いなくある。
男がゆっくりと口を開く。一言一句書き漏らすまいと九朗は耳をそばだてる。
「お気になさらず。名乗るほどの者ではありません」
やはりな、と九朗は胸の内でため息をつく。
徹底して情報を秘匿する、掴みどころのない相手。素性を語っていないのは沙羅と峰子も同じであるが、この男に至っては性格すらも見えてこない。
「しかしまあ、これからゲームをするのに名も呼べないというのは不便なものだから……そうだな、ポアロと呼んでも良いかな?」
「ご自由に」
茶目っ気を込めた九朗の命名にも男は飄々と返事をするのみ。
「あら、古谷さんはミステリーがお好きなの?」
話に割って入る沙羅。会話の端々から情報を集めようとする魂胆に嫌気が差しつつも、九朗は逆に問いかける。
「そういう君は?」
「大嫌いです」
笑顔のまま吐き捨てられた言葉に、食堂は再び沈黙する。
九朗もミステリーはさほど好きというわけではない。しかしここまで会話の脈絡を断たれてしまえば嫌悪感を抱かないのも無理な話。
「えーっと……沙羅さんはなんでミステリーが嫌いなのですか?」
場を繋ごうと叶が助け舟を出す。
「常に人を疑わなければいけないのって、すごく疲れるじゃない。でも、ミステリーって絶対に登場人物の中に犯人がいるの。私はみんなを好きになりたいのに、その中の一人は絶対に悪者で最後に不幸になるの。それってすごく悲しいことだと思わない?」
理解はできる。が、あまりにも独特な視点に、九朗は首を縦に振れない。
沙羅が語り始めたときには同意を示そうとしていた透も口を半開きにして唖然とする始末。
そんな中、「わかります!」と機嫌の良い返事が奥の方から。
周囲の視線が一点に向く。
綾だけは目をらんらんと輝かせ、小刻みに頷いていた。
「やっぱりつらいですよね、人を疑わなければいけないのって。でも、そのつらさが私は好きなんです。加虐的な側面と向き合うときにこそ、本当の自分が見えてくるような気がして」
やはり首を縦には振れず、周囲の者は皆一様に閉口する。
「来栖さんって面白い方なのね。てっきりもっとおしとやかで落ち着いた方なのかと思っていたけど」
「東さんも見た目に反してロマンチストな一面がある様で」
なにか気が合うところがあるように、綾と沙羅はそろって静かに笑いだした。
その様子を見て辟易としながらも、九朗は確信した。
やはりこの中で一番面倒なのは沙羅である、と。
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