勇者の印

🌸春渡夏歩🐾

額の十字架

 その村に着いたのは遅く、門が閉じる前にどうにか滑り込むことができた。


 野宿は慣れているが、連日はさすがにキツい。温かい料理を味わい、柔らかな寝床でゆっくりとやすみたかった。


 程なく良さげな食堂を見つけることができた。二階の宿も確保して、ひと安心する。


 この宿自慢の料理だという鶏肉のトマト煮に合うおススメのお酒を堪能している時、近くの席に座るご老人から声をかけられた。


「旅のお方とお見受けするが、この小さな村に、遠くからいらしたのかな」


 ご老人との話はなかなか面白かった。もっとも、面白かったという記憶だけで、後になって内容は全く思い出せなかったのだが。

 久しぶりのアルコールと、人との会話、その温もり。


「さて、私はそろそろ帰るとするかな。ああ、女将おかみ、この方に一杯、おごらせてくれ。旅の人、また近いうちに会うかもしれんよ」


 彼が席を立った頃には、すっかりも更けていた。


「奢る、と言ったって、お金を払ったことなんてありゃしないんだから。結局、ウチの店が奢ってるようなもんでしょ」

 卓を片付けながら、ボヤく女将を

「まあまあ、年寄りはうやまわなきゃ、ね」

 人の良さげなご主人がなだめている。


「オレ、自分で払いますから」

「あ、あら、いいのよ。気にしないで」


 旅をしていて、余所者よそものは全く相手にされないことも多いが、この村ではそういうことはないらしい。


 ここで何か仕事はあるだろうか。

 そろそろふところ具合が寂しくなってきていたから、どうにかしたかった。


 ◇


 翌朝は気持ちの良い目覚めだった。昨夜、あれだけ飲んだというのに。


 顔を洗っているところへ、店で働く少年が聞きにきた。

「お客さん、朝食はどうされます?」

「ん、そうだなぁ……」

 布で顔を拭うオレを見て、少年の顔色が変わった。

 

「勇者だ! 勇者のしるしだ! 勇者が来たっ!!」

 彼は叫びながら、駆け出していった。


 それからは大騒ぎになって、よくわからないうちに、村のおさの家で歓迎のうたげにいた。


 語り継がれる伝説。

『昔々、そのまた昔、勇者が村に現れて、ドラゴンを退治した。そのひたいの十字架が勇者の印』


 確かにオレの額には小さな十字の傷があるけれど、これはガキの頃に転んだ傷跡で……って、誰も聞いてやしない。


 話によれば、村の奥、山の火口付近に住んでいる竜が、何か悪さをしたことはないらしい。

 それなら、何故、わざわざその竜を退治する必要があるというのか。


 そこへ、一振りの古い剣が持ち出されてきた。


「勇者様(だから、オレは勇者じゃないって)、この剣は抜けますか?」


 うやうやしく差し出された剣は、錆びついているらしく、びくともしない。

 

 こういうの、得意なんだよね。オレ、機械屋だから。

 動きの悪くなった物を修理して、代金をもらい、旅を続けてきた。


 腰の道具入れから特製潤滑油を取り出して、鞘の隙間に垂らせば……。


 どうだっ!!


 スラリ!

 オレは剣を抜いた。


「おおっ!!」

 皆がどよめく。

「さすが! やはり、勇者様で間違いない」


 村の長の言葉に、一同がうなずく。


 あ、あれ? 

 もしかして、オレ、自ら墓穴を掘った……のか。


「大変なことにまきこまれたわね。でも、竜のうろこは高く売れるらしいから、自分で印をつけた偽勇者が来たことがあって、剣は抜けずに追いかえされたのだけど」

 長の娘がそっと耳打ちして、教えてくれた。


「君はオレが勇者じゃないとわかるの?」

「さぁ、どうかしら」

 彼女の瞳は不思議な金色をしていた。


 ◇


 次の日、オレは村人達が歓声で見送る中、竜が住むという山に向かった。行きがかり上、とにかく行くしかなかった。

 

 火口にある窪みでのんびりと寝そべっていた竜は、オレを見ると

「おや、これは珍しいお客人だな」

 そして、くるんと回ると、その姿はあのご老人!

「私を倒しにきたのかな」

 その金色の瞳をどこかで見た気がする。


「まさか! オレに倒せるとも思えないし、倒すつもりもない。アナタは何も悪くないし」


 この村が温暖なのは、この火竜が火山を守っているからだった。


 竜は言う。

「人は見たいものだけを目にめ、聞きたいことだけを耳にして、信じたいことを信じるものだ」


 彼の楽しみは、村でお酒を飲むこと。

「火を保つのには、アルコールを燃やすのが、手っ取り早い」

 望みは、人々の営みや自分の末裔まつえいを見守ること。

「若かりし頃、私は考えもしなかった。ヒトの生命いのちがこれほど短いということを。私の愛したひとの子孫へと、竜の血は薄まっても繋がっている」


 オレはしばらく黙って、じっと考えた。

 何か良い方法はないものか……そうだ!


「アナタは火竜だから、地脈の流れを感じるよね。温泉の場所もわかる?」

「あの熱い湯のことかね」


 ◇


 村の近くに温泉が湧いた。竜の鱗が資金だ。彼は今、昼は人の姿で温泉施設の管理人となり、夜は竜に戻り、火口を守って眠る。

 そうそう、あの食堂できちんとお金を払うようになったらしい。


 さて、オレが勇者になった話はこれでおしまい。伝説はまた違う形で伝わるのだろう。


 そして、旅は続く。


 *** 終 ***

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