殺し屋のお菓子(殺伐感情戦線2024/11/30 テーマ『菓子』)
先生から『お菓子』が配られた。
これで私も一人前だ、という証だ。誇らしい気持ちだった。
今までの過酷な訓練も、昼夜の二重生活も、嘘とブラフに塗れた候補生同士の関係も、これですべてが報われる。
私がもらったお菓子は、ジェリークッキーだった。ねっとりと光沢のあるイチゴのジャムを抱え込んだクッキーだ。オーセンティックでクラシカル。おばあちゃまから受け継いだ古いブローチみたいな由緒正しさを感じて、ちょっと背筋が伸びる。
──今日から私も、立派な殺し屋だ。
「あんたのお菓子、なんだったの」
声をかけられて振り返る。
サスペンダーちゃんだった。
あ、サスペンダーちゃんっていうのは渾名で、もちろん本名じゃない。
養成所では、候補生同士がお互いに親しくなることは歓迎されない。学籍番号の末尾三桁か、あるいはコードネームじみた渾名で呼ぶくらいだ。
サスペンダーちゃんって渾名の由来は、いつもサスペンダーをしているから。そのまんまか。
「えっと、ジェルクッキーだった」
真空パックで個包装された『お菓子』を見せる。
お菓子はひとりにひとつずつ。養成所の卒業祝いに配られる。
サスペンダーちゃんは「ふぅん」と興味なさそうに唸った。そっちが訊いたんだろ。
彼女、ちょっと変わってるのだ。
がんがん話しかけてくるし、毎日毎日ごん太サスペンダーにカーゴパンツという独特なスタイルで養成所にやってくる。
候補生の服装は自由だけれど、ほとんどの人が同じような服装でやってくる。ジャージとか、スーツとかの没個性な服装。昼の学校にも行っている人は、そっちの制服を着たまま授業受けてる人も多い。殺し屋は目立つ服を着ない。
「わたしは金平糖だった」
サスペンダーちゃんは、小袋に入った大粒の金平糖を掲げる。緑とも黄色ともつかない不思議な色。
プリミティブな衛星に似た砂糖の塊は、サスペンダーちゃんにそっくりだった。
トゲトゲしてて、硬くて、ゴリゴリ。
「おいしそう」
私は思わず言ってから、「しまった」と思った。
サスペンダーちゃんは「は?」と口をあける。
「馬鹿じゃないの。これ、毒」
「知ってるよ」
私たちは、養成所で一人前と認められると先生から『お菓子』を貰える。
真空パックされたお菓子は、殺し屋として一人前になった証だ。
実際の任務につく際に、私たちはお菓子をもっていく。
甘いお菓子は、毒だ。
殺し屋の私たちが、任務中にどうしようもなくなって自分を殺さなくちゃいけないときに、お菓子を食べることになっている。
甘いお菓子は、死だ。
銃創まみれで苦しむ私を、拷問で鼻と耳が削がれた私を、陵辱に耐えかねて機密を漏らすかもしれない弱い私を、ちゃんと殺してくれる。
「でも、おいしそうって思ったんだよ」
くちを尖らせて言い返すと、サスペンダーちゃんが「うひひ」と笑った。そんなふうに笑うやつ、養成所には他にいない。
「やっぱあんた、殺したいわ」
サスペンダーちゃんが言った。
私は言い返した。
「私もおまえのこと、殺したいよ」
「現場では敵同士だといいな、カス虫」
あ、カス虫ってのが私の渾名だ。
いつの頃からか、私たちはお互いを嫌っていた。成績や実力が近しかったし、実戦を取り入れた授業では頻繁にペアを組んだ。模擬戦の相手であっても、ツーマンセルの演練であっても、サスペンダーちゃんと私は噛み合わなかった。いや、逆か。噛み合いすぎてた。
最初は「これは演習です」という心持ちで始まる。
でも、サスペンダーちゃんとヤリあってると、いつしか本気になってしまうのだ。
腕折ったり関節きめたり、奥歯の一本でも折ってやろうかという気持ちになって、世界に私たちしかいなくなって、本気で殺しそうになっちゃうし、殺されるかもって瞬間に最高にぞくぞくする。殺して、殺して、殺したくなって、でも、ここは養成所だから、マジになってる私たちを止めた教官が「プロ殺し屋の心構え」みたいな説教をしてくれる。殺し屋は私利私欲で殺したりしない。ビジネスライクが基本中の基本。そういうのつまらんねって顔してしまうのは、サスペンダーちゃんと私の数少ない気が合う部分だ。
もし止めてくれなかったら、たぶん私かサスペンダーちゃんのどちらかは、もうオダブツになってるはずだ。
「てか、ジェリークッキー、あんたらしいお菓子じゃね?」
サスペンダーちゃんが言った。
養成所の最終下校時間が迫っていて、『お菓子』をもらった私たちは、明日からはもうここに来ることはない。
次は事務所に所属して、案件をこなして実際の殺しに慣れていく。
「そう? 自分らしいとか考えたことないけど」
「クソ優等生ってかんじ」
「死ねカス」
ジェリークッキーは優等生のお菓子。
もろもろと崩れやすいくせに、ねちょりと歯に絡みつく。名前を言われてもピンとこない影の薄さのくせに、その場に有ると「お菓子の代表でございます」とふんぞり返っている。
「ま、私はけっこう好きなんだけど」
サスペンダーちゃんが言った。
何それ、ウケる。
「食べたいってこと?」
「いらんて、毒なんて」
ぐへへ、と二人で笑った。
この『お菓子』を、私たちがいつ食べるのかはわからない。
「次は現場でな」
サスペンダーちゃんが、養成所のエントランス前でひらひら手を振る。
私たちの家は反対方向にあるから、ここでお別れだ。次に会うときの私たちは、お互いプロの殺し屋だ。
「うん、次は現場で」
「敵同士だといいな」
「そうだね、本気で殺せるからね」
「殺されるのはそっちな」
その日を思い浮かべるだけで、どきどきする。
プロになってもサスペンダーちゃんは、カーゴパンツにぶっといサスペンダー姿なのだろうか。私は……あれ、明日から着るものどうしよう。スーツでいいか。
「それじゃ、またね」
いつか『お菓子』を食べるなら、この娘とがいい。
私はなんとなく、そう思った。
「うん、またいつか」
「それまでは元気で」
私たちは別の道を歩き始めて、「あっ」と振り返る。
サスペンダーちゃんの背中に、私は叫ぶ。
「そのときは、お菓子持ってくるの、忘れないでね!」
きらきら硬くて、噛むと砕けて甘くほどける金平糖。
オーセンティックでクラシカルで、脆くて甘たるいジェリークッキー。
私たちの、大切なお菓子。
いつかあなたと本気で殺し合ったそのあとで、私のジェリークッキーを食べさせてあげる。
そうしたら私は、あなたの金平糖を盗むつもりだ。
お菓子はひとりにひとつずつ。
それが殺し屋の、証だから。
あなた殺しの揺籠で 蛙田アメコ @Shosetu_kakuyo
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