鋼に宿るものは

「『アラン君はタイムマシンの原理を考えつく素晴らしい才能をお持ちです。しかし、コミュニケーションが苦手なため、友人を作るのが難しいようです』。ビル、先生の手紙は的を得ているわ。どうにかして、アランが学校に通うようになるようにしなくちゃダメよ」



 ローズはわが子であるアランについての手紙を読み上げた。



「なるほど。母さん、頼むよ」



「頼むって、私も働いているのよ! 限界があるわ」ローズはヒステリックに叫ぶと、ビルに向かって手紙を投げつける。しかし、ビルは機械をいじくるのを止めない。



 アランにとっては見慣れたやり取りだった。自らのことで両親が言い合いをするのは。アランはコミュニケーションが苦手なわけではない。知的レベルが低い子供と話すのが苦痛なのだ。



「コミュニケーションがうまくできるように、練習相手がいればアランのためになるはずだ。母さんも賛成だろう? 仕事の関係で試作ロボットを作ったんだ。R30型ロボットだ。そいつに子守りをさせればいい。ほら、こいつだ」



 それはお世辞にもカッコイイとは言い難かった。円柱の胴体に球体の頭を持つそれは、日本という国の「コケシ」のようだった。アランに言わせれば、ダサいことこの上なかった。



「こいつに名前をつけなくては不便だな。アラン、名前をつけてごらん」



「じゃあ……マイケル。君はマイケルだ」もちろん、適当だ。



「私はマイケル。かしこまりました、ご主人様」



「さて、僕は仕事の時間だ。マイケル、留守番を頼んだよ」とビル。



 両親が出かけるとアランはマイケルと共に家に置いてかれた。アランは「ロボットは人間の命令に従わなくてはならない」ということを知っていた。だから、「部屋の隅でおとなしくしていろ」と命じたが、「それではご両親の命令に背いてしまいます」と言って譲らなかった。



 どうやらマイケルを追いやるのは無理らしい。それならば、徹底的に無視すればいい。アランはそう考え、タイムマシンの改良に取り組むことにした。しかし、マイケルが「ご主人様、何をされいているのですか」と質問を繰り返すので、集中できず改良どころではなくなってしまった。



 帰宅したローズが「言いつけを守った?」とマイケルに尋ねると、「もちろんです」と答えた。こんな日々が続くかと思うと、学校に行くより前に精神的にダメになるかもしれないとアランは思った。


**


「ご主人様、今日は何をして遊びましょうか」



「じゃあ、かくれんぼをしよう。マイケルが隠れるんだ」



 アランは我ながら名案だと思った。自分が見つけなければ、マイケルが邪魔をすることはない。その隙にタイムマシンの改良ができる。



 ビルは帰るなりタンスの後ろに隠れているマイケルを見つけた。



「マイケル、どういうことだ! アランの相手をするように命令しただろう!」ビルは自作のロボットが言うことを聞かないことに腹を立てていた。



「ご主人様、私はアランと隠れん坊をしていたのです」



「ねえ、あなた。本当にロボットに相手を任せることが、アランのためになるのかしら」ローズは眉間にしわを寄せ、ビルをにらむ。



「母さん、もちろんさ。この役立たずが命令を聞くのが前提だけどな」


**


「今日は語り聞かせをしましょう」



 そう言ってマイケルが取り出したのは「名言集」という本だった。アランはマイケルの言葉を聞き流していたが、あるフレーズが気になった。それは「勇気あるところに希望あり」というものだった。



「勇気……か」



「ご主人様、勇気を持って学校に行かれてはいかがでしょうか」



 学校に行ったところで希望なはい。その時、アランは気づいた。自分が学校に行き、同級生の知的レベルを上げればいいのだと。アランが「僕、明日は学校に行くよ」と言うと、両親は泣いて喜んだ。



「あなたの言うとおりだったわ。やっぱり、マイケルでコミュニケーションの練習をしたのが、アランのためになったのよ」と、ローズはビルに抱きついた。


**


 学校に通いだして数週間。アランは成果に満足していた。同級生の知能レベルが上がったことに。すべては勇気を出すことを教えてくれたマイケルのおかげだ。アランはマイケルを心の師と呼ぶことにした。マイケルに心があるかは別として。



 学校に通いだして数日。アランはリサという女子学生と友達になった。



「ねえ、アラン。タイムマシンはうまく作れそうなの?」とのリサの問いに、「もちろん」とアランは自信をもって答える。



「一つ聞きたいんだけど。まさか、タイムマシンの最初の実験でアラン自身がタイムスリップするなんて危険なことはしないよね?」



「リサ、心配しすぎだよ。いくら自信があっても、そんな危険は冒さないよ」


**


 それは突然だった。「マイケルの役目は終わったわね」と母であるローズが言ったのは。



「役目が終わった……?」アランは首をかしげる。



「そうさ、アランには友達がいる。母さんの言う通り子守りロボットは不要だな」



「ちょっと待ってよ! マイケルは僕の心の師匠だ!」



「ビル、この子がこれ以上おかしくなる前にマイケルをどうにかすべきよ。子供がいる知り合いに譲ったらどうかしら?」



「ローズ、それじゃあダメだ。秘密でマイケルに会いに行くに違いない。やっぱり、スクラップするのが確実だな」



 マイケルをスクラップ? それだけは避けなくてはならない。どうすればいい? 学校に行くのを止めれば、どうだろうか。ダメだ、学校に行かなくてはタイムマシン制作の材料が手に入らなくなる。せっかく、「我が校からノーベル賞受賞者を出す」と意気こんで教授陣が用意しているのに。これが八方塞がりというやつか。



 アランには一つ考えがあった。しかし、うまくいく保証はない。不確実であっても、勇気を持って行動しなければ希望はない。アランは決めた。マイケルと別れることを。



「お父さん、お母さん。僕、マイケルとさよならするよ。でも、一週間だけ時間が欲しい。心の整理のために」



「ローズ、聞いたか? さすがは僕たちの子供だ。賢いぞ。分かった、一週間だけ待ってあげよう」


**


「お父さん、今日が最後の日だから、マイケルを学校に連れて行っていい? みんなに自慢したいんだ」アランは目を潤ませて懇願した。



「アラン、さてはマイケルを逃がすつもりじゃないだろうな?」ビルはアランの言動を信じていない様子だった。



「まさか」図星だった。どうにかしてマイケルを逃がしたかったが、無理らしい。


**


「ただいま」



「ちょっと、アラン! マイケルがいないじゃない! あのポンコツを逃がしたのね!」



 そう言われるだろうと思っていた。アランは母親に手に持ったものを見せた。ズタボロになったマイケルの腕を。



「なんだ、自分の手で処分したのか。びっくりさせるなよ」ビルは胸をなでおろした。


**


「うまくいけば、今日のはずなんだけど……」



「ねえ、アラン。なんで学校に用があるの? 卒業してから、十数年は経っているのよ?」リサは夫であるアランの服の袖を引っ張る。



「今に分かるさ」そう言ったものの、アランにも自信はない。



 次の瞬間、目の前の機械が光りだす。それは、アランの作ったタイムマシンだった。そして、姿を現したのは――片腕がないマイケルだった。



「アラン、『勇気あるところに希望あり』ですね」



 アランは学校に置いてあった自作のタイムマシンでマイケルを未来に送ったのだ。タイムマシンが原理通りに動くが自信がなかった。しかし、勇気を出したことで、マイケルを助けることができたのだ。アランはマイケルの手を取ると、タイムマシンの外に出す。



「マイケル、君に任せたいことがあるんだ。僕とリサの子供の遊び相手になって欲しいんだ。昔、僕の相手をしてくれたように」



「もちろんです、アラン。でも、まずは壊した腕を直してください。痛かったのですから」



「マイケル、君に痛覚はないだろう?」昔のように冗談を言うマイケルに安堵した。



「さあ、行こう。新しい家族を紹介するから。きっと気に入ると思うよ」



 アランにとって、マイケルはただのロボットでも、子守りでもない。家族なのだ。家族が一人増えたことに、アランは満足していた。

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ロボット〜完全で不完全な存在〜 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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