第十二章 アキレス・アンド・ザ・キャンサー
慎太と洸がいた喫茶店の近くのコンビニエンスストアの駐車場に、鏡谷の車があった。
車内には鏡谷の姿があり、加熱式煙草を吸っていった。
突然、助手席の扉が開いて、ガサガサと音がしたかあと、バタンと閉まった。
「どうだった? 二人の様子は?」
「青春、してましたよ」
その一言とともに、久鎌井の姿が助手席に現れた。
“ハデスの兜”の効果で、姿も、アバターの気配も消して、喫茶店で慎太と洸の様子をうかがっていたのだ。趣味が悪いと思うが、彼らの本音を聞くためだ。
「それは良かった」
鏡谷は加熱式煙草を片付けようとするも、久鎌井がそれを制した。鏡谷はそれに甘え吸い続けた。
「二人は、もう心配ないな」
「はい、そう思います」
「これで我々の仕事も終わりだ。これでようやく君も家に帰れるな」
「はい……」
そう頷く久鎌井は、何処となくスッキリしない表情をしていた。
「どうした、久鎌井くん?」
鏡谷は、そんな久鎌井の様子に気が付き、尋ねた。
「……今回は、慎太くんのおかげで何とかなったなって。俺じゃあどうしようもできなかったなと思って」
「弱気な発言をするじゃないか」
「初仕事だったから、自分ではちゃんとやれたのかよく分からなくて」
久鎌井は人間としてしっかりしているが、まだまだ高校生だ。結果が点数で出る試験とは勝手の違う仕事というものに、戸惑いもあるのだろう。
「そうか、じゃあ、わたしも上司として君の評価を伝えよう」
鏡谷が横目に久鎌井を見た。
「間違いなく大成功だ。君はしっかりと仕事をしてくれたよ」
「でも、“アンドロメダ”の心を解放させた
「どうやら、君でもちゃんと言わないと分からないみたいだな」
鏡谷はそう言いながら、慎太の頭に手を乗せ、優しくなでた。
「君がいたからこそ、彼ら二人の好きにさせることが出来たんだ。最悪、何かあっても、君が敵アバターの暴走を止めてくれると信じていたからな」
「どうしてそんなに信じてくれたんですか?」
「君が、前の事件で君の高校を守ったときの様子を、この目で見ているからさ」
「でも、それは“ペルセウス”の力ですし」
「それはそうだな。“ペルセウス”の力が
「……はい」
久鎌井も、そこまで言われてようやく自分の仕事の結果に、納得がいったようだ。
その顔にも笑みが浮かぶ。
「出来の悪い弟も可愛かったが、君のような出来の良い弟も可愛いものだな」
「照れますね」
「さて、ちょっと
そう言って鏡谷は外に出て、店の端に置いてあった灰皿にいま吸っている煙草の
戻って来た鏡谷に、久鎌井が知らせた。
「いまメッセージ送ったら、すぐ返信が来ました。まだ喫茶店にいるみたいです」
「じゃあ、今度は堂々と彼らのところに行って、挨拶をしたら、今回の仕事は終了だ。報告書の作成はわたしがやっておく。君は、家に帰ろうか。君の帰りを待ちわびている人たちがいるからな」
「はい」
車が動き出す。
「そうだ、鏡谷さん、『アキレスと亀』って知ってます?」
「ああ、ギリシア神話を知る者として話は知っているがそれがどうかしたか?」
「慎太くんが言っていたんですけど……」
車内で会話する二人の様子は、本当の姉弟のように、
こうして、『思い』と『思い』が集まって形作られた物語がまた一つ、終わりを迎えた。
堀慎太も、
飯島洸も、
慎太の担任の木下も、
陸上部顧問の榊原も、
イケメン教員の小島も、
二年目の教員、中川も、
物語の終わりに、次はそれぞれの物語へと、一歩、踏み出していた。
季節は秋、残暑は確実に和らいできている。
春のような期待に満ちた変化とは違い、何処か寂しさを内包した秋の変化。
どのような変化をも受け入れてくれるというのに、完全に立ち止まることだけは許してくれない世界は、時に厳しいのかもしれない。
しかし、いま、茜色の陽射しは彼らに等しく降り注いでいる。ぬくもりの残る大気が優しく包み込んでくれている。
どんなの歩幅でも、どんなのペースでも、どんな方向に進んでも、世界が彼らを否定することはない。
そしてその先には、間違いなく、未来が待っている。
現代ギリシア神話青春譚Ⅱ マサムネ @masamune1982318
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