お家騒動は未然に防ぎたい

 でも、しっかりと言葉にしておいた方がいい。万が一、妃殿下と私の考えが違っている可能性もあるかもしれないしね。

 そうすると、私はどこから話をするべきなのか――


「――実はクーガー……殿下とちゃんと結婚しようと思い立ちまして」


 クーガーに「殿下」をつけるのは、凄く違和感があるわね。でも一応「王子」ではあるのだから「殿下」でいいはず。

 ――とりあえずは。


「そ、そう……」


 私の宣言に対して、妃殿下は曖昧な返事を返して来た。

 ははぁん。これはわかってるな。


 でもいったん始めたことだし、このまま全部を言葉にしてしまおう。


「結婚という事になれば、当然私たちの間にも子供が生まれることになるでしょう。恐らく」

「恐らくって……」


 推理小説ミステリーマニアとしては、確定情報がない以上、迂闊なことは言えないのよね。あくまで確率は高い、という事で話を進めるしかない。


「そうなるとですね。改めて確認するまでもなく、王家の血統がクーガー殿下の方に偏ってしまう」


 血統が偏るって言い方は変だけど、当事者に関わる者としてはこれぐらいの表現が適切なのではないだろうか?

 妃殿下も、そんな私の気遣いに気付いてくれたようだ。怒る様子もなく頷いてくれている。


「もちろん、正当な血統はルティス様にあります。ただ正当な子を為せなかった場合、クーガーにいらないことを吹き込む輩が現れる可能性は無視できない」


 面倒になったのでクーガーを「殿下」呼びするのをやめたわけではない。ルティス様を殿下と呼ばないのに、クーガーを殿下と呼ぶのはどう考えても変だからだ。


 以前の離宮での会合のように「ルティス様」と呼んだのは、この話があくまでプライベートなものだと宣言する代わりと理解してもらえるだろう。


「ルティス様にお子さんは?」


 そんなわけで、さらに踏み込んでみた。

 正式に結婚した相手との間に生まれた子供がいれば問題ないが、最悪ルティス様と愛人の間に子供がいれば、後継ぎ問題はグッとクーガーからは遠ざかるはず。

 

 というか妃殿下がそういう事にするだろう。

 私が王家の家庭の事情についてはさっぱり把握していないので、そういった隠し子が「実はいた」なんて展開もあるかもしれないので確認してみた。


 ……ヒストリアが、そういうの好きなのよね。アハティンサル領では、そういうの組み込めなかったみたいだけど。

 もしかして遠慮してなったのかしら。


「……いないわね」


 私が今回の「竹屋敷殺人事件」の作風を思い浮かべていると、妃殿下からようやく答えが返ってきた。

 私はさらに念を入れる。


「確実に?」

「ええ、間違いなく。あの子はほら。身体が弱いものだから」


 開き直ったような妃殿下からの保証。

 そうなるとやはり、私の懸念――クーガーに王家の血統が寄ってくるという可能性は現実味を帯びてくる。


 王国は多くの貴族の寄せ集めで成立していると言ってもいい。王家でトラブルが発生すれば、それに付け込む貴族が現れたとしても不思議はない。

 何ならこの段階で、クーガーにすり寄ってくる貴族がいたっておかしくは無いのだ。


 ……今は、ーガーを見極めている途中か、見極めた上で「担ぎ上げるには不適切」という判断になっているのかもしれない。


 その判断もクーガーに子供が出来れば、また変わってくるだろう。

 それを防ぐためには、今の王家にはしっかりして貰いたいのだが……やっぱりルティス様のお身体が、どうにも……


「あなたは将来的にどうしたいわけ?」


 あ、はい。そういった質問は絶対にされると思っていたので、用意しておいた将来設計を並べることにする。


「そうですね。アハティンサル領に五年ぐらいいて。その頃にはルティス様は子を設けられていると想定し、クーガーを連れて『湖の宮殿』に帰ってきます」

「は、はぁ」

「その後、私は『ラティオ』を運営して、クーガーはルティス様に従って、どこかで喧嘩してるでしょう」


 単純に戦地に赴かせるよりは、抑止力として睨みを利かせる位置に置いておいた方が良いのだろう。その方がお金減らないし。

 もちろんそこまで具体的な事は言わない。あまりにも希望的観測が過ぎるし。


「子供はどうするの? あなたとあの子の間の子よ」


 妃殿下が、微妙なところに踏み込んできた。もちろん、この質問にも答えは用意している。


「結婚だけしておいて、子供を設けない未来も考えたのですが、クーガーは純粋に子供が生まれることを楽しみにしてるみたいで……」

「それには応えたいと?」

「いえ。それを拒否したら、クーガーが何をしでかすのかわからなくなるので」


 羽扇で顔を隠しているのに、妃殿下のお顔がひきつったのがよくわかってしまった。クーガーに関しては危険物を扱うぐらいの心構えが必要だというのに。

 妃殿下は、まだまだその辺りがお判りになって下さらないようだ。


「ですから、子供はどこかの養子に出して、私たち夫婦は領地を持たない形で生涯を終えられたら、一番良いんじゃないかと」


 変に領地を頂いたり、乗っ取るようなことになると色々蠢動しそうな予感があるのよね。そういうのはご免被りたい。

 今のアハティンサル領への赴任とかは、さすがルティス様、というぐらいちょうどいい塩梅だと思う。


 アハティンサル領で割拠するのは、王国を牛耳ようとする陰謀から考えると、地政学的にも、そこに住む民族的にも随分難しい。つまり初手が間違っている状態。

 神聖国からの嫌味を避けると同時に、クーガーを封印するのにアハティンサル領の代官という役目は最適だと今ならわかるわ。


 で、あくまで「代官」だから、いつでも呼び戻せるしね。

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目指すは完璧な机上の空論~空論を空論で迎え撃つ~ 司弐紘 @gnoinori

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