第24話 第六層の死闘②

 ルーク達はすでに満身創痍だった。

 第六層に来てから、すでにどれだけの時間が経過しただろうか。時間の感覚はとうに薄れ、身体からこぼれ落ちる血の雫と、剥落していく鎧の断片だけが彼らの戦歴を雄弁と語る。

 一人の少女を逃すため、持ち得る全てを使った。

 彼らが使った手の内の一つである爆薬によって第六層の一部が崩れ落ち、モンスターを何体か押し潰してはいるが、それでも数は依然減少を見せない。


「どうするっ、ルーク!? このままでは、俺たちもモンスターに殺されるぞ! もう、幾分も耐えられない!」


 パーティメンバーの一人である大盾を構えた大男が、砕けた兜の隙間から汗の水滴を散らす。モンスター達の血肉と脂が付着した盾は所々ひび割れ、その身を覆う鎧はもはや瓦解寸前。

 このパーティの中で誰よりも多くモンスターの攻撃を受け止めてきた防壁が、いよいよモンスターの物量に押し潰されようとしている。


「こっちももう刃がガタガタだ!」

「俺もだ! 血と脂を拭う暇もないせいで、切れ味が落ちてきてるぞ!」


 次々と飛び交うメンバーの痛哭。

 体力も底が見え始めた今の状態では、モンスターの群れを切り抜けて上に行くことすら叶わない。かと言って、下を目指すなど論外だ。

 上からのモンスターの供給はすでに途絶えていたが、下からのモンスターの供給が凄まじい。確認し得るかぎりでは現在地である第六層と、その下に位置する第七層からの出現が著しい。


「とにかく、上の通路を目指すぞ! 今持っているアイテムは惜し気なく全て使い果たせ! 絶対に孤立だけはするな! それと恐れもなしだ! さもないと、俺たちはここで全滅だ!」


 ルークの声に、パーティメンバー達が一笑する。


「もうアイテムなんざ無い! リオンを逃すのに全部使っちまったのをもう忘れたか?」

「そうだったな! なら、後は気合いでどうにかしようじゃないか! 俺たちは冒険者なのだから!」


 絶望的状況下にあって尚、ルークは力強く笑ってみせた。弱音は無しだ、全員が生きて此処から出たいに決まっている。

 だからこそ、諦めの言葉を言う事はしない。


「さぁ! 地上を目指して邁進しようじゃないか!」


 満身創痍の体を引きずって、モンスター達の群れへと特攻を開始した。

 乱暴に襲いかかってくるモンスターの群れ。列挙して押し寄せる荒波を前に、震える手に力を込めてひたすら武器を振るう。


 無茶だ。無謀だ。狂っている。


 彼らのパーティには圧倒的数の差を覆す力を持つ魔術師は居ない。全員が全員、武器を手に取り、前に出ての連携を得意とするメンバーが揃っている。

 それが今、この瞬間に仇となってしまった。

 今まで、このメンバーで中層域まで進めてしまったからタチが悪い。

 油断と余裕を持った冒険者たちを、《無限迷宮》は蜘蛛の巣のように絡め取り、命を食らっていく。


 ――どうしようもない。生きてなんて帰れない。


 誰かがそう口にした瞬間にも、この戦線は瞬く間に崩壊していくのは明白。

 歯を食いしばり、命を燃やして、生還を夢見る活力があるのは奇跡に近いことで。況してやこの状況で助けが来るなんて事は絶望的だと誰もが悟っている。

 ならば、最後くらいは笑って逝こう。抗って、抗って、抗い抜いてから死んでやろう。


「さぁ! 進むぞ、お前達ィ!」


 もはや自暴自棄とも取れる行進。

 抜け出す隙間など毛ほども無くとも、体を捻じ込んでは切り捨て。鎧が崩れ落ち、刃が腐り果てようとも、その足は止めないと気炎を吐く。

 自らの首に縄を掛けているかのような無理な進軍を敢行しようと、顔を上げた。


「――おっさん、無事かっ?」


 一人の少年がモンスターの大群を切り分けて、此方へと進んでくる姿が見えた。


「君は、あの時の……?」


 入り口で引き留めた冒険者の少年だ。

 短剣を両手に握りしめ、モンスターの荒波を蹴散らしながらルーク達の元へと進んでくる。


「まさか、リオンが助けを……?」


 あり得ないと思っていた助けが来た。

 絶死の広間の中を迷いなく進んでくる。絶望の巣窟の中、淡い光明が差し込んだ。



◆◆◆◆◆



「一、二、三…………六人か。よし、全員生きてるっぽいな?」


 どうやらルーク達のパーティは誰も死んでいないらしい。全員が傷だらけで満身創痍ではあるが、今にも死んでしまいそうなほどに衰弱した冒険者はいない。

 これならばまだ戦えそうだ。

 エイル一人でティエラを守りながら、六人の退路を確保するのは不可能だった。

 ルーク達が動けるか動けないかは賭けではあったが、その点では女神が微笑んだと言っても良い。


「おっさん! まだ戦えるなッ?」

「あ、ああ! 全員ボロボロではあるが、まだ体は動かせる!」


 一応念のために確認をした。

 ルークは動揺した様子を見せながらも、力強く首を縦に振った。


「なら、今ティエラが第五層に続く通路付近で魔術の詠唱をしてる! 俺もモンスターを引きつけるけど、全部は無理だから何とかしてティエラ達を守って欲しい!」

「詠唱……わかった! だが、君はどうするつもりだ! これだけモンスターの量が多いと、君一人では到底――」

「そんな事は分かってる! でも、誰かがモンスターの気を引くしか無いだろっ! ほぼ無傷で、体力も有り余ってる俺がやるしかないっっ!!」


 エイルだって本当はこんな役回りやりたくは無い。彼にとっては損しか無いし、命がいくつあったって決して足りない。本当ならルーク達の誰かにやらせたいけれど、足を引きずりながら戦う彼らに囮とも取れる危険な役をさせられるわけが無い。

 それにこういう役柄をエイルは何度も経験してきた。同年代の男たちと比べて小柄で、身軽なエイルにしかこの役目を担う事はできない。


「と、に、か、くっ! アンタらは何とかして、第五層の通路まで走ってくれ! それと出来るなら、何とかしてモンスターを大量に殺してくれ! いや、ホントに頼む! じゃなきゃ俺が最初に死ぬからなァ!?」


 目をかっぴらいてそう叫ぶエイルに、ルークら先程までの安堵なんて消し飛んだ。


「任せておけ!」


 ルークが拳を掲げて大きく首肯した。

 それを尻目にしながら、エイルは更に加速――。

 モンスターを切り裂きながら、その中心へと躍り出る。


「嗚呼クソっ! 本当ならこういう使い方はしたくないんだけど、なっ!!」


 言いながら、球型の白いアイテム――『閃光玉フラッシュ』に備え付けられた突起を軽く押し、宙へと放り投げる。


「全員、目と耳を塞げぇえええ――っ!」


 エイルが叫び、反射的に冒険者達は目を閉じ、両耳を手のひらで塞ぐ。空に投げられた球体を追って、天を仰ぐのは人の言葉を理解できないモンスター達だけ。

 冒険者達の行動の真意を掴めず、咆哮を上げ、生きることを諦めたと断じて、牙を、爪を――『殺戮の刃』を振り下ろす。


 ――間もなく、閃光は炸裂した。


『ギャ――――ッ』


 世界が『白』に包まれる。

 目を焼く眩い『白』の輝きに身を呑まれていく。

 モンスターの大絶叫すらも掻き消すほどの甲高い炸裂音とともに、ただただ眩しいだけの――蚊ほどの攻撃力も持たない『爆弾』が爆ぜた。


 注意を引かれ、空を舞う球体を見上げたモンスター達は沸騰する眼球の熱に悶え、苦しんだ。

 突然目と耳を塞いだ冒険者たちへ、トドメを刺さんと攻撃を仕掛けたモンスター達は鼓膜を破壊され、視界に広がる『白』の光景にバランスを保てない。

 ただ冒険者だけが、その場においてほぼ万全な状態で動ける。


「はあああああああっ!!!」


 未だ晴れぬ極光に苦しみ、嘆きの慟哭を上げるモンスター達の隙を突き、エイルは両手の短剣を振るった。

 光と音のみが支配する世界の中で、誰よりも早く覚醒した少年は、この場の支配者モンスターたちが活動を始めるまでの短時間を逃さない。


 駆けては、飛び、切っては、蹴り飛ばす。


 血の飛沫に反射する光を見ながら、少年が目指すはあるモンスターの懐。

 光と音に苦しむモンスターの中で、そのモンスターの負ったダメージは他の半分。第七層から始まる《岩樹の高原》から出現するモンスター。

 視力はほぼゼロに等しく、聴力は他のモンスターと同程度。特筆すべきは、その目に備わった特性である『熱源感知』。

 退化した目が映すのは光ではなく、生きた生物が必ず有している『体温』。


 その名は――《バジリスク》。


 四対八本の足と、草色の硬い鱗を持ったトカゲとヘビが合体したかのような姿をしたモンスター。体長はおよそ三メートルで比較的大型。

 《岩樹の高原》の特異種。

 群れを形成せず、常に一体のみで行動するモンスター。上層域において、敵無しとも言われるほどに危険な怪物である。


「――ふっ!」


 刃を硬い鱗の鎧に守られた《バジリスク》の首に叩きつける。

 甲高い金属音と共に、衝撃が振動となって手を伝っていき、体にまで到達する。


(硬ッ――!?)


 いや、分かっていた。《バジリスク》の鱗はそこら辺の金属よりも硬いことは。分かっていて尚、エイルは全く刃が通らない鱗の硬度に戦慄を覚えた。

 たった一度鱗に短剣を振り下ろしただけで、目に見えて分かるほどに短剣の刃が消耗してしまった。

 出来るならば、この一撃で仕留めたかった。

 一度攻撃してしまえば、嫌でも分かってしまう。


「コイツは……ティエラでもキツイかも……!」


 このモンスターの防御力は上層域でもトップクラス。

 エイルが真っ先にこのモンスターに切り掛かったのは、《バジリスク》には『閃光玉』の効果が薄いと分かっていたのもあるが、何よりティエラの魔術で倒せるかを測るためでもあった。

 そして、先の一撃で結論は得られた。


 結論――不可能。


 いや、正確には不可能ではない。

 この硬い鎧を破砕する以外に防御を無効化する方法があるならば、或いは倒せるかもしれない。

 だが、ティエラが使う魔術を知る限り、そのどれもが氷による破壊力を優先したものばかり。切り札であるあの『氷狼オオカミ』の牙であっても噛み砕けないだろう。


『ギュアアアアアッ!』


 後ろへと下がり、咆哮を上げた《バジリスク》を見上げる。

 やはり、優先すべきはコイツを殺すことだ。

 状況をより悪くするとすれば、コイツの鎧を貫けずに人数を減らされること。


「…………っ」


 後ろに目をやれば、再起動したルーク達が未だ目に焼き付いた残光に悶え苦しむモンスター達を狩っている。ティエラの魔術も順調に構築されている。魔力は高まり、握った杖の先に魔法陣が描かれていく。


「――――」


 モンスター達の声の反響のせいで今どこまで詠唱が進んでいるのかは分からないが、どれだけ時間を多く見積もっても後五分もあれば『氷狼』が解き放たれるはずだ。


「すぅ、はぁ……。…………やってやる――」


 ――策はある。

 次のフロアに進みたいと思った時から、出現するモンスターの特徴は事前に調べてある。

 自分の戦闘能力を過信するわけではないが、《シャドウネイル》とだって互角以上に戦えた事実がある。


「――行くぞ」

『ギュアアアアアアッ!』


 獣が二匹。

 外野の歓声を背に受けながら、ぶつかり合った。

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無限の果てを目指して歩み進む 〜裏切られ続けた少年の迷宮冒険譚〜 (旧題:無限の果てを俺たちはまだ知らない) ホードリ @itigo15

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