少年は愛に生きる
金彦 修也
第1話 夢のまた夢で・・・
少年の名はボックリ、元気旺盛で悪戯好き。いつも面倒ごとになり、家族に注意される。だから悪戯小僧(いたずらこぞう)という戒めを込めてボックリと呼ばれている。
ボックリは5歳の夏、長い夢を観た。その夢は、一夜にして半年分の記憶が流れ込み、胸と頭がオーバーヒートした夜だった。
ボックリ「神様なんで僕は生まれてきたの?」
長い白髭を生やした神様は微笑んで、亀仙人のような頭こぶのある杖をボックリに向けてかざした。すると杖の先端が白く光だし、その光はどんどん大きくなってボックリは包まれていった。光を抜けたその先は、関ヶ原の合戦の最前線だった!
地響きと共に前方からは、黒い甲冑を纏い弓やら刀、そして槍を持った大群が強い眼差と雄たけびと共に押し寄せてくる。
ボックリはその勢いに圧倒され、後ろへ逃げようと振り返ると、後方からは赤い兜を被り白髭を生やした白老が右手に持った矛を高々と上げ、「ゆけぇーい!かかれっいっー!」と罵声とも言える号令を上げた。その途端、赤い甲冑を纏った騎馬たちが前進し始めた。どうやらあの爺は将軍らしい。
「(ボックリは心の中で思った)なんてこった!前からは敵の大群、後ろからはパワハラ爺の年功圧力との挟み撃ちじゃないか!なんであんな白髭爺に命を下されなきゃいけないんだ。」
ボックリは前線3列目の左方に位置していた。両軍に押しつぶされる前に、左の森に逃げ込み、息が続かなくなっても足を動かし続け、緑茂るひと山、紅葉深いふた山と越えていき、秋の稲穂が咲き乱れる村に落ち延びた。白川郷のような茅葺屋根の屋敷に逃げ込んだのだった。その地域の家は戦地に駆り出されているのか、あるいは息絶えてしまったのか住人はいなかった。ボックリはしばらくそこで暮らすことにした。
時が経ち、季節も秋から冬へ移り変わっていった。ボックリは、冬の暖をとるために薪を狩りに乾燥した山へと向かった。その日はとても肌寒い日で、しばらく木を切っていると山の天気が崩れだし、雪が深々と降り積もってきた。帰り支度をして、薪を括り付けた後、帰ろうと周りを見渡すが、雪が視界を塞ぐほど降っており、来たときと景色も違う。いつの間にか雪も膝まで降り積もっている。ボックリはしまったと思った。
方向がわからないまま、雪はどんどん降り積もってゆく。ボックリは、すでに膝まで雪で埋もれている脚を見て、このまま動かなければ埋もれて凍え死んでしまう、早くどちらかの方向へ進まなければと考えた。方向はわからないが、雪風が吹いてくる風上の方向に進みだした。しばらくすると雪雲の向こうで太陽の光が水平線上にありもうすぐ沈んでいくのがわかった、大雪で視界が限られるが遠くに人影らしいものが見える。ボックリはその姿が確認できるところまで近づいてみることにした。10mほどの距離になり、その姿が認識できた。白い着物に、長く乱れた黒髪に切れ長の眼、そして白い肌、足は裸足だ。
ボックリは、直感で雪女だ!と思った。同時に、雪女に雪山で魂を抜き取られるであろうことを覚悟をした。
「(心の中で)ついにこの世を去る時が来たか、戦地を逃れ生き延びたのは良かったが、振り返れば何もなかったような人生だった。」ボックリは落胆した。
ところが、雪女の様子がおかしい、今にも倒れそうなほど弱弱しくふらふらとした足取りで、息絶えそうに雪の中を一歩、二歩進んだところで、ついに雪の中に倒れこんだ。
雪の降る勢いが増す中、ボックリは、胸の内からなぜか熱くなるものを感じた。怖いのに、目の前で倒れそうにしている雪女を放っておけない。なぜかはわからない、どうしてかはわからないが、何とかしてあげたいという気持ちだけが先走っていく。それに、この場を去って、一人でどこに向かえばいいのかもわからない。
ボックリは、「(心の中で)とにかく温めなきゃ。」と思い、雪の中に倒れこんだ雪女を抱きかかえた。雪女が体温で溶けてしまうことを心配しつつも、凍え切った雪女の体温を温めようと強く抱きしめた。雪女は紫色の唇をしていた。
ボックリは、雪で頭が冴えたせいか、本能的になのか、風下に向かえば、集落があると直感で感じた。雪も膝小僧の高さを超えて降り積もっている。雪女を背負って、雪の中を踏み出す一歩一歩が泥沼から抜け出すように脚がとられて重い、凍える足先が痛む。その足は、どんどん感覚がなくなっていき、まるで棒のように感じた。
なんども倒れそうになりながら、埋もれた脚を雪の中から出しながら、また一歩を踏み出す。村までの道のりはまだまだ遠い。ボックリ一人ならそこで諦めていたかもしれない。戦場を逃れて、生き残っただけでも長生きだったと思う。しかし、背中に背負う雪女のわずかな体温が、雪女の為に頑張りたいとボックリに力強い一歩を踏み出させた。
雪の中をもう2時間もあるいただろうか。ボックリはなんとか茅葺屋根の家までたどり着いた。ボックリの全身は筋肉疲労で、脚は凍傷になっていた。いますぐにでも横になりたい。しかし直感で、室内もかなり冷え込んできており、暖を取らなければ凍死してしまう可能性が高いように思えた。もう動けないはずの体に鞭を打ち、ボックリは囲炉裏へ薪を組んで火を灯した。
雪女に似たその女は、まだ息をしている。彼女を囲炉裏の方へ向けて寝かせ、ボックリは彼女と背中合わせに、彼女の体温があることを背中で感じながら添い寝で疲れ切った体を休めた。ボックリは、雪女の背中に体温を感じたことに安心したせいか、自然と力が抜けていき眠りについた。
次の日、目覚めると雪女がいない。もう太陽は真上に来ている。雪女は、溶けてしまったのだろうか。。。
しばらくすると雪女は、籠をかかえて戻ってきた。雪女は、川へ洗濯に行っていたのだった。その日からボックリと雪女の生活は始まった。
ボックリは、雪女を『ゆき』と呼んだ。ゆきは、まさに雪女のような女だった。
ボックリは山へ薪狩りに、ゆきは川へ洗濯と魚釣りへ出かけ、夜は囲炉裏に薪に火を灯し、ゆきが釣った魚を焼いて食べた。小さな魚も一人で食べるよりおいしく感じた。
季節は移り変わり、冬から春になり、山の雪解け水が川に流れ込んでくる頃・・・
ある朝、雪女はいなくなった。その朝あんなことがあったのに、いやあんなことがあったからなのか?、ボックリは思った。
ボックリはゆきと出会った日のことを思い出す。あれは雪降る日、風上の北の方からゆきはやってきた。今いるところは、美濃と信濃の国境あたり、越後から彼女はやってきたのか?
山は雪が解けて、歩けるようになっている。ゆきは、雪が溶ける春になって、故郷の越後へ帰れるまで、この時を待っていたに違いない。ボックリの勧がそうだと言っている。
それにしても一言も言わずに出ていくなんて・・・ボックリはいてもたってもいられず、茅葺屋根の家を飛び出して彼女のあとを追った。一山超えて、また一山超えていった。道中出くわす人に彼女らしき人を見たことを聞いた。やはりこの方角であっている、足を進めてとうとう日本海まで出た。
海岸沿いを歩いてもう日が暮れる頃、大きな立派な武家屋敷の長屋が存在した。庭を除くと、夕暮れ時で“ゆき”らしき女性が部屋に入っていくのが見えた。
これだけ立派なお屋敷だ。正面から行っても突き返されると思ったボックリは、その夜、塀をよじ登り屋敷に忍び込んだ。夕方、錦鯉がいた庭の池から蝋燭がともされる室内を見ると、見るからに悪代官といったような大柄な男が、椀に酒を盛って飲んでいる。
悪代官「ガハガハガハッ、側室の女が戻って来たぞ。やはり儂なしには生きられまい。」
ボックリ「(心の中で)!!!彼女は悪代官の側室だったのか!」ビックリ
だからあの出ていく朝、僕にあんなことをしたのか!彼女にとっては単なる御礼だったかもしれない。でも僕にとっては・・・・・ボックリの心に炎がメラメラと渦巻く。
ボックリは、関ヶ原でも抜かなかった刀を抜いて、悪代官を成敗する為、土足で屋敷に乗り込んだ。この時代は悪は刀で成敗する時代だ。
悪代官の家来が前方から2人来て、ボックリはバッタバッタと家来の2人を切り払い、悪代官まであと少しというところで、裏から悪代官の忍刀(しのびがたな)に背中を切られ、その場に前かがみに倒れこんだ。
流れ出る血の暖かさを背中に感じる。そういえば、背中合わせに添い寝した時もこんな暖かさだったな。
プツン、ボックリの前世はそこで終わった。
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