第34話 本当の戦いは…

 *


「……先輩」


 ライトがサヤと別れてから、二十四時間が経過した。結局、彼女は――待ち合わせ場所に来ることはなかった。それはつまり、サヤの敗北を意味している。

 現在、ライトは十条病院の前に立っていた。なぜ戻ってきてしまったのか。まだ、病院にはあの霊能力者の少女がいるかもしれないのに。はっきり言うと、今でも逃げ出したいと思っている。だが――それ以上に、サヤの安否が気にかかっていた。


「……よし! 行くぞ!」


 分かってはいる。サヤがこの世にいる可能性は限りなく低いということに。だが、信じたくない。この目で確認するまでは――信じたくなかった。

 意を決し、病院に入る。すると、まず奇妙な異変に気付いた。


「……オーブが、いない?」


 この十条病院には常にどこかにオーブが漂っている。どこの部屋に行っても、必ず一体は見かけるほどだ。だが、現在、オーブの姿はどこにも見られない。あの霊能力者の気配を察し、どこかに避難してしまったのか、それとも――っ。


「……あいつに、消されたか」


 どちらにしても、進むしかないだろう。床をすり抜け、ライトは地下へと潜った。


「……っ⁉」


 そこにあったのは激闘の戦跡。ライトですら、感じ取ってしまった。ここでどれほどの規模の戦闘が行われたのか。そして……サヤはもう、この世にはいないということを。


「ク、クソッ……なんでだよっ! 戻ってくるって、言ったじゃねえか!」


 やはり、あの時、彼女と一緒に戦えばよかった。一人でのこのこ逃げ去った結果がこれだ。自分が情けない。男としても、後輩としても、彼女の力になれなかったことが、ライトにとっての最大の後悔だった。悔やんでも、悔やみきれない。


「……見つけた。最後のひとり」

「――ッ⁉」


 その時、背後から――声が聞こえた。間違いない。この声はあの霊能力者の少女。彼女はこの病院内でライトが来るのを待ち伏せていた。


「動くな。振り向いたら……殺す」

「…………」


 ライトは背を向きながら、怒りの形相を浮かべる。だが、これは……好都合だ。彼女の仇を取ることができるのだから。

 無論、勝てるとは思っていない。あのサヤですら、敗北を喫した相手である。自分のような矮小な幽霊では決して敵わないだろう。

 だが、一矢報いる程度はできるはず。先輩、力を貸してください……ライトはサヤに願った。


「覚悟はいい? 遺言くらいは聞いてあげる」

「……あぁ、そうかい。じゃあ、一言だけ」


 すうと、ライトは深呼吸をする。そして、拳を握りしめる。


「……くたばれェ‼‼‼‼‼」


 そして、くるりと振り返り――拳を振り上げた。



「なーんちゃってぇ! 実は私でしたああああああああ‼‼‼ どっきり大成功!」

「……え?」


「おいおいおーい! なーにシリアスな顔してんだよぅ! サヤ先輩のご帰還だぞぉ!」

「……は?」



 ライトは口をぽかんと開け、呆気にとられる。自分は夢でも見ているのか。だとしたら、最悪の悪夢だ。消滅したはずのサヤが――目の前にいる。


「な、何が……どうなって……」

「だーかーらぁ! 私が声真似してたの! どう? びっくりした? びっくりした?」

「あ、あわわ……あわ……」


 こんな悪趣味なドッキリを仕掛けるのは――この世で一人しかいないだろう。


「お? どうした? おばけでも見るような顔してんぞ」

「い、いや……そ、そこは……そこは……」

「ん? そこは?」



「そこは死んどけよ!」

「はぁっ⁉」



 再会後、開口一番に出たその言葉に、サヤは困惑する。だが、それ以上に今の状況を呑み込めていないのはライトだった。


「いや! なんで生きてるんすか! 完全に死んでる流れだったじゃないっすか! わーっ、恥ずかしい! 恥ずかしい! ずっとシリアスムードだった自分が恥ずかしい! 殺したい! 自分を殺したい! というか、先輩を殺したい!」

「あぁっ⁉ 誰に向かって生意気な口叩いてんだっ! お前が死ね!」


 そう言うと、サヤはライトに向かって掌打を放った。


「ぶへっ⁉」

「まったく……なんだよ。せっかく蘇ってやったのに」

「く、くくくっ。ふふふふっ」

「え、なに。きもちわるっ」


 殴られたにもかかわらず、へらへらと笑い出すライトに対して、サヤは少し引いてしまった。少し、強く殴りすぎてしまっただろうか。


「い、いや本物だって思って……せ、先輩。本当に、先輩なんですね」

「……おう。当たり前でしょ」


 その横暴な態度に、ライトは確信する。この者は確実に、サヤ本人だ。本当に、彼女は――蘇ったのだ。


「でも、どういうことっすか? 先輩、あの霊能力者に負けたんですよね?」

「ん? あー……うん。負けたのは間違いないし、実際に、一度は死んだよ。いや、正確に言うと二度目か」

「じゃあ、なんで……」

「気付かない? この病院に起こった変化について」

「えっ、それって……もしかして、オーブの件ですか?」

「そう。多分、私は……オーブちゃんに生かされたんだと思う」

「どういう……ことっすか」


 てっきり、オーブはあの霊能力者に駆逐されてしまったのだと思っていたのだが、サヤを生かしたとは――どういうことだろうか。


「私ね。消える瞬間に……オーブちゃんが傍に現れたのを覚えてるんだ。で、目が覚めたら、なぜか、あいつに負わされた傷が全部回復してて、この地下室で寝転がってた。その時……何となく、分かっちゃったんだよね」


 サヤは自分の胸元に手を置く。


「オーブは魂の欠片。それが複数集まれば……消えかかった命の灯も、また燃え出すかもしれない。もしかしたら……ここの病院にいるオーブちゃんたちは、一つの塊になったのかもしれない。それが、新たな魂になって、私を蘇らせたのかも」


 この短期間にオーブがすべて消え去り、サヤが復活した理由。両者の現象を考慮すると、これしか納得できる理由が考えられない。そうサヤは判断した。

 そして、その推測は恐らく正しいだろう。死の淵から還ってきた彼女がそう直感したならば、それが最も真実に近いはず。


「まさか、オーブが……あり得るんですかね。そんな話」

「確証はないけどね。でも、そうだったら……ちょっと嬉しいなって」

「……そうっすね」


 この病院の第三の住人、オーブ。結局、彼らが何を思い、どこへ行ってしまったのか。それは不明である。ただ、彼らにも同胞としての感情があり、サヤの命を救ったのなら――感慨深いものがある。


「じゃ、とりあえずここの片付けするか。今日も客来るかもしれないし」

「……えっ⁉」


 その言葉に、ライトは驚愕する。今、何と言ったのか。まさか、ここまで痛めつけられて、まだこのお化け屋敷を続けるつもりなのだろうか。


「じょ、冗談ですよね……? あんな目に遭ったのに、まだやるつもりなんすか?」

「はぁ? もしかして、お前、ビビってんの?」

「いやいやいや! またあいつみたいなのが来たらどうするんすか! 今度こそ、二人仲良くあの世行きっすよ!」

「バカ野郎! 今回はちょっと油断しただけ! 本当なら、私が勝ってたの! それに、あいつはもう私が完全に消えたと思ってるから、もう来ないって」

「でも……」


「それともなに、あいつに怖気づいて、このままジメジメとした場所でずっと暮らしたいの? これから夏、毎晩、毎晩、やかましく騒がれて、その後片付けをするだけの生活でいいの?」

「…………」


 確かに――それはそれで、嫌である。人間たちを見逃すということはやりたい放題のやられたい放題。好き勝手に荒らされてしまうだろう。それを毎回掃除しているライトにとっては仕返しをする機会がなくなってしまう。


「もしかしたら、この前みたいにヤリ始めるやつらも出てくるかも……」

「はぁっ⁉ そんなの、絶対許されないっすよ! ぶっ殺しましょう! 先輩!」


 やはり、ライトも――この病院で過ごすうちに、サヤの色に染まってしまったようだ。幽霊の本分は人間を怖がらせること。人が呼吸をするように、恐怖が彼女たちのエネルギーになる。


「よーし! そうと決まったら、やるぞー!」

「うおおおおおおおおおおお!」


 サヤとライト、二人の先輩後輩幽霊の本当のたたかいは――まだ始まったばかりである。



 了

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幼女幽霊のサヤ先輩 海凪 @uminagi14

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