作家志望のリーマン、フランス人ラノベ作家にインタビューされる

未来屋 環

あなたが書く小説のテーマは何ですか?

 ――質問です。

 あなたが書く小説のテーマは何ですか?



 カメラに見つめられるのなんて、いつ振りだろう。

 思い返してみれば人生の節目のイベントくらいで、ここ十年程はまるでご無沙汰ぶさただ。 


 その最新型の『彼』を眺めながら、私はそんなことを考えていた。

 そんな小さな体で撮影できるんだ、随分と高性能なんだね、君は――


「Tamaki-san, are you OK?」


 当てのない思考はその言葉でぷつりと途切れた。

 ちらと右斜め前に視線を向けると、そこには優しそうな眼差しでこちらを見つめるフランス人男性がいる。

 ふたりの『彼』の視線にさらされながら小さくうなずくと、フランス人の彼は笑顔でスタートボタンを押した。


 ***


 事の起こりは、或る週末の夜のことだった。

 その日私は出張先の職場の社員(仮名で『三浦さん』とする)と飲んでいた。


 懇親会も終わり帰ろうとしたところ「もう一軒行きませんか?」と上機嫌じょうきげんな三浦さんに誘われ、彼女に密かに憧れていた私は二つ返事でついていく。


 ――そして、気付けばふたりでブギーポップの話をしていた。


 ブギーポップシリーズといえばライトノベルの金字塔である。

 記念すべきシリーズ一作目『ブギーポップは笑わない』と出逢った中学生の私は、そのユニークな文体と独特の世界観に多くの影響を受けた。

 そんな思い出の作品を三浦さんも読んでいたというのだから驚きだ。

 あのバリキャリ陽キャな三浦さんが……!

 私は思いもかけない共通点に興奮を禁じ得なかった。


 また、偶然にもその日私は某小説コンテストの受賞連絡をもらっていたのである。

 溜まった仕事の疲れといつもより多めに飲んだアルコール、そして会社の人と趣味の話ができた望外ぼうがいよろこびに加えて人生初の受賞による高揚感――それらでバグっていたのかも知れない。


 そう、私は思わず言ってしまったのだ。

 「実は私、小説書いてるんです」と。


 三浦さんの「えー! すごい!! 読みたい!!!」と言う黄色い声に、私のテンションはMAXだ。

 照れながらペンネームを伝えると「絶対読みますね!!」と約束してくれた。

 さすがに社交辞令とは思いつつも、三浦さん、天使。

 ふわふわとした酔いに包まれながら飲んだその日のビールは、とてもおいしかった。



 そしてそれから数日後、事態は急展開を見せる。

 私がリーマンらしく残業に明け暮れていると、突如とつじょとして三浦さんからLINEメッセージが送られてきたのだ。


『知人のフランス人が制作活動をしている人向けの情報サイトを作っていまして、未来屋みくりやさんにインタビューさせてほしいみたいなんですが、いかがでしょうか』


 ――ん?


 私の頭の中に疑問符が渦巻いた。

 辛うじて残っているか細い記憶のひも辿たどってみると、確かにあの日フランス人(仮名で『ピエールさん』とする)の話を三浦さんから聞いた気がする。

 いわく、書いた作品がフランスで書籍化されているとか……。


 ――えっ、そんなすごい方が、何故こんなド素人しろうとにインタビューを……?


 正直私の話が役に立つとは到底とうてい思えないが、一方でプロのラノベ作家(しかもフランス人)に逢えるなんてまたとないチャンスである。

 そう考えた私は、即座にOKの返事を三浦さんに送った。



 そして、それから一月ひとつきも経たない内に、私は三浦さん立会たちあいのもとピエールさんにお逢いすることとなる。

 仕事を終えて会場に向かうと、丁度ちょうど店の前で三浦さんと鉢合はちあわせした。


「あっ未来屋さん! 今日はよろしくお願いしますー」


 ニコニコ笑顔の三浦さん、その隣に立っているのがピエールさん……私はドキドキしながら彼に視線を向ける。

 初めてお逢いするピエールさんは、坊主頭で背が高く、がっしり体型かつがっつりヒゲを生やした男性だった。

 どちらかと言えばラノベ作家というより、そう――いわば北欧系ハードロックバンドのような……つまり


 ――強そう。

 それが私のピエールさんに対する第一印象である。


 ドキドキしながらつたない英語で話しかけると、ピエールさんはゆっくりシンプルな英語で返してくれる。

 見た目のパワフルさに反し、とても柔和にゅうわで穏やかな印象だ。

 食事をしながらピエールさんの人となりを聞いてみると、次から次へとピエールさんのアグレッシブな経歴が明らかになる。


 ピエールさんが初めて日本に来たのは高校生の頃、日本文化に興味を持った彼はその想いのまま単身日本に飛び込んだという。

 そしてフランスに帰国したあと元漫画家の日本人に弟子入りし、そこで物語作りやイラストの基礎を学んだそうだ。

 三浦さんの話によると戦国時代については我々日本人よりも詳しく、著作のライトノベルには日本の城をイメージしたようなイラストが掲載されていた。


 ――そう、ピエールさんは小説家兼イラストレーターで、自身の作品のイラストも担当している。

 肩書きとしてはフリーランスのアーティストということになるそうだが、イベントのオーガナイズにはじまりYouTubeやTikTokの運営、そして制作活動とマルチに活躍しており、今般小説を書く日本人に逢ってみたいということで私にアプローチをしてきたようだ。

 果たしてサンプルが私で良いのかははなはだ疑問だが、とてもありがたいお話である。


 その日は楽しく食事をしながら来たる撮影の段取りについて会話し、おいしそうにパフェを食べる三浦さんの姿に癒されつつお別れした。


 ***


 そしてインタビュー当日、私は緊張感と焦燥感と高揚感がトリプルミックスした感情をいだいたまま電車に乗っていた。


 当初は英語で事前回答を作ろうかとも思ったのだが、私にとって『創作』についてインタビューされるというのは初めての経験である。

 よくよく考えてみれば、これまで小説を書くことはあっても、それに対する自身の考えやスタンス等について言語化したことはなかった。

 話し慣れた話題ならまだしも日本語でも回答の難しい内容を正確に英語で伝えられる自信がなく、ピエールさんには申し訳ないがインタビューは日本語で回答させて頂くことにした。


 そしてインタビューの二日前に質問項目を送って頂いたのだが、なかなかにボリュームがある。

 これまでに考えたことのない視点から投げかけられる質問もあり、きちんと事前に回答準備し、当日までに頭の整理をしておこうと考えていた。


 ――そう、考えてはいた。

 しかし、仕事に追われている内に時間はどんどん過ぎていく。

 まさに光陰こういんごとしである。


 せめてもの準備として、当日早起きをして回答を考え始める。

 改めてよくよく読んでみると、質問は多岐たきにわたっていた。

 自己紹介に始まり文学的な影響を受けた作家や作品、執筆スタイル、ネガティブな批評への対処方法、一作品にかける所要時間、登場人物の名前をどう決めているか、今後の作品構想、そして日本人読者と外国人読者に対するアプローチの違いなど……。


 む、難しい……!


 寝起きで茫漠ぼうばくとしていた頭はすぐさま覚醒し、回答を考えてはスマホに打ち込むという作業が家を出る直前まで続く。

 これでゼロベースよりはなんとかマシな受け答えができるはず――私は身支度みじたくを整え、慌てて家を飛び出した。


 電車に乗り込んで早々シミュレーションをしようと改めてスマホをチェックした矢先、メッセージの下に見慣れないマークがあることに気付く。

 胸がざわめくのを感じながらそれを押してみると、見たこともない質問たちが一斉に姿を現した。


 ……どういうこと?


 どうやらメッセージが長かったため、後半部分が隠れてしまっていたようだ。

 慌てて内容を確認するものの、ほど後半部分なだけあり、前半部分よりも更に複雑な質問が多い。

 曰く、これからのライトノベル産業についてどう考えるか、ライトノベルに教育的役割はあるか、現代日本のトレンドが自作にどんな影響を与えてきたか、作家にとっての『成功』とはどういうものを意味するのか、など……。


 自分のドジさ加減に絶望しながらも残りの回答を考え、私は集合場所へと向かった。

 そして三浦さんが予約してくれた撮影場所のブックカフェに到着し、冒頭のシーンに至る。



 さて、このような経緯いきさつで辿り着いたインタビューだが、その様子がピエールさんのYouTubeチャンネル(登録者数8.94万人!)で全世界に公開されるのだという。

 ビビリの私は素顔を晒す勇気がなくマスクを着けていったのだが、ピエールさんは優しく「マスクはJapanese Womanのファッションだもんね!」と笑顔で許可してくれた。

 番組的にはゲストの表情が見えた方がどう考えても良いだろうに……お気遣きづかい頂きありがたい限りである。



 そしてインタビューが始まった。

 開始早々、自然体でインタビューに答えることの難しさを思い知る。

 私は職業柄会議の進行や発言をするシーンも多く、どちらかといえば人前で話すことに慣れていると思っていた。

 しかし、目の前にいる人たちに仕事の話をするのと、カメラの先にいる不特定多数の人々に向かって創作の話をするのとでは、想像以上に感覚が違う。

 また、事前に想定回答を考えていったがために、目の前の質問に対して「元々どういう回答にしていたっけ」とついつい記憶を辿ってしまうのだ。

 最早もはやアドリブの方が上手く答えられたのでは……そんな思いが脳内をかすめつつ、キョドキョドしている内に収録は終わった。


「OK! Tamaki-san, thank you!!」

「未来屋さん、おつかれさまでした! 良かったですよー」


 席の都合で別テーブルに座っていた三浦さんが声をかけてくれる。


「いや……むちゃくちゃ緊張しました……」

「いえいえ、ばっちりでしたよ。回答も面白くて、私自分の席でずっと聞き耳立てちゃいました!」


 ――あぁ、三浦さん、マジ天使。


 そんなこんなでインタビューは無事終わった。

 途中緊張しすぎてピエールさんの英語が理解できなくなるというアクシデントもあったが、きっと編集でなんとかしてくれるはず。

 すっかり冷めたロイヤルミルクティーを一口飲むと、その上品な甘さが私のことをじんわりといたわってくれた。



 そして会場がブックカフェだったこともあり、終了後ピエールさんと少しだけ本の話をした。

 丁度ちょうど我々の席の目の前に日本文学の本棚があり、ピエールさんが興味深げに眺めているので簡単に解説をする。

 その中にたまたま永井荷風の『ふらんす物語』があったお蔭で話が弾んだ。


 また女性作家の作品を知りたいとのリクエストに応えるため棚を探してみると、樋口一葉の『たけくらべ』があったのでそちらを渡す。

 彼女が直近まで五千円札の顔だったことを伝えるとにわかにピエールさんのテンションが上がり、何枚も写真を撮っていた。

 どうやらずっと彼女が何者か気になっていたらしい。


 最後にインタビューにも出てきた『文学的に影響を受けた作家』ということで、川端康成をピエールさんにご紹介した。

 というのも、私は大学生の頃彼の研究をしていたのである。

 日々サークル活動に明け暮れとても真面目な学生だったとは言い難いが、それでも『雪国』は自分にとって思い出深い作品であった。

 あの有名過ぎる冒頭の一文に始まり、選び抜かれた言葉でつづられる美しい描写の数々、随所に織り込まれたメタファーなど、読み込んでボロボロになった文庫本は今も大切にとってある。


 残念ながら『雪国』は本棚になく、代わりに置かれていた『伊豆の踊子』をピエールさんにご紹介したところ「どういう話?」とかれてふと悩んだ。

 エリート学生と若い踊子の恋物語……いや果たしてその一言で片付けていいものかと自問自答する。


 そもそも踊子の薫は十四歳、ピエールさんが想像するよりだいぶ幼い年頃であろう。

 ヨーロッパはそういう描写に厳しいんだろうかなどと余計なことを考えながら、私は簡潔にストーリーを説明した。

 踊子を『ダンサー』と訳してはみたものの、こちらもピエールさんの想像するダンサーとはイメージが違うだろうなと内心思う。

 これが異文化コミュニケーションの難しいところであり、そして面白いところであろう。


 ***


 ――さて、ここで冒頭の質問に戻ろう。


『あなたが書く小説のテーマは何ですか?』


 今回のインタビューで私が得られたもの、それはものを書く自分のことを俯瞰ふかんする視点だ。

 日々執筆に励んでいる時にはなかなか気付くことのできない多くのことを、ピエールさんの問いは鮮明にあぶしてくれた。


 私の作品テーマ、それは何度傷付いても立ち上がることのできる人間の強さである。


 世の中の大半の人々は、日々自分たちに与えられた役割を果たそうと一生懸命に生きている。

 しかし、優れたひとが運悪く何かの拍子につぶされてしまったり、頑張っても頑張ってもなかなか報われなかったり、本人に責のないことでつまずいてしまったり――そんなシーンを私は幾つも見てきた。


 現実は時に残酷で、もしかしたら思い通りにいかないことの方が多いかも知れない。

 それでも皆、時には他の人の力を借りながら、最後には自分の足で立ち上がる――いつしか私はそんな人間の強さをえがきたいと考えていた。

 日々を懸命に生き抜くひとたちが疲れたり辛くなってしまった時、読んでほっとできるような作品を書きたい、そう思った。


 今の自分にそれができているかはわからないが、今回のインタビューで私はもう一度初心に立ち返ることができた。

 ものを書くことは突き詰めれば孤独であって、日々の忙しさに追われて書くことをあきらめてしまいそうになる夜もある。

 それでも書き続けたいとそう思えるのは、自分の書くべきテーマがあるからだとこのインタビューは教えてくれたように思う。


 今回このような機会を与えてくれたピエールさんと三浦さんに心からお礼を言いたい。

 そして、もしあなたの元にピエールさんからのオファーが舞い込んでくることがあれば、その際には是非ご対応頂くことをお勧めしたいと思う。

 それはきっと、あなたの執筆人生をより豊かにしてくれるきっかけになるだろうから。


 最後になるが、万が一あなたが『Tamaki Mikuriya』のインタビュー動画を見掛けることがあれば、あたたかい気持ちで見守って頂けるととても嬉しい。

 その作家志望のリーマンは、今日も頑張ってものを書いている。



(了)

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