第5話 解き放たれたゆき

ゆきは、「オギャー!、オギャー!」と大きな産声を出して生まれた。

これから激動していくであろう日々の怖さ。そして、希望。

遠い日のあの甘い痛みを思い出して、決意を持って生まれてきた。

いますぐ何かできるわけではない、ただ泣くしかなかった。


幼少期は、なるべく目を付けられないように、控え目に生きてきた。

それは、ボックリに会う前に別の糸に絡められたくなかったから。

世の中には、様々な糸が張り巡らされている。その糸の出会いによって、

本筋とは違った結末になる可能性があることをゆきは理解していた。


日曜の朝、ゆきはテレビを見ていてとある糸に手繰り寄せられた。

“月に変わっておしおき”をするアニメのタキシードの服を着た

仮面の男子だ。そして、ゆきは誕生日に月の変身ステックを求めた。

ゆきの人生が本筋から狂い始める。


ゆきは、コスプレをして何度もくるんくるん回りながら変身ステックを振りかざした。地味に生きてきたゆきが唯一、解き放たれる愛と希望と勇気のある時間。最初の回転で、「あれっ」うまく変身できないと思ったけれど、回転数が足りないのだと思って、トリプルアクセルを決める。何度も、何度も。やがて足がふらつくいてタンスに当たって痛い思いをして我に返る。


そんな目まぐるしい日々を送る中、ゆきは窓の外を見つめて思う。私はこんなにも回転しているのに、いつになったらタキシードの仮面男子が現れるのかと、私はここにいるのよ。


その頃から、ゆきはコスプレやアイドルといったものに興味を惹かれるようになる。

朝の娘(どちらかというと夜の娘)のライブコンサートを小学生の時から見に行くことで、斜めピースの仕方や足の跳ね上げ方を学んだ。音楽教室にも通い、歌の練習をした。声のため方や抑揚、音感はその頃から作り上げられた。


彼女はアイドルを応援する側からアイドルの世界で生きたいと思い始める。

もしアイドルで有名になったらボックリは会いにきてくれるだろうか。


そして見習いアイドルとして、成長した彼女は、中学生にしてオーディションを受ける。最初のオーディションは、選考に残るものの最終審査で落選したが、他のアイドルグループのオーディションで合格を勝ち取る。


しかし、あろうことか!


そのアイドルグループのオーディション主催者であり、総合プロデューサーをしていたのは、転生したあの忌々しい悪代官であった。人は引き寄せられるべくして引き寄せられるのである。ゆきは転生した悪代官が張り巡らした黒い糸にまんまと手繰り寄せられたのだった。













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少年は愛に生きる 金彦 修也 @Kanegong35

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