第31話 報告
颯の部屋の前で月は悩んでいた。翠が目覚めたことを早く伝えるべきだが自分自身が起きた状況をまだ理解できていなかった。翠の体から放たれた熱と冷たさはおそらく妖としての力だろう。二つの力を同時に持つ妖は少なくないがその場合片方の力が強く、もう片方は添え物かと思うぐらい差がでるのが通常のはずだ。実際、颯も風の力と火の力の二つを持っているが風の力に比べると火の力は幼子ほどしか使えない。だが月の手を通して伝わった翠の力はどちらも同じぐらい強大なものだった。月は計り知れないほどの力を持ってしまった翠を心配すると同時に口には出せない仮定を想像してため息をついた。
「颯様よろしいですか?」
「ああ、入れ」
月は部屋に入ると颯が書状をしたためていることに気付いた。
「申し訳ございません。出直して参ります」
「心配するな、書き終わったところだ」
颯は書状の紙を綺麗に畳むと文箱にしまった。
「どなたかにお送りでしたら私が…」
「いや、まだいい…と言うか勢いで書いてはみたが迷っているのだ…それより何かあったか?」
「あっ、はい…翠が目覚めました。それと…」
「そうか!良かった。大事ないか?」
「はい、特には…」
「良かった、本当に良かった…」
翠が目覚めたことを心から喜ぶ颯に月は言い出せなかった。翠の力が目覚めたこと、その力が強大で二つあること、そしておそらくその力が二つ共、月の持つ力と違うことを…。
「今すぐにでも翠の元気な顔を見たいが約束があってな、月悪いがついてきてくれるか?」
「もちろんです、どちらへ?」
「白姫の家だ」
「はい」
「確認したいことがある」
「はい」
二人はすぐに立ち上がり、部屋を後にした。
「あら颯さん」
白姫の家の門をくぐると玄関先に香鈴が立っていた。
「叔父上はいますか?」
「ええ煌雅と一緒に広間に、どうぞ上がって」
「失礼します」
以前は灯子と共にこの屋敷によく来ていた颯は使用人が案内するのを断って、月と共に奥の広間へ向かった。
「失礼いたします、颯です。入ってよろしいでしょうか」
「おお颯か、入れ」
炎蔵の言葉を待って颯が襖を開けた。
「こうやって尋ねてくるのは久方ぶりだな」
大然が後妻を迎えてからは颯だけで訪れていたが颯が仕事を任されるようになってからは訪れる機会がめっきり減っていた。大きな地図らしきものを広げていた煌雅が気を利かして片付け始める。
「お忙しいところ申し訳ありません」
「そんなことは気にしなくともよい。どうした、何か急ぎの用か?」
「父上、また後にいたします」
煌雅が地図を持って席を立とうとすると颯がそれを止めた。
「煌雅もいてくれ」
「いいのか?」
「ああ。叔父上、月も一緒でかまいませんか?」
「もとより月はお前の弟、私の甥、聞くまでもない」
「ありがとうございます」
神妙な面持ちの颯が話を始めた。
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