ともしびの湯

秋犬

とある湯治場の伝説

 ある皇帝の御世、後宮に目が覚めるほど美しい妃がいた。名を燈妃とうきという。身分は卑しいものであったが、類い希なる容姿のおかげで皇帝からの寵愛は絶えなかった。しかし、後見の貧弱なことに従者は少なく、数人の宮女と出仕した一人の家臣を従えるのみだった。


 家臣の名を陳光ちんこうという。容姿は偉丈夫にして頑健であったが、その篤厚さが過ぎる性質に出世から遠のき一介の衛士えじに甘んじていた。


 さて、燈妃の美しきに妬みし妃たちが宴を催した。燈妃に用事を言いつけ、くりやに入ったところで火をかけた。燃える厨に分け入って燈妃を救ったのは陳光であった。陳光は燈妃を抱え、燃えさかり崩れ落ちる柱から身を呈して燈妃を守った。


 陳光は激しく燃える柱に向き合うとそれを打ち砕き、燃え落ちてきた梁を背中に受けて燈妃を護る。燈妃は陳光に問いかけた。


「何故貴方は私を助けるのですか?」

「この身は貴女の親より貴女を護るためにあると言われました。私は貴女を護るためなら燃え尽きることも厭わない覚悟です」


 火の粉が二人に降り注ぎ、陳光は燈妃を庇うが燃えさかる炎は無情にも二人の身体に容赦なく熱を刻みつける。


 やがて厨を打ち壊して駆けつけた衛士たちにより二人は助け出されたが、共に酷い火傷を負っていた。火傷を負った燈妃は妃の位を追われ、実家に返されることとなった。燈妃の親は醜くなった娘を見て恥晒しと叫び、二度と姿を現すなと追い払った。


 火傷を負った燈妃を受け入れるところはなく、袖を濡らして彷徨ううちに陳光が眼前に姿を現した。己の醜さに絶望した燈妃は陳光に問いかけた。


「何故貴方は私の前に現れたのですか?」

「この身は貴女の親より貴女を幸せにするためにあると言われました。この火傷がある限り、私は貴女と共に燃え尽きることこそ宿命と存じます」


 燈妃は陳光の腕に飛び込んだ。その涙は尽きることなく湧き出る湯となり、今でも火傷によく効く「燈光湯とうこうのゆ」として後世に伝わるという。


〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ともしびの湯 秋犬 @Anoni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ