第3話


 男は自動ドアが開くのを待ちきれぬ様子で、半開きの自動ドアへ駆け込んだ。


 商品棚に目を遣るでもなく、一心不乱に目的地を目指す。


 目的地の扉を開けた後、元より蒼かった男の表情はより蒼白となった。



 理由は単純である。


 男女兼用トイレの鍵表示が赤くなっていたのだ。

 使用中。



 男は絶望感に襲われながらも、ある事に気が付く。

 女性専用トイレが空いているという事実。


 ――だが、男は躊躇した。


 ドアに『女性専用』と大きく明記された世界へ入る事への背徳感。


 しかし、男にはさほど時間は残されていなかった。

 己の罪悪感を払拭する為、店員に事情を説明しようと考えた。

 大義名分を得られれば、罪悪感は生じない。


 そう考えた男がトイレ前の扉を開けた瞬間、入れ替わりで女とすれ違った。


 そこで男は愕然とした。


 女は颯爽と女性用トイレに入っていったのだ。



 脳裏に焼き付いたのは、自分を見て薄く笑みを浮かべた女の表情だった。




      完  

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深淵を覗く時…… 麻田 雄 @mada000

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