クれあぼやんす~みえちゃった~
老々堂つるきよ
クれあぼやんす~みえちゃった~
数日前、私は不思議な力を授かった。
大学の友達と自宅で飲んでいるとき、ほろ酔いになったジュンキが誰に言うでもなく言った。
「なんか隠したい事ってある?一番恥ずかしい事とか、知られたらやばい事とか」
私は何も考えず答えた。
「どうやろ、いやー、あんまないなあ。つーか、皆んなが隠し過ぎなんよね。大した事でもないのに恥ずかしがるやつ多すぎ」
「まあ、お前はないやろ!通帳とかそこら辺に出しっぱやし、エロ本置きっぱやし、雑すぎる(笑)」
1人シラフの田辺が私に言う。
「マジでそれよ、しょんべんペットボトルにするのやめてくれんかなあ!あれ飲みそうになるんやけど」
田辺の発言に乗じてジュンキがいちゃもんをつけてくる。私はむっとして言い返した。
「良いだろ俺の部屋なんだから!だいたいなあ〜、どいつもこいつも良い子ぶりやがって、あれこれ隠して楽しいかね?隠すほどもねえ薄っぺらい人生しやがってよお〜」
ベロベロに酔った私はクダを巻きながらさらに酒を注いだ。
「出たよこいつ、めちゃめちゃ言うじゃん」
「酒癖わりい〜」
友人2人はニヤニヤしながらタバコに火をつけた。
その時だった。不意に私の目玉だけがぐんぐんと空を飛び、地球の丸みがどんどん見える。
「!?」
すぐに視界は戻り、再び汚い自室が視界に入った。
友人たちはこちらを気にもせず、電子タバコの有害物質について話している。
こうして私は千里眼に目覚めた
友達が帰った後、私は1人で先ほどの感覚を思い出していた。すぐにずるりと目玉だけが部屋の外に出て行き、無限に上へ上へと昇っていく。
「すげえ!これは良いぞ!」
大学の期末試験が近かった私は、当然のこととして教授のデスク周辺に視界を飛ばし、解答を盗み見ることにした。
翌日、月曜日の放課後。私は自宅から千里眼を使い特に試験の難しい物理学の正野教授のデスクを見ることにした。
教授の顔を思い浮かべると、すぐに物理学教室に飛んでいくことができた。そこには教授が小エビの頭を一心不乱にもぎり取る姿があった。
何をしているのかすぐには理解できず、厳しい顔をして小エビの頭を毟る正野教授の姿をじっと見ていた。教授は一所懸命にほうれい線と額の皺を深くして毟りつづけた。
奇妙に思いながら見ていると、30匹以上はあろうかという小エビの頭を全て毟りきったタイミングで、窓からボディコン姿のフィリピン人女性が入ってきた。扇状的な衣装の女性のふくらはぎには、カタカナでキンタマと刺青が彫られていた。女が入って来るなり、教授は部屋の鍵をかけた。
「女?教授、奥さんもいるはずでは……」
その女は教授に近づくと教授の全ての指に髑髏の指輪をはめ、教授室の床に寝転がった。教授は髑髏の指輪をガチャガチャと鳴らしながら猫の首を取り出し、それで床に女性を中心とした円を描き始めた。やがて教授は坐禅を組み、小エビの頭を女の外耳孔に並べだす。並べ終わると、正野教授は複雑に指で韻を結び般若心経を唱え始めた。
「観自在菩薩かんじざいぼさつ行深般若波羅蜜多時ぎょうじんはんにゃはらみったじ 照見五蘊皆空しょうけんごうんかいくう度一切苦厄どいっさいくやく 舎利子しゃりし 色不異空しきふいくう 空不異色くうふいしき 色即是空しきそくぜくう空即是色くうそくぜしき 受想行識亦復如是じゅそうぎょうしきやくぶにょぜ 舎利子しゃりし 是諸法空相ぜしょほうくうそう不生不滅ふしょうふめつ 不垢不浄ふくふじょう 不増不減ふぞうふげん 是故空中ぜこくうちゅう
無色むしき 無受想行識むじゅそうぎょうしき 無限耳鼻舌身意むげんにびぜつしんい
無色声香味触法むしきしょうこうみそくほ無眼界むげんかい 乃至無意識界ないしむいしきかい 無無明亦むむみょうやく 無無明尽むむみょうじん乃至無老死ないしむろうし 亦無老死尽やくむろうしじん 無苦集滅道むくしゅうめつどう 無智亦無得むちやくむとく以無所得故いむしょとくこ 菩提薩埵ぼだいさつた 依般若波羅蜜多故えはんにゃはらみったこ心無罣礙しんむけいげ 無罣礙故むけいげこ 無有恐怖むうくふ 遠離一切顛倒夢想おんりいっさいてんどうむそう究竟涅槃くうぎょうねはん 三世諸仏さんぜしょぶつ 依般若波羅蜜多故えはんにゃはらみったこ得阿耨多羅三藐三菩提とくあのくたらさんみゃくさんぼだい 故知般若波羅蜜多こちはんにゃはらみった是大神呪ぜだいじんしゅ 是大明呪ぜだいみょうしゅ 是無上呪ぜむじょうしゅ 是無等等呪ぜむとうどうしゅ能除一切苦のうじょいっさいく 真実不虚しんじつふこ 故説般若波羅蜜多呪こせつはんにゃはらみったしゅ即説呪日そくせつしゅわつ 羯諦ぎゃてい 羯諦ぎゃてい 波羅羯諦はらぎゃてい 波羅僧羯諦はらそうぎゃてい菩提薩婆訶ぼじそわか 般若心経」
教授の額には玉のような緑色の汗がふつふつと浮かび、その汗はやがて滝のような大汗となり、白衣を緑の線が伝う。
私はあまりのことに息をするのも忘れその光景を見ていた。ごくり、私が一つ唾を飲み込むと、途端に教授は鬼の形相となりこちらを見た、ような気がした。私は仰天してすぐに目を開き千里眼を戻した。
私は恐ろしくて呼吸が荒くなり、つい辺りを見回す。よかった、誰も居ない。
「ふぅ……」
一息つくと、ある事に気がついた。
「そういえば、少し前の講義で教授の白衣に緑色のシミがついていたが、これのせいだったんだ」
それからは怖くなって教授の部屋を覗くことはできなかった。
試験の解答を見る事には失敗してしまったが、他にも使い道はあるはずだ。次の日、私は大学で少し良いなと思っている女子の部屋を覗きに行った。
ゆきちゃんは、実家住みだった。千里眼を使うとすぐにゆきちゃんの部屋が視界に映し出された。ゆきちゃんはお香を焚き始めたかと思うとおもむろにカッターを取り出し、お香の熱でカッターを炙る。そしてゆっくりと腕を捲った。
「おいおい、ゆきちゃんリストカットしてたの?」
焼けたカッターを消毒液で拭うと、ぬるりと立派なタコを1匹取り出し、カッターで吸盤を削ぎとっていく。
さらに正露丸を口内で噛み砕き軟膏のようにして、その軟膏で吸盤を手首に貼り付けはじめた。そしてボソボソと呟きはじめた。
「大きな声でピリカピリララ、はしゃいで騒いで歌っちゃえ」
おジャ魔女どれみのテーマソングだった。
いや……ちがう!
「オウムにボドゲに裁判傍聴〜うるさーいなんてね阿曽山大噴火 さいばーん傍聴は年中無給 ずっとずっとね 年中無給」
おジャ魔女カーニバルの傍聴席芸人阿曽山大噴火バージョンの自作替え歌だ!
トランス状態となり口からは唾液が垂れている。唾液は黄ばんでおり、粘性がすさまじい。お香の煙を避けるように吸盤を失ったタコは蠢きながら机を這っている。
僕はあまりのことに取り乱し、声を上げて千里眼を切った。意識は自室に戻った。
次の日、私は安心したくて友人の田辺を見る事にした。彼は飲み会でもいつもシラフで、1人でゆっくり飲むのが好きだったはずだ。
田辺は歯茎を剥き出しにして一本のピンと張ったロープの上に寝転がった。器用にバランスをとり、つま先から頭のてっぺんまでを真っ直ぐに伸ばし、自身の亀頭にちいちぇえ鞭を鬼の勢いで打っている。
一度も閉じていない目と歯茎はカラカラに乾いており、カラカラになった歯茎に赤ワインを綿棒で塗っていた。
1人で晩酌するのが好きとは言っていたが、まさかこんなことをしているとは。
まさか、皆がこんなことをしているとは。私のペットボトルに小便をする癖をとやかく言っていたのに。
一体なんだと言うのだ、正野教授も、ゆきちゃんも、田辺も……。何の特徴もない人間であるかのような顔をして、あんな恐ろしい本性があったなんて。狂っている。
私は恐ろしくなって、彼らを覗き見たことを後悔しはじめていた。
しかしこうなると余計に気になってしまうのが人間というものだ。私は次の日に友人のジュンキを見る事にした。
ジュンキは夜の公園にいた。彼は3人のハゲたおじさんに囲まれており、何やら口をもごもごとしている。
「なんだ、何かあやしい雰囲気だぞ」
ジュンキはさらに口の中に何かを入れ、もごもごと噛みしだいてしている。
暗くてよく見えなかったので、目を凝らしてよく見てみるとそれはヤモリだった。ジュンキは生きたヤモリを次々に口に入れ、もごもごと咀嚼する。
「清めの時は終れり、大ペニスの使徒よ来ませり〜」
ジュンキが感情のこもっていない声で吟じると、次々にジュンキの歯が溶けて口がすぼまり、溶け残った歯が2、3本唇から突き出ていた。恐ろしいまでに勃起した中年たちが、一斉にジュンキの歯茎をグミのように揉み出した。ジュンキの口からは赤色の煙がゆっくりと立ち上る。
しばらく歯茎を揉んだ後、おじさんたちはペンチを取り出し、ジュンキの溶け残った歯をばきりばきりとへし折っていく。そして、ちいさい鋏を取り出すと、ジュンキの舌を引っ張り出し
ヂョキ ヂョキ ヂョキ
私はそこで見るのをやめた。顔は青ざめてゲロを吐きそうだった。ジュンキはいつもゲームをしているかスマホをいじっているばかりで、深刻そうな顔もイラついてるところも見たことがなかった。
それがあんな、あんな……何なんだ、あれは。おかしくなりそうだ。普段接している平凡だと思っていた人間たちが気持ちが悪くて仕方がない。
次の日から、私は学校に行くのが怖くなってしまった。普段あまり話すことのない学生たち、その誰もが、信用できなくなってしまった。それでも千里眼を使うのはやめられなかった、来る日も来る日も私はクラスメイトたちの異常行動を見続けた。
「こいつもダメだ、こいつも、こいつもだ……」
傷口になめくじを入れる生徒、我が子の皮膚を剥がし餃子をつくる教授、目や耳から四つ足の老人が溢れ出す事務員、私はノイローゼになり、学校へも行けなくなった。
やめようと思っても、恐怖と好奇心から千里眼をやめられなかった。むしろ怖ければ怖いほど、知らないことが余計に恐ろしくなった。私は震えながらあるものを見る事に決めた。恐ろしくて仕方がなかったが気になって気になっておかしくなってしまいそうだった。私は母を見てみる事にした。
顔中にピップエレキバンを貼った母が、台所に大グソをひった。そのまま焼けた鉄バシを突き刺す。すると台所の隙間から60センチほどの影のように黒く角ばった男が4匹現れ、「第四の目、今こそひらきませい。」と念じた。後頭部の皮膚がぶりぶりと膨らみ、目からは黒い汁が垂れている。
ああーあーああああーあーあああ"!
もう嫌だ、もう私はダメだ、ダメになってしまった。完全に折れてしまった。もう何も見たくない、もう一時たりとも目を開けていられない。もう真っ当に他人と接することはできないだろう。私は目玉を潰すことに決めた。
ピンポーン
「おーい、お、開いとる!」
「入るぞー?大丈夫か?」
私の休みを心配したジュンキと田辺が部屋にやってきた。
「おい、大丈夫か?」
「電気くらいつけろよ〜」
「・・・・・・」
「どしたの?話聞くで?」
優しい。心配してくれればくれるほど、恐ろしくなっていく。意味のわからない事をする宇宙人どもだ。こいつらも訳の分からん事ばかりしている奴らだ。
「出ていってくれ、本当に、大丈夫だから」
「いや、そんな言わんでもいいやろ。心配しとんのやから」
「出ていけよ!知ってるんだぞ!お前公園で!変なおっさんと気持ち悪ぃことしてただろ!」
ギョッ!!
「!!」
その瞬間ジュンキの目がニュッと飛び出し異様な角度で私を見た!目には凄まじい怒りと憎しみが宿っており私はギョッとして何もいえなくなった。
「ふざけんなよ、俺も知ってるからな!おまえだって1人の時は人に言えねえような気持ち悪い事してるじゃねえか、お前だけが知ってると思うなよ」
「なに……、なに言ってんだ。んな訳ねえだろ!おめえらよりマシだよ!バケモンどもが!」
私は怒りに任せて2人を追い出した。
部屋に静寂が戻る。
仲が良かった2人に会っても、恐怖しか感じなかった。この目が憎い、私はフォークを握りしめて考えた。
最後に何が見えたら面白いかな。そうだ、自分を見てみよう。唯一安心して見れるのはもう自分だけだ。最後の千里眼を使う事にした。
気を失った自分。そこには黒い男に囲まれ、呪文を唱える自分の姿があった。
クれあぼやんす~みえちゃった~ 老々堂つるきよ @lowlowdo_turukiyo
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