第3話 裏山の祠


「ねえ、タマくん、池で釣りしてこようよ~」


袴田にそう話しかけてきたのは、小学校で同じクラスの川内くん。


互いに生前の年齢は違うと思うが、見た目が同じくらいなので同級生として接している。


駄菓子屋には釣りセットという糸と棒浮き、浮き留めのゴム、ガン玉、釣針、仕掛け巻きがセットになったものが100円くらいで売られていたのを覚えている。冥界のカミちゃんの駄菓子屋では50エソで売られていて、エサも買うとそれだけで今日のおやつ代が飛んでしまうリッチな遊びだ。


「坊や、ちょっといいかい?」


駄菓子屋の前で話していたら、店の奥にいたカミちゃんに呼ばれた。他の子ども達もいっぱい駄菓子屋にやってくるが、駄菓子屋に毎日通う袴田にカミちゃんはたまにお願い事をするようになってきた。


「ちょっと、出かけるので今日も店番お願いできないかね?」

「カミちゃんいいよ。川内くん、また今度誘ってよ」

「うん、じゃあ今日は僕だけ行ってくるよ」


川内くんと別れてカミちゃんが出かけると、さっそくお客さんがやってきた。


「これを30個ください」


20代後半の大人。子どもの姿ではないということはこの人もカミちゃんと同じように人間界で徳を積んできた家持ちの人だと思う。たまにカミちゃんの駄菓子屋で見かける人でよく通っているこの店の常連さん。


まあ、前世だけで言えば自分と同じくらいの年齢だったんだと思う。


それにしてもこの人が買ったお菓子はいわゆる「アタリつき」のお菓子で中にはチョコの粒が数個とアタリかハズレ入っているもの。当たった場合は「もう1個」や「30エソ分のお菓子」など書かれている。1個10エソもするので30個買うと300エソと子どもには到底、真似のできない大人買いってヤツだ。


しかし……。


「くそー、また全部ハズレかぁ~」


袴田も前世でカミちゃんの駄菓子屋で当たったのは1度きり。それも初めて買った時に当たった。確率はものすごく低いのかなと思っていたが、カミちゃんいわく、小さい子がよく当てていくよ、とのことでまさしく何日か前に袴田より2、3歳年下の子が当たってはしゃいでいたのを目撃したばかり。あながち間違っていないのかもしれない。


次にやってきたのは同じクラスの女の子ふたり。


「これくださーい」


アイドルのカードはレジのそばの壁に下がっていて指をさした。


「はーい」

「ううん、それじゃなくて」

「え?」


これ?

女子ってアイドルのカード集めが袴田が前世で子どもの頃流行っていたので、てっきりアイドルのカードだと思っていたが、その隣にあるお化けの顔が描かれてる煙が出るカードを買いたいのだそうだ。


袴田も一度買ったことがある。カードの裏面がネチャネチャしていて、指で何度もトントンと触っているとフワフワとしたものが出てくるやつ。当時はあまり気にしなかったが、今、振り返ってみると意外と面白いかもしれない。袴田も今度自分で買ってみようと思った。


しばらくしてカミちゃんが帰ってきたので、店番から解放された。留守番したお駄賃として、棒状のアイスと小さいカップ麺を貰った。カップ麺の方は80エソと非常に高価なものなので今の袴田からしたら貴族の食べ物である。


翌日、川内くんが学校に来なかった。毎日、まじめに登校していた川内くんが休んだので、クラスでも噂が広がり始めた。


「川内くんって釣りが好きだから、池でオバケにさらわれたんじゃない?」


クラスの女子たちが噂をしている内容は袴田も聞いたことがある。池の中に棲んでいるとされる河童説や池の主説、大蛇説などの噂があり、迷信を信じている子ども達は裏山の奥にある池には近づかないようにしている。


しかし、袴田はそう言った話は信じていない。川内くんも同様で以前、ふたりで釣りに池を訪れたことがあるがとても美しい池で、魚もたくさん釣れた記憶しかない。








学校が終わり、一度、駄菓子屋によってお菓子を買ってから裏山に向かうことにした。すると、カミちゃんに呼び止められて、どこに行くのか尋ねられたので裏山の奥にある池に行くことを説明した。


「そうかい。そうだ。これを持ってお行き、特別サービスだよ」

「こんなにいいの?」


カミちゃんが、たくさんのお菓子を紙袋に詰めて渡してくれた。

カミちゃんはニッコリ微笑みながら意味深なことを袴田に告げた。


「ええ、でも約束よ? 必ずお友だちと・・・・・一緒に食べなさい・・・・・・・・

「うん……ありがとう」


どういう意味なのかわからなかったが、カミちゃんの言う通りにしようとお菓子のいっぱい入った紙袋を手に裏山の奥に向かった。


池のほとりに到着すると、駄菓子屋で買ったであろう釣りセットが平たい岩の上に置かれているのを見つけた。特に散らばったりとかしている様子はなく、とりあえず置いてトイレにでも行ったような感じ。


池の中央には浮島があり、正面に桟橋が架かっている。浮島には祠が建っており、袴田はなんとなくその祠へと足を運んだ。


──何か聞こえる。


人の声? 

「もぉ~~~~~~~~」と野太い声が延々と響いていて、袴田は思わず固唾を呑む。


本当に化け物とか妖怪の類?

それともUMAみたいな未確認生物? ってここ冥界だし、それはない……のかな?


震える手で、そっと祠の扉をすこしだけ開いた途端、白く光って気がつけば祠の中に立っていた。外から見た時は公園のトイレより小さいと感じたが、中は学校の体育館ほど広かった。


「あれ、タマくん?」

「川内くん、こんなところにいたんだ」


祠の中にいたのは川内くんと白い衣装を着た5、6歳くらいの女の子。


「その子は?」

「ああ、この方は土地神さまなんだって」


水穂主みずほぬしという名の神様。

八百万やおよろずの神々は生前の現世うつしよと死後の冥界……常世とこよにそれぞれ住んでいるそうで、常世にいる神々は現世の人間には認知されてないと冥界に来てから授業で習った。


「退屈だったので、現世の話を聞いていたの」


ほとんど池には人が寄り付かないので、釣りに来た川内くん招いた・・・そうだ。


話をしていた?

丸1日中も?


川内くんの顔をよく見ると、なんだかげっそりとしている気がする……。


「そうだ。あなたの話も聞かせてくれない?」


話し込んだらマズい気がする……。


袴田は悩んだ挙句、駄菓子屋のカミちゃんから貰ったお菓子のことを思い出した。


「これを食べませんか?」

「あら、気が利くわね」


水穂主は喜んで、お菓子を受け取ってくれた。

大層お気に召したらしく、お菓子に夢中になっている。

それを見計らって一緒に食べている川内くんにさりげなく話を切り出した。


「あっ、そうだ! 駄菓子屋のカミちゃんが川内くんを呼んで来いって言ってたよ」

「え、なんの用だろう? 水穂主さま。僕、帰りますね?」

「ええ、また気が向いたら、いらっしゃい」


祠の中に入ったのと同じ白い光に包まれると池のほとりに川内くんとふたり立っていた。


「なんで? 30分もしゃべってないのに……」

「とりあえず、帰ろう」

「う、うん」


川内くんが言うには、神水穂主と話していたのはせいぜい30分だったという。時間の流れが違うってことかな? 神様の住む場所なので十分ありうる話。袴田があの祠の中にいたのは数分だったので、入った日の夜ではないかと思われる。


あのまま、土地神と話していたら、何日、何か月、何年と時間が過ぎ去ってしまったかもしれないと思うと背筋のあたりが少し寒くなってきた。


まわりは真っ暗で、月の明かりを頼りに自分たちの木へと引き返した。







翌日、学校が終わって、川内くんとふたりで駄菓子屋に寄った。


「そうかい、そんなことが……」

「カミちゃんは知っていたの?」

「さて……ね? 最近、昨日の晩御飯も忘れるから」


とぼけられたのかな?

まあ、助かったのは事実だし、これからも感謝を忘れずにいよう。



さらにその翌日。

カミちゃんの駄菓子屋には、今日も子どもたちの笑い声が絶えない。小さな木造の店内に響く、商品の袋を開ける音や、「それちょうだい」と指差す声が心地よく耳に届く。柏田はそんな賑やかな店内の隅で、棒アイスを手にしながら川内くんと肩を並べて座っていた。


「川内君はあの池にはもう行かないの?」


柏田がぼそっと聞くと、川内くんはアイスをかじりながら首を横に振った。


「さあね、また釣りがしたくなったら……でも、少し怖いかな」

「気づいたらお爺ちゃんになってるとか?」

「どっかのおとぎ話じゃあるまいし」

「ははっ!」


2人の笑い声に混ざって、外から吹き込む風が店の軒先の風鈴を揺らす音が聞こえる。


柏田は、ほんのり汗ばむ手のひらをズボンで拭いながら、食べきった棒アイスをひっくり返しハズレだったのを見て肩を落とす。


「まあ、川内くん。また気が向いたら一緒に行こうよ。」


その声に川内くんは小さく笑い、遠くに伸びる板道を見つめて頷いた。


夕暮れ時、店じまいをしようとするカミちゃんに言われて、2人は駄菓子屋から外に出た。カミちゃんは店先に立ち、静かに手を振る。


「また来なさいな、坊やたち」


遠ざかる背中を見送りながら、店の奥に並ぶ当たり付きお菓子の箱に目をやった。今日もどこかで、誰かの小さな幸せを叶えるのだろう。「チリン」と軒先に提げている風鈴を鳴らす風は、そんな予感を優しく届けてくれた。








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【短編】あの世に転居した駄菓子屋カミちゃん御年98歳 田中子樹@あ・まん 長編3作品同時更新中 @47aman

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