第5話
一ヶ月後、月の顔は消えるどころか、より濃くなっていき、どこをどう見ても顔としか見えなくなっていた。もはや顔に見える月ではなく、月に見える顔と言ったほうが良かった。そんな中で、ネットニュースで顔月を振興する顔月教もできたということも聞いた。
達也は帰宅してふと顔月を見ようと玄関を出ると、再び隣の男が顔月を見上げていた。
距離を開けて一瞥すると、男は両手を合わせて顔を上げたまま目を閉じていた。顔月は男や達也をじっと見降ろしていた。男が目を開けようとするのに気づくと慌てて月を見上げた。
「ああ、どうも」
男は言うと、達也も復唱するように言って会釈した。
「なんか、見てるうちに、拝みたくなっちゃって」男は言った。「心が洗われるとかとはまた違うんですけど、見守ってくれてるような気がして」
「まあ、確かに、いつも見守ってくれてますもんね。僕は見られてるっていう考え方になってしまいますけど」
「確かに」男は笑った。「まあでもこんな珍しいこと、なかなかないじゃないですか。別に危害を加えられるわけでもないし。だから僕の中ではイエス様や仏様みたいなものです」
「つまり、顔月教ですか」
達也は酒が回っているとはいえ、突っ込みすぎたと反省した。
「まあ、そんなもんです。どんな怪しいものでも、何にも頼れなくて孤独を抱えながら生きるよりマシかなって」
三ヶ月ほど経ったとき、顔月教の信者が県内の山で集団自殺していることがセンセーショナルに報道された。同時期に隣の男も姿を消したので、達也は男が集団自殺の中にいることを確信した。話に尾ひれがついている情報がネットにはびこっているので真偽はわからないが、遺体の顔は皆、笑みを浮かべて、月の方角を見上げていたという。男の話を思い出し、あながち嘘ではなさそうだと思った。
顔月 佐々井 サイジ @sasaisaiji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます