第33話 決着
*
『……いや、あのさぁ。あれ、あんなところに置いたやつ誰だよ』
『誰って、
『お前も私じゃねえか! 早く止めろ! このままだと……全滅だぞ!』
サヤは増殖体同士で念波を飛ばし、自分自身に責任を押し付けながら、会話していた。
『だ、誰か……あのバットを取り上げ――ぶへっ⁉』
また、増殖体が一体潰されてしまった。これで、残り十体。いよいよ、後がない。
完全に、勝負の主導権を握っていたのはサヤである。だが、あのバットを少女に渡してしまったことにより――形成逆転してしまった。
サヤの切り札である分裂と増殖。この技は肉体を増殖し、それぞれに自身の魂を分割させ、相手を袋叩きにするという力業。だが、その分の個体の耐久力は下級霊のそれと変わらないほど落ちてしまう。
『ど、どうしよう……最後の一体を潰されたら、私も復活できなくなる。誰か! 何とかしてよ!』
『んなこと!』
『言われても!』
『どうすればいいんだよ!』
『あ、あわわ……また三体やられた……』
そうこうしているうちに、確実に数を減らされている。残り七体。これだけで、何とかしなければならない。
『よ、よし……こうなったら、一斉攻撃だ。全員でやるぞ』
単独では勝負にならない。ここは人数差を活かすのが最良。いくら彼女でも、一度に七人の攻撃に対処することはできない。それに――まだ一度も見せていない、隠し玉もある。初見でしか通用しないだろうが、それが最後に繰り出す技なら何も問題はない。
『いっけえええええええええええええええ‼‼‼‼‼ 突撃いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼‼‼‼』
その合図と同時に、七人のサヤの増殖体が一斉に襲い掛かった。
「……っ」
リーチに勝るバットを装備していると言っても、一度に七人が襲ってくるとなると話は別である。一度の薙ぎ払いで対処できる数は三体が限度だろう。
ブンッ
『ぐえっ』
サヤの読み通り、少女のバットの一振りによって、三体の増殖体が消滅する。だが、この隙は大きい。二体の増殖体が――バットを掴んだ。
「チッ……」
『よっしゃああああああああああ』
『獲ったどおおおおおおおおおお』
『ナイス! 私!』
残り四体。だが、バットさえ掴んでしまえば、この数でも仕留められる。更に増援として、少女の背後から一体の増殖体が姿を現した。
シュルルルルルル
「これは……髪⁉」
そう、これが最後の最後に温存していたサヤの隠し玉。髪を伸ばし、相手を拘束する。実に単純な技だが、奇襲性には優れている。髪はバットに巻き付き、そのまま部屋の隅へ弾き飛ばす。
『もらったァー!』
三人の増殖体で、動きを止めることに成功した。あとは――トドメを刺すだけ。最後の一体が少女へと駆け寄る。
「……あぁ。良かった。こっちから、近付く手間が省けた」
「――っ」
絶対絶命。そんな状況にもかかわらず、少女は――笑みを見せた。その不気味な表情に、最後の増殖体の足が止まる。
その瞬間、少女の全身が、謎の輝きを放った。光はあっという間に周囲の三体の増殖体を包み込む。
「こ、これは……っ!」
やられた。幽霊にとって、一番の弱点。それは生命力だ。
通常、霊が町中に現れることはない。それはなぜか。人々がそこら中にあふれているからだ。極端な話、除霊をするには特別な能力なんてものはいらない。人混みの中に、幽霊を放り込めばいい。それだけで――幽霊は反発する生命エネルギーに耐えられなくなり、消滅してしまう。
心霊スポットと呼ばれる建築物が人里離れた場所にあるのはそのせいだ。人間という存在自体が、幽霊にとっての天敵でもある。だからこそ、サヤやライトはこのような場所に住み着き、なるべく人と関わらないようにしている。
つまり、もしも、その生命エネルギーを直に浴びてしまったら――炎に身を焼かれるのと同じ。増殖体では耐えられない。
「はっ……向こうも、隠し玉があったってことね」
「……そういうこと。これで、一対一」
少女にとっても、この技はあまり使用したくなかった。確かに、霊にとっては非常に有効な一手だが、かなりの体力を消費してしまう。これを出してしまった時点で、長期決戦は不可能。ある意味、その場しのぎの自殺行為に近い。
「それ、かなり体力消費するでしょ。息、上がってるけど。もしかして、限界が近いんじゃないの」
「……それは、そっちも同じ。残り一体。もうこれ以上、増殖はできない」
「ふんっ、バレてたか。どっちも満身創痍……ボロボロってことね」
「……うん。だから、これで最後」
ちらりと、少女はバットの方向を確認する。だいぶ遠くに飛ばされてしまった。取りに行くのは不可能だろう。あれだけの距離を、敵に背中を晒して移動するのはリスクが高すぎる。
少女は構えを取る。どちらも後がない。つまり、次の攻防が――正真正銘、最後の戦い。これで、すべてが決まる。
「…………」
「…………」
両者の間に、沈黙が発生する。互いに、意識を集中し、数十秒先の未来を読み合う。そして、二人は同時に――駆け出した。
「…………ッ!」
「…………っ!」
両者ともに、最後の攻撃は何を繰り出してくるか分かっている。サヤは髪の毛、少女は生命エネルギーの放出。互いの手札を把握しているからこそ、それらをいかに回避し、相手の思考を上回った攻撃を繰り出せるか。その結果で勝負は決まる。
「そらッ!」
サヤは髪の毛を伸ばす。その毛量は先ほどよりも更に上回っており、前方を覆いながら、少女に襲い掛かる。
地上からでは、その髪から逃れることはできないだろう。そう判断した少女は床を蹴って跳躍し、宙へ飛んだ。
「勝った! そこだっ!」
この時点で、サヤは勝利を確信した。空中では身動きを取ることはできない。両者の距離はまだ数メートルは離れている。このまま、髪の毛を彼女に向かわせれば――勝てる。
グルンッ
だが、少女は空中に浮かんだまま、体を大きく捩じり、更に髪を回避した。
「うっそでしょ⁉」
その人間離れした動きに、サヤは驚愕する。不可能だ。あの姿勢から、攻撃を回避するなんてことは――体操のオリンピック選手でも、成し遂げられないはず。しかし、彼女はやり遂げた。
少女の拳には生命エネルギーが宿されている。恐らく、その掌打を浴びれば――今のサヤでは耐えられないだろう。髪の毛による攻撃が回避されてしまった以上、次はあちらの番。勝敗は――決した。
「なッ……⁉」
だが、その瞬間、少女の姿勢は大きく崩れた。そして、拳をサヤに命中させる前に、地へ伏してしまった。
「こ、この……痺れは……」
突然、腕に強烈な痺れを感じてしまった、少女はその原因を探ろうと、自身の腕に視線を移す。そこには――数本の髪の毛が巻き付いていた。
そう、これが……最後にサヤが張った罠。バットを奪った際に、何本か気付かれないように髪を腕に残していた。これで、身動きは封じた。サヤは――彼女の首に、手をかける。
「…………ッ!」
「くっ……かっ……」
頸動脈を圧迫して、失神させる。これで、すべて終わりだ。あとは気を失った少女の記憶を消去し、元通り。最初から、サヤは彼女を手にかけるつもりはなかった。
同時に、少女もサヤには殺意がないことに気付く。あぁ、まったく――この幽霊は本当に……こちらは常に命を奪うつもりでいたのに、彼女は最初からその気がなかった。あまりの甘さに拍子抜けさせられる。
その甘さが、命取りになるのだ。
ピシャッ
「……っ⁉」
「……ワタシの勝ち」
少女は――口から、何かを吐き出した。それを浴びた瞬間、サヤの視界が揺れる。
何を吐き出したのか。そんなものは決まっている。彼女が最も信頼している強力な武器である聖水。それを、放たれた。
「あぐッ……⁉ な、んで……」
「……ワタシはいつも、緊急用に、奥歯にカプセルを仕込んでいる。このカプセルの中には少量の水が入っている。ただの悪あがきだけど、アナタにとっては致命傷。これが本当の
少女は――最後の最後まで、策を隠していた。相手が勝利を確信した瞬間に、確実にこの一撃を与えるために。その術中に、見事に嵌ってしまっていた。
「う、ぐううううううう……」
ふらふらと、サヤはその場で足を揺らす。駄目だ。今の一撃は決定的。存在を――保てなくなる。
確実な死が、すぐそこに迫っていた。恐らく、もう十秒も満たない。十秒後には――サヤという存在はこの世から消えてしまう。
「い、嫌だ……逝きたくない……やだ……やだ」
「…………」
その場で倒れこみ、命乞いにも近い呟きをするサヤを――少女はただ、じっと見つめていた。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。まだ、やり残したことが大量にある。ここで終わるなんて――そんなの、嫌だ。そんなサヤの後悔は目の前にいる少女への怒りに変わる。
なぜ、自分がこんな理不尽な目に遭わなければいけないのか。そうだ。全部、こいつが悪い。死ね。死ね。死ね。
「シ……ネッ」
最後の力を振り絞り、サヤは――床に転がっているナイフに向けて、念力を飛ばした。ふわりと、ナイフは宙に浮く。少女はまだ――気付いていない。
これで背中を刺せば、あいつを道連れにできる。このまま一人で死ぬなんてことは許されない。彼女にも、然るべき報いを与えなければ。その背に向けて、サヤは――ナイフを発射した。
ビュンッ
一直線に、ナイフは少女に向かう。そして、その刃が彼女の肌を貫こうとした寸前で――
「……っ」
やはり、人殺しは――できない。最期の最後でも、彼女のその意思が変わることはなかった。
憑依していた肉体が消え去る。だが、崩壊が止まることはない。霊体の姿になっても、サヤの姿は消えかかろうとしていた。
「あぁ……あっ……足が……」
つま先から、サヤの消滅が始まる。彼女の自慢の足が――消えていた。
「……あぁ。これはもう無理か。ごめん、ライト。約束……守れなかった」
そして、サヤは――その場から消え失せた。
「……終わったか。あぁ、本当に、強敵だった」
それを見届けた少女は疲労、困惑、そして後悔が混じった溜息を吐く。まったく……後味の悪い仕事だった。あんな幽霊と出会ったのは初めてだった。もしも、生前に、同業者として出会えていたら……また違った関係を築けたかもしれないのに。
カランッ
「……え?」
その時、背後から何かの金属音が聞こえた。少女はくるりと振り返る。そこには一本のナイフが落ちていた。
「……今、落ちた? なんで、こんなところにナイフが……ッ」
そして、彼女は――すべてを察した。自分は生かされたのだ。あの霊は自分を殺すことができたのに、躊躇し、踏み留まった。
幽霊は心の枷がない。一度、殺意の感情に芽生えれば――必ず、呑み込まれる。だが、あの幼女の幽霊はそれに耐えたのだ。最後まで――人間の気高い心を保っていた。
「……さようなら。アナタのことは忘れない」
廃病院で出会った奇妙な霊に別れを告げ、少女はその場を去った。
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