【短編】あの世に転居した駄菓子屋カミちゃん御年98歳
田中子樹@あ・まん
第1話 死後の切符
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【総合的な運勢】
運勢は天に昇るごとく好調です。良き縁にも恵まれ、謙虚な心を保てば、すべてが思い通りに進むでしょう。
【健康】
身体も心も安らかに過ごせる時期です。ただし油断せず、交通事故には気をつけましょう。
【恋愛】
良縁が訪れます。焦らず時を待てば、心から信頼できる相手と結ばれるでしょう。
【商売】
新しい商売を始めたらうまくいくでしょう。早めに行動するとより幸運が訪れるでしょう。
【旅行】
新しい挑戦や移動が吉を呼びます。躊躇せず行動に移すことで幸運をもたらす人々との出会いがあるでしょう。
【転居】
早めに移動すると転居先に吉。環境の変化が運を開く鍵となります。
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これはもう行くっきゃないでしょ?
今日は元日、近所の寺でひとり寂しくおみくじを引いたら【大大大吉】というのを生まれて初めて引いた。
次の日、初売りセールをしている中古車販売店に展示されていた目玉商品のキッチンカーを3年間貯金していた金で買った。着々と脱サラの準備を整え、正月明けと同時に会社をやめた。
意気揚々と片道1時間の先にある大都市のオフィス街で今日から荒稼ぎをしようとキッチンカーを運転して高速で向かっていると運悪く大渋滞。デカいタンクローリーの後ろにいるが、車両後部に「危」と黒い板面に黄文字で書かれている。これって、燃料とか運んでいるんだよな、たしか……。
そんなことを考えていると、バックミラーにすごい勢いで突進してくるダンプトラックの姿が!?
──ここは?
薄暗い建物の中。
つい先ほどまでキッチンカーを運転していたはずなのに気づいたら、ぼーっと立っていた。
市役所なのかな?
窓口のカウンターがあちこちにあり、カウンターの中と外で人々がやりとりをしている。
「あのーここはどこですか?」
「初めての方ですか? あちらにどうぞ」
サービスカウンターの女性に案内されたのは、「死民課」と書かれたプレートが天井からぶら下がっているところ。
死民課、かぁー。もしもしなくても、死んじゃったんだ自分。
まあ、タンクローリーとダンプトラックに挟まれたらペチャンコだったろうなきっと。もし即死を免れても、タンクローリーの危険物に引火して大爆発。どっちみち死んでいたはず。
「袴田霊さま、独身、犯罪歴なし、享年26歳、こちらが鬼籍証明になります」
死民課の窓口で応対した男性から「転生課」か「冥界課」のどちらかに行くよう案内された。
「おい、ふざけんな、俺はもう一度生まれ変わって……ぐはぁ!」
「あのー、隣の人はいったい?」
「隣の方は犯罪歴があったようですね」
頭に角の生えたガードマンに取り押さえられた顔に入れ墨だらけの男がどこかに連れて行かれた。
死民課の窓口の人に尋ねると、人を■したりと生前に重罪を犯した人は死民課で、鬼籍証明を受理後、この死役所の裏口から「賽判所」に連行されるという。弁護士のいない中で裁判が行われ、罪の重さにより、地獄界での懲役年数が決まるそうだ。いちばん軽い罪でも100年単位だというから恐ろしい。
「あれ、駄菓子屋のカミちゃん?」
「おや、近所の子かい?」
転生課に向かおうと2階へ上がる階段の前に差しかかると、長椅子に腰かけている老婆に気が付いた。袴田霊が子供の頃からおばあちゃんで外見がまったく変わっていない。父親が子どもの頃からこのおばあちゃん──子ども達からカミちゃんと呼ばれている女性がやっている老舗の駄菓子屋の店主で、年末に実家へ行く途中で店が閉まっているのを見かけて気にはなっていた。
「転生されるんですか?」
「冥界というところに行こうと思ってますよ」
人は死後、自分が何回生まれかわったのかが記憶が蘇るそうだ。カミちゃんは転生が25回目と熟成した魂らしく、十分に「徳」を積んだので、あの世……冥界に行くと決めているという。ちなみに袴田は前世の記憶がなく、前回初めて人間に転生したと先ほど死民課の受付で教えてもらったばかりだ。
転生か冥界か……。
思えば、前世はあまりうまくいかなかったな。
もし、人間に生まれ変わっても日本みたいな恵まれた国に生まれる確率はかなり低いはず。戦争が絶えない国とかとても貧しい国に生まれたらそれだけで大変かもしれない。犯罪歴さえなければ、冥界という死者が住まう場所へ行けるらしいので自分もそこに行こうかと思っている。
「金山カミさまでいらっしゃいますね?」
「はい、そうです」
「ご案内します。冥界課転居係の墓林と申します」
ホテルのコンシェルジュのような恰好をした男性が、カミちゃんの前に立って恭しく礼をする。
「徳ポイントが一定のラインを超えておりますのでVIP待遇となります」
一般の死者は魂と徳ポイントを換金した資金だけを手に「冥界」というあの世に行くらしい。しかし、VIPであるカミちゃんは前世に所有していた建物や飼っていたペットも連れていける等、他にも特典がいっぱいだという。
「失礼ですが、そちらは?」
「あっ、はい、袴田霊と言います!」
墓林がこちらを見たので、名乗って挨拶をした。
「特典のひとつに誰か1名、一緒に冥界に行けますが、特典を使用しますか?」
「坊や、どうする?」
カミちゃんに坊やと呼ばれた26歳のいい年した青年だが、カミちゃんに比べれば確かに赤ん坊のようなものなのかも。特典の恩恵をすこしは享受できるかもしれないのでカミちゃんが良ければついていきたい。
「では、手続きなどはすべてこちらでやっておきますので、冥界口へご案内します」
墓林に案内されて、「冥界行き」と書かれた改札を通って、薄暗いホームで電車? を待つこと数分でトンネルの向こうから目が赤く光る巨大な大蛇がやってきて、ホームに停止したかと思うと、何か所か鱗が横にスライドして、大蛇の腹の中に乗車した。
「金山様、袴田様、よい死後の世界を!」
ホームで別れを告げた墓林さんに手を振って、適当な座席に腰をおろす。カミちゃんは自分の隣に座ってどこから取り出したのか、ミカンの皮をむき始めて、半分自分にくれた。
蛇のお腹の中なので、横揺れがひどいかと思っていたが、全然揺れない。鱗の一部がガラス窓のようになっていて、外の景色が見れるようになっていた。最初はトンネルの中だったので、真っ暗だったが、トンネルから外に出ると周囲にキラキラと星のような光ものが散りばめられており、幻想的な風景が大蛇列車を覆っている。
「切符を拝見します」
途中、仮面を被った車掌が切符を確認に回ってきた。
カミちゃんが先に車掌へ切符を渡すと、パチンと切符鋏で検札済みの穴を開けたので、真似して切符を手渡した。昔って、こんな感じで切符を見せてたんだろうな。
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冥界旅客鉄道VIP券
死役所 ➡ 冥界入口
1月6日から1月8日まで有効(18,000エソ)
・未使用で有効期間内であれば払い戻しできます
・運航不能、遅延等の払い戻しはできません
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この席ってある意味グリーン車だったんだ。道理でまわりにほとんど人が乗ってないと思った。
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