第4話 「小心者」で「気分屋」な幼女
『今日からこれを付けろ』
十三年ぐらい前。
聖職服に身を包んだ男が俺に仮面を渡し、常に顔を隠せといった。
理由を尋ねると、
弟の身に危険が及びそうになった時、兄である俺が素顔を晒して助けるのだと。
物心ついて間もない当時。
仮面の必要性を理解できなかった俺は、なんども言いつけを破り、仮面を外しては薄暗い地下の独房へと入れられていたものだ。
子供にとってはキツイ仕置きの独房生活。
しかし、俺にとっては
魔女と謡われ罵られ。
鈴の音の様に澄み渡る優しい声を持った女性。
互いに独房の中。
顔は見れなくとも、毎日のように耳にするその声に、孤児である俺の心は癒された。
体温すら感じられない冷たい壁の先。
不思議と知らぬはずの母の温もりを教えられたのだ。
俺が最も尊敬し、愛した人。
血の繋がり以上に大切な人。
その人に宝物が出来た時、俺は勝手に傷ついた。
腹に宿ったばかりの実子と、顔も見たことのないどっかの捨子。
どちらが大切かなど聞くまでもない。
俺は邪魔だと言われることが怖かった。
拒絶されることが恐ろしかった。
子供の勝手な妄想。
子供にとってはそれが真実。
憂鬱だった、寂しかった、悲しかった。
やる気もでず日々を過ごす。
弟がそれじゃ駄目だといった。
僕が何とかするといった。
そしてその発言があった次の日。
弟が最愛の人を
== 地下通路 ==
「くさい、汚い、気持ち悪い!!」
明かり一つない暗い通路。
大人が二人並んで歩ける程度の広さがある道を進んでいると、すこし離れた後ろの方からリーニアの声が響いてきた。
着替えさせた衣服が気に入らないのか、ご機嫌斜の様子。奇妙に体を捩じらせながら愚痴を溢している。
皇族として育った身。
村娘な恰好に文句の一つや二つは出るだろうと思ったが、それ以上だ。さっきから喧しい。
「不細工な恰好だし、もう疲れたッ、歩きたくない!!」
こんな状況下でも文句が言えるのは元気な証拠。
一時間ほど歩いたのでそろそろ小休憩をと思ったが、このまま先へ進むとしよう。
「こんな小汚い格好させてッ、疲れるまで歩かせてッ、いっぱい、いっぱい意地悪ばっかしてッ、もぉーーッ、リーニア許さないんだからッ!! くらえッ、このッ、えいッ、やぁッ!!」
同じように神力を瞳に宿すリーニア。
その辺に落ちている小石を拾い、この暗闇の中、正確に小石を俺の後頭部へと当ててくる。
将来いい投擲兵になりそうだ。
鬱陶しい。
「り、リーニアを辱めたことも、絶対に許さないんだからねッ!!」
おませな八歳児。
着せ替え人形にさせられたことを根に持っているようだ。
子供の下着姿を見たところで何も思わない。
気にするだけ損だと思うが、そこはまぁ本人次第か。
「見てなさいッ、今に勇者様が私を助けに来て、魔族のあんたなんか細切れにしちゃうんだからッ!!」
ぎゃーぎゃー喚きながらもしっかりと俺から距離をとり、ついてくるリーニア。
俺は背後をきにしつつ、周囲を警戒して慎重に先へと進む。
自分で言うのもなんだが俺は疑り深い人間だ。
あの老婆が残した言葉を鵜呑みにはしない。
もしかしたら何かしらの罠にはめて、物資を
今日、会ったばかりの人間をどうして信用できよう。
魔族との抗争の最中にも人間は人間と争い続けた。不審死を遂げるものは数多く、言葉巧みに騙され女性に子供が乱暴されることなどもはや日常茶飯事。
自滅までして助けてくれたあの老婆を疑うのは些か心苦しいが、疑念は持つべきだろう。
なんせこのご時世。
周りは大体が敵なのだから。
老婆の言葉が真実であった時は、女神ミハールに懺悔し、聖女らしいその人を可能な限り助けられたらと思う。
約束も誓いもたてていないので、そこは可能な限り、だ。
――チャポンっ。
色々と考えながら歩いていると、少し先の方から微かに水滴音が響いてきた。
俺はすぐさま後方へと跳び、悲鳴を上げようとするリーニアの口を塞ぎながら土壁の僅かな隙間に身を潜めさせる。
神力で聴覚を強化。
耳を澄ましてジッとする。
どこまでも続きそうな一本道。
敵と遭遇したならば出口を失った今、ほぼ詰みが確定している。
俺は祈る様に左手を剣の柄に添えた。
――チャポン、チャポン。
ほぼ一定の間隔で先の方から聞こえてくる水滴音。
特にこれといった気配も姿も見えない。
どうやらただ水たまりに落ちる水滴の様だ。
警戒するに越したことは無いが、少々、気を張り過ぎている。
俺は軽く深呼吸したあと、右に抱えたリーニアを地面へと下ろした。
「わわわ、悪口いってご、ごぺんらたい……リーニャ、…おいちくないよ? あ、あと石もなげてごぺんね?」
産まれたての小鹿の様にプルプルと震えて命乞いをするリーニア。
しっかりと謝れたので、暴言を言われたことも小石を投げられたことも許してあげることにした。
「先を急ぐぞ」
「おいちくないよ?」
「たべねぇよ」
「ありがとね?」
「……」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、か細い声音で感謝の言葉。
さっきまであれだけの態度をとっておきながら、いざとなると委縮する。
皇族にしては小心者が過ぎないだろうか。
これも周りに甘やかされた結果なのだろう、きっと。
俺は勝手にそう思うことにして、再び歩き出す。
背後から「トタタタ」と距離をとる足音が聞こえてきたが無視だ。
遠くへ行き過ぎない限りは
「少しここで休憩にするぞ、あまり遠くへは行くなよ」
水滴音がしていたところ。
石造りで囲った小池の様な水場があった。
恐らくは真上にあると思われるダンゲェル湖から繋いだ水路を利用したものだろう。
俺は水場に毒性が無いのを確認し、鞄から水筒を取り出して補給。そして、リーニアの体力も考えてこの場で小休憩を挟むことにした。
いつ追手が来るとも分からない状況。
根を詰め過ぎては、いざという時に動けない。
俺は焦る気持ちに蓋をするように近くの岩場へと腰を下ろす。
窮屈な地下通路。
多少の広さがあるここなら休息の場にはもってこいだ。
「…これ、飲める…ます?」
恐る恐るといった様子で水場に近づき、俺へと質問を投げかけるリーニア。
まださっきの恐怖心が残っているのか慣れない敬語だ。
「体に異変があったらすぐに言え」
「…ん」
先ほど口に含んで実際にのんだ。
透明度は高く、異臭も無ければ毒素の様な苦みもない。
今のところ体に異変は無いので恐らくは大丈夫だろう。
リーニアは俺の言葉を盛大に疑った表情を浮かべつつも、手で水をすくい、喉を潤した。
「水浴びしたいッ」
喉を潤して満足したのか、元気になった挙句もう敬語が無くなった。
小心者のくせに気分屋が過ぎるなこの子。
なかなかにめんどくさい。
「駄目だ、呑気に水浴びをしてる暇はない、軽く拭く程度にしておけ」
「ちょっとぐらい良いじゃないッ」
「だめだ」
「無礼者ッ、リーニアを誰だと思ってるのッ!! 大帝国の王女にして勇者様の妻候補筆頭ッ、下等生物の魔族なんて聖剣の錆にもならないんだからッ!!」
「黙れ」
睨みを利かし、低い声でそう返す。
俺の殺気に当てられたリーニアは両肩を大きく弾ませ、声にならぬ悲鳴を漏らす。そして、鼻を啜りながら静々と先ほど着替えの際に持たせた布で体を拭き始めた。
大帝国に勇者勇者と鬱陶しい。
いつまで理想と妄想に囚われているのか。
なんどと説明しても「魔族の世迷言ッ」として現実を否定する。
子供とは本当に厄介な生き物だ。
「今のうちに腹へ入れておけ」
俺は背負っていた防水鞄から保存食が入った革袋を取り出す。そして、中の一つを手に取り、リーニアへと放り投げた。
カチカチの黒いパン。
味は苦みと若干の酸味。
皇族の口には一生入らないそれ。
俺は増えるリーニアの愚痴に耳を傾けながら、右足に負った傷の具合を視る。
「……派手にやったな」
思わず口から零れた台詞。
傷口は先ほどの戦闘の余波で大分悪化していた。
負った時よりも重傷だ。縫った所が引き千切れ、更にパックリと裂けている。
興奮状態で麻痺していた痛覚が戻り、頭痛を促すほどの痛みも感じてきた。
このまま放置すれば右足を失うことになるかもしれない。
「希望の聖女、ね…」
教会の最大戦力にして国民的偶像。
そして、教会が秘術とする治癒術の使い手。
彼女にかかればどんな傷も病も完治する、らしい。
この先に居るというのなら是非もないが、にわかには信じがたい。
数年間も死んだと囁かれていた聖女。
それが今更になって生きているなんてどうにも都合のいい話だ。
なにか裏があるに違いない。
「一、二……五人ぐらいか」
俺は脚の治療をしつつ、注意深く周囲に視線をやり、踏みしめられた地面を見つめる。
同じように水場のあるここで休息をとったであろう者達の比較的新しそうな足跡の数々。
随分と先を急いでいたのか、隠蔽もせず、足跡が洞窟の入り口からここまで残されている。
靴底の形は今の俺が履いている物と同じもの。つまりは騎士団のもの。
どうやらそれなりの数、小さな足を持つ聖女(仮)に付き従っているらしい。
従者は恐らく聖女と共に行方をくらました第一騎士団だろう。
帝国の危機と聞きつけはせ参じたのか、それともただ隠れの身の最中に争いに巻き込まれ逃避行中か。
どちらにしてもきな臭い。
俺は近場に落ちていた
「どの道このまま進むしかない」
ただ累積していく疑問。
そのうちに嫌気が差し、思考を放棄。
これ以上、答えの出ない疑問に時間を割いている暇はないと、手に入れたばかりの小さな応急箱に蓋をした。
痛み止めの薬草に、飲みやすく調合されたエルステム活性剤。
塗り当てた太ももの痛みは和らぎ、血の代わりとなるそれで神力を練り上げ自己治癒力の強化。
抜糸に新しく傷口を縫い合わせ、応急処置は完了。
俺は治療を終え、一息つく。
薬草に活性剤。
なければこの先、危うかったかもしれない。
リーニアのためにと徘徊した甲斐があったというものだ。
聖女の助言もたまには役に立つ。偶には、な。
とはいえ薬は貴重品。
手に入れたばかりで使っていては先が思いやられる。
優先するべきは俺でなくリーニア。
肝に銘じておかなければな。
俺は黒パンに苦戦するリーニアを見つめたあと、重い腰を上げた。
立ち上がる際、若干の立ち眩みが起きたが気にしない。
「そろそろ行くぞ」
「今ご飯たべてるでしょッ、…はむにゃはむはむっ」
不味いといいながらも空腹には逆らえず、頑張って石の様に固い黒パンを唾液でぬらしてカリカリするリーニア。
俺は「食べながら歩け」と先を急がせた。
勇者の模造品 馬面八米 @funineco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。 勇者の模造品の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます