湯を沸かすほどの熱い愛

最後に焼いたほうがよかったのは、お母ちゃんではなく、お母ちゃんのお母ちゃんだったのではないか(ホラー)


見る前は、押し付けがましいタイトルとフォントだなと思ったが、

見終わってみると、これしかないと思えるタイトルとフォントだと思った。

ゴシック体とか、柔らかい暖色では、双葉(宮沢りえ)の愛は表現できない。


この映画にあるのは、湯を沸かすほどの激しい愛だ。

強い愛であり、過剰な愛だ。


人生はままならない。

双葉ぐらい、ちゃんと生きてる人間でも、ちゃんとした幸せは手に入らなかった。

旦那(オダギリジョー)は店を放り出して失踪する。

娘(杉咲花)は学校でいじめに遭う。

自分は余命宣告をされる。

旦那を見つけたら、旦那がよそで作った子供(伊東蒼)を抱え込む羽目になった。


それでも、ちゃんと生きようとする。

残り少ない自分の時間を正しく生きる。

不幸に溺れず、逃げ出さず、やるべきことをする。


やるべきことというのは、負の連鎖を自分の代で断ち切ることだ。

娘たちは二人とも産みの母に捨てられた子供、つまり自分だ。

娘たちにできる限りのことをする。

愛されたという実感を与え、強く育てる。


双葉はいじめを受けている安澄に厳しい。

優しく接することなんて簡単だ。

でも、誰もその後の責任なんてとってくれない。

双葉の厳しさは、安澄の人生に寄り添い続けることができないがゆえの焦りでもあり、お手本となるべき母を知らないがゆえの全力でもある。加減が分からないほうが当然だ。


この段階で安澄を産みの母に会わせいったのは、余命のせいだが、手紙を書かせていたり、手話を習わせていたり、ここでも愛が過剰だ。


最後の安澄との会話が双葉の人生の解なら、安澄の愛も自分が独占したかったはずだ。


なのに双葉は安澄が将来、産みの母と仲直りしやすいよう手助けをしていた。愛が無償すぎる。


双葉の一番切ないシーンは、自身の母に会いに行くところだ。

待ち時間の間、自分の身なりを気にしたり、車椅子なしでは満足に歩けないのに、無理をしてでも歩いて行こうとする。


それに対する母のアンサーが、アレだ。


やはり焼くべきは双葉の遺体ではなく双葉のは(以下略)


一浩(オダギリジョー)はあの風呂に入る資格はないと思う。


双葉には男を見る目がなかったわけだが、自分なしでは生きてはいけないような男を無意識のうちに選んでいた節はある。結婚を決めた歳で不妊がわかっていたかどうかはわからないが、双葉が求めていたのは強い絆で、夫や娘が自分を強く求めてくれることが何よりの願いだったのだ。


(実子を作らなかったのか作れなかったのは不明だが、双葉の強さから考えて、実子が生まれても安澄と平等に育てる自負はあっただろう。結果としては、一浩に連れ子がいたことが双葉にとっても幸福だったわけで、禍福は糾える縄の如しだ)


実際には、一浩は想像をはるかに超えたダメ男で、双葉は字義通り死ぬまで苦労させられることになる。


一浩は最悪のギリギリ一歩手前の人間だ。


一歩手前なのは、一人になった子供を見捨てはしなかったところだ。

鮎子(伊東蒼)に関しては自分の子供かどうかははっきりしないけれども、放っておけないから一緒に暮らす。それぐらいにはいいところがある。

しかし強い男ではない。

双葉に連絡しておけばよかったのに、浮気や子供のことを言う勇気はなかった。

そのせいで、双葉や安澄を余計に悲しませることになる。

実にダメな男なのだ。

拓海(松坂桃李)とのスナック行きは理解不能の奔放さだ。

子供を働かせておいてそれはないだろう。

マジのマジで最悪のギリギリ手前だ。

お前に風呂に入る資格はない。


だがまあ、そんな旦那や、安澄の産みの母も含めて、包み込もうとしたのが双葉の愛だ。

安澄と鮎子の面倒をしっかりみやがれよ、と言う脅迫も多分に含まれているとは思うが。


そしてこの映画は双葉と安澄の物語だ。

最後の最後で安澄が言う。


「絶対、お母ちゃん、ひとりぼっちになんてしない」


母は天国で待っていると信じていたが、母は天国でもこの世でも自分を待ってはいなかった。けれど娘は自分を想ってくれていた。血のつながりはなくても、母だと思ってくれていた。その熱い愛を胸に、命を終えることができる。人生は無意味ではなかったのだと。


物語についてばかり言及したが、キャストがとてつもなく素晴らしかった。


あの年であれだけの演技を見せた杉咲花に圧倒されたのはもちろん、宮沢りえもすごかった。特に入院以降の芝居は圧巻で、ほぼほぼこの二人の女優力にのみこまれてしまった。

オダギリジョーも良かった。彼でなければ一浩はもっと不愉快な男になっていただろう。


湯を沸かすほどの熱い愛。

双葉の愛は、時に過剰で、時に苛烈で、そして何よりも圧倒的に熱かった。

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