第10話 中堅冒険者(駆け出し)

 控室に帰るや否や二人を出迎えたのは、見覚えのない筋骨隆々の男だった。多くても二人が入る想定の控室にいるにはあまりにもむさ苦しい容貌である。


「お疲れ様。少し話したいことがあるんだが」

「貴方は?」

「あぁ、申し遅れたな。俺はガンド、この街の冒険者ギルドじゃ一番上ってことになってる」

「成程、偉い人」


 ぽけーっとした返事を返すレノに、肩透かしを喰らったガンドが困惑する。


「もう少し驚いても良いと思うんだが?」

「……すいません。もう、頭が限界で」


 レノに精神力の限界はない。

 けれど、身体の限界は勿論ある。勇者の体と違って鍛えられてもおらず、戦いながら考えることにも慣れていない脳みそは限界を叫んでいた。


 偽ドラゴンからカミラという連戦を潜り抜ければ当たり前なのかもしれないが。


「無理」

「おっ、と。ここからは私が話を聞きますね」


 ぐらり、と体から力が抜けて意識を落としたレノを、後ろからすっと手を伸ばしたリナが支える。


 正直、限界だとは睨んでいた。

 勇者の思考と動きにその体がついていけるわけがない。自分だって数発しか魔法を撃っていないのに魔力は底をつきそうだ。


(ひ弱な身体だ、どっちも)


 思わず苦笑する。

 その人間らしい表情を消し、貼り付けた笑顔に戻してすぐにガンドと向き合う。ガンドは倒れたレノに驚きつつも、リナと向き合った。


「それじゃ、話させて貰おうか。姉君」

「ええ、お願いするわ」


 リナがちらりとレノを見下ろす。真面目な話をするというのに、これじゃ邪魔だ。それに、この体じゃ青年を支え続けるのは不可能。


(ま、これで良いや)


 そこら辺に置いてあった椅子にレノをぶん投げ、一旦置いておく。こんなに雑に扱われても身じろぎ一つせず、深く眠ったままのあたり本当に疲れ果てているようだ。死んでいないか心配になる。


「そこまで長く話す必要もない。簡単にいこう」

「はい」

「君たちの昇格の話なんだが」

「あ〜……」


 さすがのリナも、仮面が僅かに剥がれて微妙な表情をした。

 良くて昇格の話はなしで普通に冒険者としての人生が始まり、次に良くて冒険者引退、最後はまぁ復讐のためにカミラが追ってくるとかであろうか。レノに悪気はないとはいえ試験官を煽り倒して勝利したというのは、よく判断されることはないだろう。


 リナに関しては打算でその行為を見届けたのだから、言ってみればレノよりも悪い。少なくとも彼女はそう思っている。


 覚悟を決めながら次の言葉を待っていた彼女だったが、その実拍子抜けであった。


「二人とも五級か、六というあたりにしておきたい」

「それっていうのは、どのくらいの階級なんですか」

「説明してないのかあいつ……。初めに、冒険者には十から一までの階級が割り当てられる」


 なんの実績も持たずに冒険者ギルドに訪れ、冒険者登録をしたら十級からスタート。そして、実績を積み上げていくごとにくらいが上がっていき、基本的には一級が最上位となる。


 それに当てはまらない例外もいるにはいるのだが、今回は割愛。


 肝心な級による扱いだが、十から九が「駆け出し」。一般人と同じ程度の実績、戦闘力であり、冒険者としても優遇されることはない。


 八から六が「初心者」または「三流」冒険者というところだろうか。副業程度の稼ぎが見込め、一般人相手なら数人がまとめてかかってきても返り討ちにできるほど。六にもなれば職業として冒険者が認められるラインである。


 五から三は「中堅」または「二流」。ある程度自分の立場が確立しており、得意とする分野や依頼も決まってくる。ここまで来るとギルドや国からも信頼され、仕事を依頼されることがある。


 二から一は「一流」またの名を──「怪物」


「怪物?」

「ああ。そこまではいうなれば普通の人間でもなれるんだ。四か三から厳しいがな」


 中堅までは、しっかり努力し、しっかり死にかけ、死なない幸運があればなれる。といっても冒険者たちの総数から見れば数パーセントほどではあるのだが、なれないことはないのだ。


 しかし、一流は違う。


「生まれながらの化け物。世界に一点ものの才能を持ったやつだけが、そこに行けるらしい。本物と話したことはないから人伝だがな」

「へぇ」


 本物、才能。

 そういった言葉を向けられる人材に興味が向いてしまうのは、やはり指導者かつ統治者であった魔王の血なのであろうか。いつか時が来たら、この目で見たいものだ。あとレノと戦わせてみたい。


 なんてことを思いつつ、話を戻す。


「最初から中堅ですか。結構な優遇に感じますが」

「カミラたっての願いでな。自分に勝った人間が駆け出しっていう処遇にされるのが気に食わないんだと」

「あの人が」


 リナから見たカミラはそういったことを気にするような人物には思えなかったが、レノとの戦いでなにか思うことがあったのか、自分の思い違いだったのかはわからなかった。


「というか、それなら私は不適格なのでは?」

「カミラはあんたには言及してなかったな。だから、それは俺の意見だ」


 ガンドの眼光が鋭くリナを突き刺す。

 探り合い、いや、もう自分はある程度探られていて、確信されていると思うような目つきだった。


「俺には、レノよりもあんたのほうが厄介に見えた。強いか強くないかは置いておくとしてもな」

「光栄です」

「ああ、いい人材が入ってくるのは俺としてもありがたいことだ」


 魔力を殆ど使い切ったとはいえ、全力を出していたわけではなかった。レノに任せようとしていたし、目立ちたくもなかったからだ。だというのに、この男は見抜いてきた。


 厄介。


「ま、言いたいことはこれくらいだ。ジジイの長話を聞いてくれた礼にやるよ」


 おもむろにガンドが放り投げた革袋を、リナが咄嗟に掴み取る。手のひらの上でそれはジャラと音を鳴らし、幸福な重みを伝えてきた。時代が変わっても、文化が違っていてもそれは変わらない。


「お金」

「ああ。それで数日は持つはずだ」

「良いんですか?」

「お前らに野垂れ死にされても困るんでな」


 立ち去っていくガンドの背中を、何も言わずにリナは眺めていた。

 ただの善意と思えるほど、リナは楽観主義者ではなかった。勿論自分たちが育てばギルドの利益になる、それはわかる。でも、それだけではないと理性と、為政者としての勘が囁いている。


「ま、今はいいか。お腹へったし」


 けれどまぁ、今のリナは元魔王なだけで、魔王ではない。

 一旦ご飯を食べることにした。



 ◆



「ん」


 レノが眠ってから一時間が経たない頃だろうか。少し傾いた陽の光が彼の瞼を撫で、それによってレノは目覚める。カミラと戦って、なんか筋肉ムキムキの男に出待ちされたところまでは覚えているが


「あ、おはよレノ」

「???」


 何故か、リナの声が頭の上から聞こえた。

 瞼を閉じているのでわからないが、頭はなにか柔らかいもので支えられている。人肌のような暖かさである。


 寝ぼけていたレノの脳みそが超速で回転し、今の状況を把握しようとする。眠たくて瞼は未だ上げられていない。思考は早いのに体は眠気に正直であった。


(何回考えても膝枕されてる未来しか見えない)

「正解だと思う」


 恐らく表情の変遷から思考を読まれた上に正解であることに苦い顔をしつつも、ようやく目を開く。そこにあったのは予想通りリナの胸部と顔面である。レノは一つ息を吸って、吐いてから立ち上がった。


「私周りの空気美味しかった?」

「そういう意味で吸ったんじゃない」

「どう?」

「悪くはない」


 んふ、と何故か嬉しそうなリナは一旦置いておくとして。


「どうなったんだ?あれから」

「あー、ご飯食べに行きたいし、食べながら話そう」

 

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元勇者と元魔王、今度は好きに未来世界を生きていく 獣乃ユル @kemono_souma

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