第2話 100エソの生活
早朝、大蛇列車が目的地である冥界に到着したが、隣に座っているカミちゃんが、うたた寝していて起こしづらい雰囲気だが、軽く肩をゆすった。
「カミちゃん、着いたよー」
「おや、寝ちゃってたのかしら、ありがとうね坊や」
いえ、どういたしまして。
袴田からしたら、カミちゃんの特典で列車代がタダだったので、世話になっているので、起こすくらい朝飯前というもの。
列車から降りると、そこは桟橋の上だった。もやに包まれていて遠くまで見渡せないが、振り返ると海か湖の上を列車が引き返していくのが見えた。
桟橋の上を前に向かって歩いていくと、桟橋がドーナツ状になっていて、その中に巨大なイカが顔を出していてその前に5列の行列ができていた。巨大なイカは10本の触手を器用に使い、5列同時になにやら手続きを済ませており、ほどなくしてカミちゃんと袴田の番になった。
死役所で発行してもらった
「R@x/jǡ 楼@ku Pɳ يرث Kyra⊛」
あれ……袴田の後ろに並んでいたカミちゃんの終民票届けを見た巨大なイカがカミちゃんに何か言っているが、言葉がよく聞き取れない。
「これですかね?」
「Tr@k´EnFtar$♨」
あっ、
カミちゃんは徳の高いVIPなので、70年もやっていた駄菓子屋兼住居の移動届けもここで出す必要があったみたい。
無事、手続きが終わり、死役所で渡されていた地図を見ながら移動を始める。
まず、最初に目に入ったのは港町。市場が賑わっていて、魚市場の近くでしか見られない前にドラム缶のようなものがある妙な形をしたトラックが行き交っていて、普通の車は走っていなかった。
通りの端には海から運び込まれたばかりの新鮮な魚介類が、氷を敷き詰めた台の上で輝き、そこから水滴がぽたぽたと垂れているのが目に留まる。白身の魚に赤身の魚が映え、大きなタコがその吸盤を見せつけるように堂々と横たわっている。潮の香りが濃厚に漂っている。
「今日は特売だよ! 大トロがこの値段、早い者勝ちだ!」
軒を並べているお店から威勢のいい声が響き渡り、その声に応えるように買い手たちが次々と品定めしようと足を止める。手にした籠にカニを入れる老夫婦、買ったばかりのイカをビニール袋に詰め込む若い料理人、鮮度を確かめるように魚の目を覗き込む母親の姿。
通りを進んでいると丁字路になっていて、右手の路地の先に競りが行われている場所が見えた。カミちゃんとその場所に立ち寄ってみると、威勢のいい競り人の声が響いている。魚の大きさや状態を目利きするプロたちの目は鋭く、時折交わされる短い言葉は何を言っているかわからない。一つ分かったのは競りなので、買い手の人たちの駆け引きが見え隠れしていた。
奥の方では、買い手がすぐに持ち帰れるよう魚をさばく音が響いていた。包丁がまな板を叩くリズムと、流れる水の音が不思議と心地よいこの場所ならではの音を作り出している。
港町は突然終わっていて、その先に平原が続いている。港町を囲むように道路が繋がっているが、少し離れたところに丸くなった小さな駅のようなものが見えた。
せいぜい6人くらい乗ったらいっぱいになるようなとても小さな路面電車が100~200メートルくらいの間隔で向こうからやってきて停車することなく、ぐるりと小さな駅を牛が歩くほどゆっくりなスピードで回って、駅から出たところでマラソン選手が走るくらいの速度で遠ざかっていく。
小さな駅の前では行列ができている。その中には先ほど冥界に到着して、住民票届で大きなイカの前に並んでいた見覚えのある人が何人か含まれていた。
路面電車は、街と街を繋げるこの異界の交通手段らしく、街をつなぐ道路はなかった。歩いている人や荷馬車も時折、見かけるが多くはこの路面電車を使っているらしい。
丸一日かけて4つの街を移動してようやくカミちゃんが住む予定の街に到着した。日も暮れかけている中、地図に印がついている場所へ向かうと昔、地元でみたカミちゃんが長年やっていた駄菓子屋が街の風景に溶け込むように佇んでいた。
「カミちゃん、それじゃ、また明日くるね」
「坊や、ここまで一緒に来てくれてありがとうね」
カミちゃんを送った後、袴田は自分の転居先へと移動した。この街のそばに横たわる裏山の中に入っていき、袴田の住まいとなる樹の前にたどり着いた。
この冥界は徳の差で、住居に大きく差があり、袴田のような平凡的な徳しか持っていない者はそれぞれ番号が振られた樹が家であり、樹の中に吸い込まれると朝まで寝ることができる。袴田は夢を見ることもなく目が覚めると、樹の外は朝になっていた。
「カミちゃん、おはよう!」
「おや、昨日の坊やかい?」
カミちゃんの駄菓子屋に行くと、さっそくお店が開いていた。カミちゃんに挨拶すると袴田の顔もわからなくなるほどボケてしまったのかと心配になったが、自分の顔を見てごらん、とカミちゃんに言われたので、お店の前に出て、ガラスに映る自分を見た。
「えっ……なんで?」
そこには子どもの頃の袴田が映っていた。年齢でいうと小学3、4年生くらい。朝からなんか歩幅が狭いなと思ってたら体が縮んでいたのか。
そういえば、カミちゃんの駄菓子屋に来るまでにすれ違ったのはほとんど子どもだった。なんかやけに子どもが多いなと思っていたら、まさか自分まで子どもになっているとは驚いた。
「おーい、早くしないと遅刻するぞ」
「え?」
同じくらいの年の男の子が袴田を見て手招きしている。カミちゃんに行ってきますと告げた後、その男の子についていった。途中でどこに行くのか尋ねると学校だと答えた。
すごく古い校舎。
木造の2階建てで、袴田が通っていた小学校よりもずいぶんと年季が入っているように感じる。
授業を受けて、給食の時間になった。アルミのプレートに味のついていないパンとサラダと竜田揚げ。隣にはお椀に入ったすこし癖のある牛乳。平成生まれの袴田にとっては逆に新鮮に感じるメニュー。給食の後、掃除が終わると、HRが始まり、どこか昭和チックな縦線バーコードの先生からひとりずつお金が配られた。
えーと100円……じゃなくて100エソだったかな?
表面は普通の100円に似ていて、裏側は隱國100穢租と書かれていて真ん中に孔雀のような鳥の図柄が描かれている。
袴田のように今日初めて登校した子が他にもいたらしく、先生になぜお金をくれたのかを質問した生徒がいた。そのおかげで、この冥界では学校に通うと1日100エソがもらえることがわかった。学校は義務教育ではないので、来ても来なくてもいいが、お金を貰えるのが学校しかないと教えてくれた。
「おや、お帰り坊や」
「カミちゃん、これでなんか買っていい?」
「いいよ、いっぱい買っていきなさい」
そうは言っても、手持ちは100エソ。いくら駄菓子屋でも2、3個買ったらすぐに無くなると思っていたが……。
高いものでも10エソくらい。お菓子を10個以上は余裕で買えてしまった。
香ばしい落花生に甘い飴をコーティングしたお菓子。カリカリとした触感とはちみつのような甘さが特徴で、食べ応えがある。他にもあんこを練り上げた丸い形の甘いお菓子や、飴玉、小さいサイズの板チョコ、フルーツやミルクの味がして口の中で徐々に溶けていくソフトキャンディ。あと、忘れてならないのが、きな粉棒。香ばしいきな粉をまぶしたお菓子で素朴な甘さがクセになる味で、子どもの頃から駄菓子屋に来たら必ず買っていた定番のお菓子が驚くほど安い値段で買うことができた。
うーん、このゲームで当てたことがないんだよな……。
現世でもカミちゃんの駄菓子屋の前に置いたあったレトロの極みともいえるゲーム機。
ルーレットのゲームで現世では10円玉をコイン投入口に入れてルーレットを回して、ベットした数字が出れば当たりになる。袴田は大きな数字ばかり選んでいたので当たった試しがない。今、思えばコツコツと小さく賭けたらそんなに外さなかったのに子どもの頃の袴田はやはり子どもだった。
冥界でのこのゲームは1エソからプレイすることができ、当たっても2エソとか4エソ程度だが、なかなか夢中になってしまう中毒性がある。
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