幻想を描く流星

 ガラルドの街に降りると、ミローズの画廊にむかう。

 店の前まで来て、扉を開けるのを少し戸惑う。

 いまさら来て、俺はミローズの娘のミジェロになんていえばいい?

 彼女が亡くなって一か月たっているのだ。


 扉の前でぐずぐずとしていたら、小さな女の子が出てきた。十くらいだろうか。

 女の子は赤毛を変わった形に結っていて、絵の具のついた前掛けをしていた。


 その女の子は俺を見とめると、大きな声で母親を呼ぶ。


「おかあさーん、お客さんだよ」

 

 そう言うと、店の奥へと引っ込んでしまった。


「はーい、いらっしゃいませ」


 店の奥から出てきたのは、赤毛の三十代後半ほどの女性だった。

 その面差しは、三十代のころのミローズとそっくりで。 


「ミローズ……」


 そう声を掛けかけた俺に、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 ああ、死んだなんて本当は嘘だったんだ、と思った。


「ゼスさんじゃないですか。あ、アレイゼスさま、とお呼びしないといけませんね」


 彼女の幻影がぱっと消える。

 いまここにいるのは、彼女の娘のミジェロだ。


「あ……。ひさしぶりだな、ミジェロ。すっかりいい母親になったんだな」

「ええ。おかげさまで。奥でお茶でも飲んでいきませんか? むかしのように」


 彼女は俺を、むかしミローズが茶を出してくれた居間に通してくれた。


 香りのいい茶を飲みながら彼女のことをぽつぽつと聞いて行く。

 やはり彼女は病気で一か月前に他界したのだそうだ。

 お悔やみを言うと、ミジェロは頭をさげた。

 ミローズは壁画で有名になってから亡くなるまでの間に、たくさんの絵を描いた。

 相変らず幻想的で美しく、切ない絵を。


「だから、ここを改造して小さな美術館にしようと思っているんです。母の作品を主に収めた美術館に」


 彼女の画風は、他の作家に真似されたりもしたけれど、彼女自身の内側から描かれる絵は、真似して真似できるものではなかった。

 彼女独特の幻想的な絵を、多く遺していったのだ。


「美術館か。いいと思う。伝説の画家、ミローズ・ガルディスの美術館。彼女もきっと喜ぶだろう」

「ええ」


 ミジェロは泣きそうな顔で笑った。


「そうそう、いつか渡したいと思っていたものがあるんです。でも、畏れ多いと思ってお贈りできなかったもので」


 そう言って部屋の奥に一度入ると、片手で持てるくらいの大きさの包みを持ってきた。


「母の遺作です」


 俺の前で梱包してあるその包みを開く。

 中からでてきた一枚の絵を見て、俺は目をみはった。


 それは、俺とミローズが抱きしめあっている絵だった。

 彼女は満面の笑みで、目には涙が浮かんでいる。

 俺は秋島の季主の黄緑色を基調とした服装をしていて、彼女は絵の具にまみれた水色の前掛けをしていた。

 

「母は、貴方のことがとても好きだったんでしょうね。両親も夫も早くに亡くしてしまったから、亡くなることのないあなたさまに安心していたし、生涯こころの支えであったのだと思います」


 その絵を見て、俺は目頭が熱くなった。

 彼女の気持ちが伝わってきて。

 俺が季主であることを強調するように服装でそれを描き、彼女は普段のままの彼女で。

 しかし、恋人同士のようにお互いを大事に想って抱きしめ合っている。

 種も身分も立場も超えた、深い愛。

 それが、この絵には描かれているような気がした。


 俺はミローズのどこに惹かれて、逢いに行っていたのだろうか。

 分かっている。

 絵も素晴らしかったが、彼女自身の明るさと、彼女の生き様にだ。

 人間の中で、とくに気になる女性だったし、俺は彼女が好きだった。


 彼女と出会ったのはいつだったか。

 もうだいぶ前になる。

 俺が彼女の絵の具を踏んでしまったのだったっけ。

 それからガラス細工のバラの絵を見せてもらって。

 ガラルド美術館にも一緒に行った。

 そういえばこの絵は、ガラルド美術館に飾ってある俺の絵とは全く違う雰囲気だ。

 彼女はあのあと、金銭的な余裕ができたから、きっと何度もガラルド美術館に行けただろう。

 そして、軍神のような俺の肖像画を何度も見たはずだ。

 でも、彼女の描く俺は、とても穏やかな顔をしていた。

 

「この絵は……俺がもらっていいものなんだな」

「ええ。母が生涯で描いたさいごの作品です。ぜひもらってください」

「大事にする」


 絵の中の満面笑顔のミローズから、「ありがとう」と声が聞こえたような気がした。


 


 ミローズの画廊を出て、一人秋神殿に帰ると、執務室ではなく自室にその絵をかけた。

 絵を描くという一点にのみ情熱を燃やし、生き抜いた親友の絵を。


 人間というものは、どうしてこうもまばゆい光を放ちながら生きていくのだろうか。

 強く光りながら流れて、空を超えていく。

 それはあたかも流星のように。

 切なくも美しい生き様。眩しくて尊くて。彼女のえがく絵のように。


『あたしはそんな大した人間じゃ、ないよ』

『そうか? 立派だと思うよ』

  

 彼女の描いた絵を眺めていると、彼女と話をしているような錯覚がする。

 近々、ミジェロによって彼女の絵を飾った美術館もできるというから、そのときには是非行ってみよう。


 きっと、彼女の作品は笑顔で俺を迎えてくれるだろう。



秋編 おわり

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貴石の奇跡 ~四つの季節の物語~ 陽麻 @urutoramarin

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