スイーレの目的

 「湖の宮殿」とは王国の首都を指す名称であると同時に、政務の中心地を指す言葉でもある。そして、その名が示す通り、ラクス湖の湖畔にありアキエース王家の居城の名前でもあった。


 新年には、王国の貴族、それに帝国や神聖国、それに海洋国からの使者も訪問し、新年を寿ぐ――といった儀礼的な催しが行われている。


 前年、突然王家の一員となってしまったクーガーも、代官を務めるアハティンサル領から、婚約者のルースティグ伯爵令嬢ラナススイーレと共に新年の挨拶に訪れた。

 その時に、日頃からクーガーの親衛隊を自認している、アハティンサル領の青年たち――シンコウ、シショウ、ソウモの三人――が同行したのである。


 今までアハティンサル領の領民たちが、これほど深く王国に関わってくるのは珍しい、というか初めての事であったので、奇異の眼差しが三人に向けられることになった。


 ただこれについては三人も負けず劣らず、周囲に奇異の目を向けていたので、どっちもどっちである。それに加えて、三人は奇異の目を向けられても大人しくはならなかった。


 何しろ「クーガーの護衛」という、あまり意味が無い役目に拘り、王の御前であっても武器を手放そうとはしなかったのだから。


 そしてクーガーはそれに全く注意を促さない。王宮の衛兵、侍従などはクーガーに苦言はするのであるが、


「あのなぁ。俺がと思ったら、武器持っててても持ってなくても、同じことだぞ?」


 と、言われてしまい結局、クーガーだけは武器を預けるという半端な形を受け入れてしまっていた。

 その後の王との謁見にも三人は武器を持ち込んでしまう。前代未聞であることは言うまでもない。


 こういう掟破りが最終的に許可されたのは、王自身がそれを「良し」としたからである。親子の名乗りだけは済ませていた王とクーガーではあったが、それ以降親しく交わることは無かった。


 クーガーとその配下に甘く接したのも、親として思うところがあったのだろうと噂されている。

 ただ、こういった豪胆な――あるいは自棄になったような――対応については、三人はもとより、クーガーも思うところがあったらしい。


 新年の挨拶が終わり、領に引き上げてきた三人は、


「あれはあれで豪胆な王だった。兄貴の親父さんだけの事はある」


 と、王を評しているし、クーガーもどこかしら気分が良いようだ。


 ヘイブはそういった若者たちの変化、それに精神こころの柔軟性について喜ばしいものを感じていたのだ。一抹の寂しさはあるものの、アハティンサル領がただ枯れてゆくだけのような状況よりはずっと良い、と。


「許可も何も……あいつら勝手についてきただけだぞ。スイーレは『親衛隊達の乗馬の練習になる』っていって、むしろ積極的だし」

「奥方様にもお礼を」

「いや、スイーレは『湖の宮殿』行った時……まぁ、それはいいや」


 「湖の宮殿」に到着したラナススイーレことスイーレは、全くクーガーたちを相手にしなかった。自分が主宰する「ラティオ」の業務に掛かり切りになっており、宮殿の催しよりも、その周囲で行われていた民間の新年会に出ずっぱりだったのである。


 「ラティオ」というのは、スイーレが手掛ける推理小説ミステリー専門のレーベルである。貴族のお遊びと見られることもあったが、スイーレの厳しい審美眼によって、レーベルは一定のクオリティを保っており、堅調な売り上げを見せていた。


 スイーレがミステリーにかける情熱は半端では無いので、「ラティオ」関係の行動を邪魔をしたり口を出すのは危険だとクーガーも弁えている。

 未だに婚約状態なのに「奥方」呼ばわりされることを、許可してもらっているのだから、スイーレも譲歩している――とクーガーは思い込もうとしていた。


 スイーレの為人についてはアハティンサル領でも周知の事であり、クーガーのこういった反応については、領民たちは揃って生暖かい眼差しを向けることが慣例となっている。


 アハティンサル領の黒幕――という表現は大げさではあったが、スイーレがあれこれと画策しているのは本当の事で「湖の宮殿」へと繋がる道の整備に始まり、領を交易の中継地として計画。


 さらには「ラティオ」で抱えている、ヒストリアという作家にアハティンサル領を舞台とした推理小説を上梓させ、王国にこの東の果ての領をアピール。


 これらの計画は、全くスイーレの個人的な欲求を叶えるためのものであったのだが、結果として領のためになっている辺りが非常に悪辣――始末に悪いとしておこう。


 スイーレ自身も「自分のため。貴族令嬢らしくわがままをやっているだけ」と断言しているので、領民からの感謝も受け取らないという捻くれ振りなのである。


 こうなると、戦いにおいては暴君さながらのクーガーが、それ以上の暴君を抑えるために存在しているように見えてしまう。そのせいか、この二人の結婚について、今までは王国を眇目で見ていた領民たちも、


 ――王国よくやった。


 と内心では賛辞を送っている始末であった。


 ヘイブはそういう顛末を思い出しながら、流れのままに、


「――奥方様は先日また、『湖の宮殿』に向かわれたと聞いておりますが」


 と、クーガーに確認した。


 つまりこの領には現在、スイーレがいないという事になるのだが、その割にはクーガーの機嫌が良いように思えることが、ヘイブには不思議だったのだ。

 新年の挨拶を終えて、しばらくは行く必要もないはずであり、そうであるならクーガーの心中も穏やかではないだろう、と考えるのも無理はない。


 しかし、クーガーはその質問ににんまりと笑みを浮かべる。


「いやぁ、それがさ。今度のは本格的に俺との結婚を進めるために『湖の宮殿』に改めて行かなくちゃならないって言うんだよ。それならしかたねぇなぁって……あと新作の宣伝もあるって言ってた」

「おお。ついに、ですか」


 ヘイブは大いに納得し、幸せそうなクーガーの様子を見て、彼自身も笑みを浮かべた。代官の幸せを我が事のように喜べる、今の環境に幸せを感じながら。


----------------------

次回から、長くなるであろうスイーレの一人称がずっと続きます。


ご了承下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る