妃殿下からの叱責

 とりあえず困ったふりをしておくことにしよう。私の思惑通りだと、この後、妃殿下を詰めることになるから、調子に乗らせておいた方がいい。

 供されている、お菓子にはきちんと私好みのチーズがあるし、決定的に気分を害しているというわけではなさそうだし。


 ……でも、お酒は無いのよね。


 そんなわけで今、私の前にいるのは王国王妃テクナスアモーラ殿下。金色の髪を銀の鎖で結い上げている。羽扇で顔を隠しながら、緋色の長椅子に腰掛けながら、私に文句というか愚痴を言い続けていた。


「……それで、パテット・アムニズの新作についてはどうなのかしら」


 そういった愚痴を一言にまとめると、つまりはそういう事だ。新年の挨拶の時に済ませればいいのに、わざわざ呼び出してまで言う事だろうか?


 パテット・アムニズというのは、私が主宰する「ラティオ」で推理小説ミステリーを書いている作家だ。圧倒的に癖が強い作風であり、ついでに出す本、出す本、やたらに厚くなるという困った作家でもある。


 それだけに一旦、愛読者ファンを捉えてしまうと「他の作家では代わりにならない」という事で、皆飢えたような心境に陥ってしまうようだ。

 私は推理小説として、パテット・アムニズの書くものはどうかと思っているせいか、あくまで「ラティオ」主宰であるというスタンスを保ち続けられているのだが。


 そんな状況であっても、普通のファンであれば大人しく待ち続けるしかない。何といっても私は伯爵令嬢なんだし。私に文句をつけるなんてことが出来るはずはないからだ。


 ただし――


 パテット・アムニズのファンに王妃という身分がくっついてしまうと、今度は逆に私が窮地に陥ってしまうというわけだ。

 それでもパテット・アムニズは今、私が暮らしているアハティンサル領において鋭意執筆中……という事になっている。


 とりあえずは、そういった現状を訴えるしかないだろう。


「恐れ入ります殿下。パテット・アムニズは鋭意執筆中ですが、アハティンサル領において刺激を受けることが多いらしく、十枚も書き進めば、思い返して十二枚ほど書き直す、という――」

「全然進んでないじゃない」


 ちっ。バレたか。


 ……という心の中で舌打ちを響かせながら、私は黙って笑みを浮かべるだけにしておいた。それ以上は報告できるような進展は全く無いのよね。


 パテット・アムニズはトウケンの庵に入り浸って、一体何をしているのか。一人ぐらい養うぐらいは余裕だけど、その挙句にトウケンと“ねんごろ”になっている、というのはどうかと思う。


 ……ん? 待てよ?


 そこまで考えて、私はさらなる言い訳の仕方を思い付いた。


「――殿下。これは決して話を変える意図は無いのですが」

「変えられては困るわ」


 羽扇でパタパタと仰ぎながら、殿下は拗ねたように応じる。指輪をはじめとして、そこかしこに輝く宝石。細密に刺繍されたドレスに、邸宅と引き換えに出来るような豪奢なレース。


 王国の財務状況は健全であるらしくて結構なことだ。

 いや、これ私は他人事じゃない……うん、考えるのはやめだ。


 それよりも言い訳の続きを紡がなくては。


「最近、『ラティオ』から発行させていただきました『竹屋敷殺人事件』はお読みいただけましたか?」

「ああ……そういう本が出版されたことは知っていますよ」


 妃殿下は物憂げに応じる。

 気持ちはわかる。パテット・アムニズの新刊かと思いきや、別の作家の本が出版されたと知ってしまうと、それは気落ちするのも仕方のない話だ。


 妃殿下も「ラティオ」から新刊が出版されるという報だけで、胸躍らせていたに違いない。けれどタイトルを確認して、作家の名前を確認して、結果落胆したといった顛末が容易に想像できる。


 だからこそ殿下は半端に「竹屋敷殺人事件」のタイトルだけはご存じなのだろう。


「そうですか。これは困りました。『ラティオ』主宰としてネタバレは避けたいところではあるのですが……」


 ピクリ、と殿下のみならず王妃付きの女官たちの間にも緊張が走る。

 う~む、お買い上げありがたい。


 殿下の後ろに控えている女官二人が、そういった反応を見せるのなら、この部屋で控えている他の侍女たちの反応も窺いたいところ。

 かといって、本当にそんな事をするわけにはいかないし、私の後ろに控えているアウローラが何より怖い。


 窓ガラスにぼんやりと映る部屋の様子だけで、我慢しておこう。


 ……それにしても広いし、豪華な部屋ね。

 でも、今みたいな話になるのなら離宮のメイプレ宮の方が良かったような気もするんだけど。あまりにもプライベート過ぎるし。


 もっともメイプレ宮の居室がここよりも質素だという保証も……


「ネタバレが嫌なら、何とか工夫なさい」


 思考が脇にそれ過ぎた。


「そうですね。工夫しましょう。――『竹屋敷殺人事件』では探偵役として、推理作家が登場するわけなのですが――そのモデルがパテット・アムニズです」

「まぁ!」


 殿下が目を見開いた。羽扇で口元を隠してはいるけど……これはかなり好感触。

 「竹屋敷殺人事件」はヒストリエに無理を言って書いてもらった作品だから、割との部分が多いのよね。


 ちなみに問題の「竹屋敷」とは、トウケンの住む庵がモデルだ。アハティンサル領を知っている者なら、すぐにピンと来すぎてしまう。


 ……待てよ? このままだとトウケンのところに観光客が行ってしまうのか。今のうちに、もう一軒建てて貰っておいた方が良いのかもしれないわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る