王太子様は独身
と、これぐらいにしておかないと、また思考が脇にそれ過ぎる。私は言い訳を続けた。
「『竹屋敷殺人事件』では、被害者との友情が描かれているわけでして――」
「あ、あの!」
妃殿下の後ろに控える女官から声が上がった。無作法この上ない。
しかし妃殿下に睨まれるのも構わず、女官は話し続けた。
「そ、それでは、探偵と、ひ、被害者――」
「気を付けてください。それ以上はネタバレになってしまいます」
この女官は読んでいるな。しかも、ああいう話が好みか。妃殿下もそこに秘密を感じたのか、問題の女官を耳元に招いて、羽扇の陰で内緒話をする。
「まぁ、まぁ、まぁ!」
そして、感極まったような声を上げた。
……妃殿下、本当に今更だけど。何度も確認してるけど。名目的には私の義母になるのよね……。この気持ちは何とも文章化しづらいものがあるわ。
思い返してみると、何となくヴォミットに通じるようなところがあるわね。耽美的というか……
とにかく、これでいいわけの下準備は完了。
あとは、もっともらしくまとめてしまえばいい。
「……まぁ、そんな感じでして。パテット・アムニズは執筆中というよりは取材中という事です。どこまで取材すれば満足するかはわかりませんし、さすがにこちらから催促するのも」
「それは……そうね。その通りだわ」
何がその通りなのかはさっぱりわからないけれど、妃殿下が納得してくれるなら、私も改めて確認する必要はないだろう。
それにそろそろ私の番のはずだ。ただ呼び出されただけで済ませるつもりは、最初からなかったのだから。
「では、殿下。今度は私からの質問に答えていただきたいのですが」
「そ、そうだったわね。ええ、構わないわ」
だからこそ、そういう約束を取り付けて、この会合に臨んでいるのだ。妃殿下もそれは承知してくれている。
ただ内容が内容なので、少しばかり慎重にならざるを得ないだろう。
「では殿下。王室についての秘事に関わる恐れがありますので、必要と思われる段階までの人払いを。私もアウローラは残したままにします」
「わかったわ」
この要望にも、殿下は快く応じてくれた。
私が何を言い出すのか、ある程度は察してくれているのかもしれない。
今日の私の耳飾りは「
……あ、そっちの女官が残る感じなのか。そうか……でも、これはこれで話しやすくなったのかも。
私は慌てて、これから殿下に確認するべき内容を組み立て直す。
「――それで?」
殿下は先ほどとは違い、厳しい声で促してきた。
もっとも私はそれで委縮する必要は無い。何しろ確認したい内容はきっぱりと不敬な内容だからだ。今からビビっていては、話にならない。
それでも私にはそれを確認するだけの権利はあると思うし、殿下としてもはっきりさせたい内容のはずだ。
だから私はいきなり、問題の名前を口にする。
「――私がお尋ねしたいのはルティス様についてです」
尋ねた瞬間、殿下から表情が消えた。
ルティス様、こと王太子フォルティスコルデ殿下は賢明さで名を馳せている。王国の実質的な宰相と考えてもいいだろう。大過なく、どころか王国をさらなる発展へと導いていると言っても過言ではない……はず。
ルティス様自身は、王国を襲った伝染病「スカルペア」の影響もあって身体が弱く、発展どころかなんとも儚げな感じなのだけれど。
黒髪に、翡翠の瞳。それに整った
一年ほど前までは、まったく交流することも無かったルティス様なので、殿下の結婚に関して、私は興味を持たなかった。
私自身「スカルペア」の影響で、顔の左側に傷跡が残っており、王太子殿下と結婚などという可能性は最初から無かったしね。
……ごめんなさい。嘘をつきました。王太子殿下と結婚どころか、結婚そのものを考えてはいなかったのよね。
でも、今は一年前とは状況が変わりすぎている。
いつの間にか、私は王家の一員となったクーガーと結婚することになって。そこから改めて考えてみると、ルティス様が結婚してないのは実によろしくないことが身に染みてわかってしまったのよね……
「ルティス様、ご結婚の予定は? せめて婚約とか。そういうお話は無いのですか? 殿下もそれは望んでおられるはず」
何しろ、クーガーを神聖国に追いやろうとした妃殿下だ。
妃殿下もルティス様がきっちり結婚して、子供を為すことを望んでいるはず。そのために色々動いていると考えるのが自然だ。
――いや、動いていないとおかしい。
だからこそ私は、殿下の望みを断定させてもらったわけ。そしてそれは正鵠を射ていたようで、表情を消したはずの殿下はすぐに眉根を寄せた。
羽扇で隠されているので、はっきりとはしないけれど……お怒りになった、というよりは困惑している感じ?
「それは……ええと、どうしてあなたがそれを気にするのかしら?」
何かを誤魔化そうとしてる?
私がルティス様の結婚を気にする理由なんて、考えるまでもないと思うんだけど。
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