第32話 最終話 夕日の見える街で
その日の夕方。
さんさんと夕日が降り注ぐ領主館の三階大広間で、シリウスはユディットと相対していた。
「まさかねぇ」
くくくくく、と。
シリウスは天井部分が吹っ飛んだ部屋で何度目からの笑いを漏らした。
「あれが、イジェット君だったとはねぇ」
そして視線を向かいに向ける。
そこにはシリウスよりも見事に甲冑を着こなしたユディットが、
「さすがイジェットくん。魂を感じる演技だったでしょう?」
ユディットが満足そうに胸を張るからまた可笑しくなってシリウスは笑った。
あの崩れたバルコニーから晒された磔。
あれはイジェット君だった。
「やっぱり必要だったでしょう? 新居にイジェットくんが」
「ほんと。さすがだね、ユディット」
ひとしきり笑ったあと、シリウスはユディットに尋ねる。
「でもよく思いついたね。義兄上に見せかけたイジェット君を磔にするとか。というか、イジェット君、もうこれ磔にされた男に見えてきたよ」
「シリウスより長く私、敵軍を見てたからね。もうみんなうんざりって感じだったし。それなのに必死になってんのはパトリック殿だけみたいだから」
ユディットはイジェット君を抱えて移動し、破壊されて上半分を失くしている壁にたてかけて戻ってきた。
「最後の攻撃を仕掛けてきたとき、煙や埃ですごいことになってきたから、どさくさに紛れて死んだことにしたの。パトリック殿を。で、マリエル大隊にお願いして口々に、『パトリック、召し取ったり!』『パトリックの首級をユディット夫人が上げた!』って言って回ってもらったのよ。そしたら」
勝手に壊滅して遁走した、ということらしい。
「パトリック殿はどうなったかしら」
完全に他人事の調子でユディットは言う。
「北の港から商船が出たって聞いた」
「ん? なにそれ」
ユディットが尋ねるが、シリウスはあいまいに首を横に振った。
義兄は商船に乗り、海外に逃げたとガルシア夫人より連絡があった。
あとのことは知らない。
新天地を求めて布教の旅にでも出てほしい。そして二度とこの国にはかかわらないでほしい。それがシリウスの本音だ。
「これにて一件落着、だね」
シリウスが言うと、ユディットは盛大にむくれた。
「ぜんぜん落着してないし! みてよ、これ! 私が一生懸命選んだ家具とか壁紙とか! もう全部だめじゃない!」
「確かに三階部分は吹き飛んでるねぇ」
「新居だったのよ、ここ!」
「そうだね」
「ちなみに隣は寝室だったの!」
「え? そうなの?」
「残念ながら吹き飛んでありません!」
「あ……あああああ、そう……」
なんとなく肩を落としていたら、ユディットが抱き着いてきた。
互いに甲冑を着ているから、からん、と硬質な音がする。
「仕方ないから、明日適当に結婚式あげて」
「ん? 適当? ……うん、ま、いっか」
「どこか無事な部屋で初夜をする?」
聞き間違いかな、とシリウスは迷ったがそれも数秒だ。
「うん」
意気込んでうなずいたら、ユディットに爆笑された。
「そういえば」
顔を上げ、ユディットは空を見上げた。
「初めて会ったときもこんな夕日のきれいな日だったね」
シリウスも空を見上げた。天井が吹っ飛んでなにもないそこからは、見事な夕日が視界いっぱいに広がった。
「そうだね。ここも夕日がきれいな街でよかった」
そうしてユディットを抱く腕に力を込めた。
「この先もずっと。一緒にこうやって夕日を見てくれる? ユディット」
「もちろんよ、シリウス。邪魔な鉄格子があったら私が外してあげるわ」
シリウスは笑う。
そうだ。
あの塔に飛び込み、鉄格子を外し。
彼女はとうとうシリウスを外の世界にまで連れ出してくれた。
その彼女とともに。
幸せになるのだ。
それが生きていく、ということなのだと思った。
「これからもよろしくユディット」
「こちらこそ、シリウス」
ふたりはそうやって抱きしめあった。
了
囚われの処刑待ち王子。令嬢に恋をする 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095
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