九号室の怪
文鳥亮
第1話 完結
昭和の末期ごろの、ある個人病院。
夜勤のナースが息せき切って駆け込んできた。明るくて患者にも人気の子だ。
「ああ、フミオ先生、良かった~! たいへんなんです~!」
「ん、どうした?」
彼はたまたまナースステーションでカルテを確認していた。
「九号室、
「なんだと!?」
急いで二人で行ってみると、開いたドアからベッド上の“患者”が見えた。それは全身が繃帯でぐるぐる巻きにされ、よく漫画に出てくるミイラのような恰好だった。
「なんだこれ、‥‥‥人じゃないだろ? いつからあったんだ?」
近くでそれを見て、彼はとまどった。
「分かりません。電気がついてたんで、おかしいなと思ったら‥‥‥」
と、いきなりバチンと灯りが消えた。
「きゃっ」と彼女が背中にしがみつく。
彼はグラマーな感触を楽しみながら「おいおい、慌てるな。警備員に連絡してくれ。停電と不審者だ」と指示した。
「は、は~い」
彼女は暗い廊下を走っていった。
窓からは満月の明かりが差し込み、白っぽく横たわるそれを浮かび上がらせる。彼は手の込んだイタズラだと思った。
人形だろ、これ。
だが下手人はまったく思いあたらない。
「ったく、こんなもん置きやがって」
言いながら頭の部分を
さて、少し待ったが、誰も来ない。
「しょうがねえな。ちょっと中身見てみるか」
彼は頭の繃帯をほどき始めた。最初は慎重だったが、やり始めるとどんどんスピードアップする。
「うわ!」
出て来たのは頭蓋骨だ。なぜか黒っぽいが、学校の理科室にあった骸骨模型にも見える。
「ふざけやがって。誰だ、こんなことしたのは」
「あたしだよぉ」
後ろから声がした。
ぎょっとしてそちらを向くと、病室の入り口に女が立っている。気配もなかったが、ぼろぼろの服装はナースではない。
「なんだあんた! どっから来た!?」
しかし、女はゆっくりとフミオに近づいてくる。薄明りに浮かび上がった顔は黒く汚れ、ところどころ崩れている。映画でよくあるゾンビにも似ている。
と同時にドアがバタンと閉まり、ほどいてあった繃帯がシュルシュルっと背後からフミオの首に巻きつき、さらには両端が上のカーテンレールに絡み付いて、フミオの首を吊り上げた。
「うげぇ!」
彼は繃帯を外そうと
「誰なんだお前‥‥‥やめろ! 助けてくれ‥‥‥」
「まだ思い出さないの? 〇×病院を。あんたが失敗したせいであたしはすべてを失ったんだよぉ」
「なにぃ?」
薄れていく意識の中で彼は必死に記憶をたどった。〇×はここの前に勤めた病院だが、医療ミスがもとで焼身自殺を図った女性患者がいたという。
「それは俺じゃない。人違いだ! 逆恨みはやめ‥‥‥」
言い終わらないうちに視界が真っ暗になった。
フミオはあっけなく‥‥‥
———そこでガチャっとドアが
「フミオ、聞こえないの! ごはんよ‥‥‥ってあんた、何し‥‥‥」
顔を出したのは姉だ。
フミオはちょうどプロローグを書き終えたところだった。
— 了 —
九号室の怪 文鳥亮 @AyatorKK
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