せまい部室で、ふたりきり。
こばなし
つくりばなし
やわらかな指先が、僕の肩を突いた。
「ねえ」
放課後、文芸部の部室。
真向かいに座って作業していたはずの彼女は、いつの間にか僕のとなりにいる。
「ちょっと休憩しようよ」
「……ああ」
筆が止まってきたところだし、ちょうどいい。
僕は彼女の誘いに乗ることにした。
「はい」
「ありがとう」
手渡された紙コップから白い湯気が立ち昇る。
いつの間に淹れてくれたのだろう、紅茶の香りがふんわりと広がっていく。
「進捗どう?」
「まあまあかな」
そうは言うものの、実は、詰まり気味だったりする。
「もう少ししたら、読ませてよ」
「うん、そうだね」
そうは言うものの、実は、この先を読ませるのは少し怖い。
「約束だからね?」
「そんなに期待しないでくれよ」
「どんな作品なのか、めっちゃ気になるなあ」
にこやかに紅茶をすする彼女を、焦りを抑えつつ、見つめる。
今書いているのは恋愛小説。
二人しかいない文芸部で、徐々に近づく二人の物語。
主人公は女子部員に恋をしていて、それを打ち明けられずにいる。
そんなの、自己投影もはなはだしい。
これを読ませることは、ラブレターを渡すのとほぼ同義だ。
「そういう君は、どんな具合なんだ?」
だから、詰められる前に、彼女にも質問を投げかける。
「私は順調だよ」
彼女がしたり顔で腕を組む。
「どんな話を、書いているの?」
僕が聞くと、彼女は立ち上がり、窓辺に向かった。
「君は、私にばかり話をさせようとするね」
窓の外を向く彼女の表情は、うかがい知れない。
「私だって君のこと、もっと知りたいのに」
え?
「もっと君と一緒に居たい。君とご飯を食べたい。君と——手をつなぎたい」
二人きりの部室に静寂が満ちる。
心臓が早鐘を打つ。
彼女に聞こえてしまいそうで、なおのこと緊張が強まる。
「え、えっと……」
僕はどうしていいのかも分からずに、頬を掻きながら、言った。
「それ、今書いてるシーンの描写? すごくいいね」
僕がそう言うと、彼女は顔をほころばせ、こちらを振り向く。
「でっしょー? 我ながら自信あるんだよね~」
緊張の糸がゆるみ、部室内に柔らかな空気が戻る。
はあ、なんだ。
ただの作り話か。
もしも、先ほどの話が、彼女の本心だったのならば。
「どうしたの? 難しい顔して」
「……いや、なんでもない」
僕は何事も無かったかのように、再び、ノートPCのキーボードに指を置いた。
~side girl~
「はぁ~~~~、私のばか~~~~!!」
帰り着いた勢いそのままに、私はベッドにダイブした。
「なんで、なんで言えないかなーっ」
今度こそ伝えられると思ったのに。
また、チャンスを逃してしまった。
「君も君だよ……なんで私の話、作り話ってことにしちゃうの?」
スマホに映る、彼のアイコンに向かって話しかける。
あのとき、困惑の滲む彼の言葉に、私は乗ってしまった。
ある意味それが、助け船ではあったのだけれど。
もしもあのとき。
作り話ではなく、私の本音だと伝えていたのなら。
「……沈んじゃったかもしれない」
文芸部の部室という、二人きりの小さな箱舟が。
彼といられる時間が。
すべて水の泡になっていたのかもしれない。
彼ともっと近づきたい。
でも、告白して今の関係が壊れるのも怖い。
「はあー、どうしていいかわかんねぇ」
男性口調になるのもお構いなし。
仰向けになって、ため息とともに本心を吐く。
「間違ってはいないのよ、作り話ってのも」
そう。
私が部室で放った告白(未遂)は、今書いている小説のワンシーンでもある。
こう言えたらいいな。
そして結ばれた先では、あんなだったらいいな。
現実では叶わない夢を、創作の中で成就させ続けてはや数か月。
「いい加減、現実になれよ~~~~!」
枕に顔を押し付けて、思いっきり叫ぶ。
『おねえちゃん、うるさい!』
となり部屋の妹から、怒号と壁パンを食らう。
「……そろそろお風呂入ろ」
まあ、明日も彼に会える。
PCに向かう彼の熱心な横顔を、また、眺められるだろう。
「……不純、極まれりだな、私」
けれど、それが創作意欲に繋がるのだから、悪いことではないのかも。
なーんてことを考えながら、今日も一日が終わる。
「君も同じ気持ちだったらいいのに」
眠りにつく前、スマホの画面に映る彼のアイコンにつぶやく。
「おやすみ」
あと、それから。
「……好きだよ」
この言葉を面と向かって伝えられる日が来ることを祈って、目を閉じた。
せまい部室で、ふたりきり。 こばなし @anima369
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