第26話 浅見さんとのデート

 この動物園の目玉。それは言わずと知れた大熊猫。すなわちパンダである。

 今日も今日とても看板アニマルのパンダ君は大人気で、とてもじゃないけど堪能は出来そうにない。


 「カンカン……」


 浅見さんはどうやらここのパンダのカンカン君が推しなようだ。

 俺には皆同じに見えるけど、浅見さんのテンション的に、今は奥で休憩中みたいだな。


 ……ずっとここにいてもしょうがないし、いっそ移動しようか。


 「先に他のところ行ってみようよ。もう少ししたら人も少しは捌けるんじゃないかな」


 「……あっ、うっ、うん! そうだねっ!」


 人混みを掻き分け外へ出ると、思いの外西日になっていた。閉園まで1時間と少しって感じの空模様だ。

 全動物を見なきゃいけないわけじゃないけど、入場料を払っている以上、堪能はしたい。しかし、時間が足りない。


 「どうしようか。どこか行きたいところある?」


 「あっ、えっと、ハシビロコウ見たい」


 「ハシビロコウ……場所的にはそう遠くないね」


 「うん、じっとしててかわい──あっ! たっ、たかなしくん、うさぎ! うさぎさん触れるって!」


 「えっマジ?」


 「ほら! あそこ!」


 浅見さんの指指した先には、小さな柵に囲われたイベント会場のようなコーナーがあった。

 立てられた看板には、確かに『うさぎさんふれあいコーナー』と銘打たれている。


 「これは……行くしかない」


 「うんっ!」


 俺たちは反射のように駆け出した。



* * *



 「うさぎさんは高い所が苦手だから、正座して、こうやってお膝の上で抱っこしてあげてね〜」


 スタッフのお姉さんが実際に見本を見せてくれる中……


 「……」


 俺の元には1羽も来ない。

 昔からそうだけど、俺はあまり動物に懐かれないタイプらしい。

 浅見さんの方には群れくらい集まってるんだけどな、この違いは何なんだろうな。


 「あっ、えっと、リ、リラックスするといい、よ……?」


 と、俺を憐れに思ってくれた浅見さんからのアドバイスだ。


 「うさぎさんはね、人の気持ちがわかるから、たかなしくんが、きっ、緊張してると、うさぎさんも怯えちゃうんだ」


 「なるほど……わかった。ありがとう」


 リラックス……リラックス……


 あれだ。丹田呼吸法だ。おへその下を意識して呼吸するあれ。

 心頭滅却すれば火もまた涼しの精神で、目を閉じて、精神を落ち着かせる。

 今の俺に敵はいない。生類皆友達。


 全集中──丹田の呼吸。


 「ふぅ……」


 目を開けると、そこには1羽だけ、茶色のうさぎがいた。ぷるぷると震えながらこちらをじっと見つめている。


 目と目が合って、見つめ合う。


 ……可愛すぎる……今すぐ抱きしめたい衝動が止まらないっ……!


 ──が、駄目だ。我慢だ。リラックスだ。

 うさぎに埋もれた浅見さんも、うんうんと頷いてくれている気がする。

 あれだけうさぎに愛されている浅見さんだ。きっとあのアドバイスは正しい。


 リラックス。

 そして、動物は下から撫でるのが鉄則。


 落ち着いて、ゆっくり、そ〜っと……


 そして、指先にふわっとした毛が触れた。同時にビクッと身を震わすうさぎ。

 しかし逃げない。これは抱ける。


 思い切って抱き抱え、ついに、うさぎが俺の膝の上にちょこんと乗った。


 モフモフしてて、少し硬くて、草のいい匂いがして、ぷるぷると震えている。

 でも、逃げない。なんだかんだで撫でさせてくれている。


 きっと、使い魔先生もといモフエゴ先生もといエギーちゃんも、こんな触り心地なんだろうな。


 味をしめた俺は、思い切ってうさぎに顔を埋めた。

 うさぎはまたビクッと反応したけど、俺はそれに構わずうさぎを吸って、吐いて、吸って、吐いて──……



 逃げられた。



 やってしまった。

 いつもこうだ。

 つい吸ってしまうんだ。


 「難しいね。構いすぎると離れてしまう」


 「あっ、あはは……で、でも、ほら、自分の手嗅いでみてよ」


 「手?」


 意図がわからないけど、浅見さんの言うことだ。とりあえず嗅いでみよう。


 「お、おお……!?」


 なるほど、そう言うことか!


 浅見さんに言われるがまま嗅いだ手。そこには紛れもなくうさぎがいた。うさぎと、草の匂いが残っていた。

 触った感触も、持った時の重さも、鮮明に思い出せる。これはあれだ。イマジナリーうさぎだ。俺の手の中にはイマジナリーうさぎがいたのだ。


 「すみませーん、そろそろお時間ですー!」


 早いな。もう規定の20分が経過したらしい。

 連続で入りたいけど、まだハシビロコウもパンダも見てないからな、今日は諦めるしかないか……


 俺たちはふれあいコーナーを後にし、ハシビロコウを目指した。


 「あっと言う間だったね」


 「そっ、そうだね。でも、みんな元気だったから、服、ちょっと汚れちゃった」


 「あれだけ囲まれたら、そりゃ多少はね」


 いいなぁ。羨ましい限りだ。

 浅見さんは心が綺麗なんだろう。だから動物に愛されるんだろう。


 ……ってことはなんだ? 俺の心は汚いのか? 一目で見抜けるほどに薄汚れているって言うのか?


 なんてな。大丈夫だ。今の俺にはイマジナリーうさぎがいる。

 体温も、重量も、感触も、匂いも、全てが鮮明に残っている。

 この手を嗅げば、うさぎはそこにいるんだ。


 「クセになるね。うさぎの匂いって」


 俺は手を嗅ぎながらそう言った。

 浅見さんは、そんな俺の様子を見ていた。

 俺も、浅見さんの方を見ていた。



 突然。


 本当に突然だった。



 「うんっ。私も服に匂いついちゃった、ほら……」



 浅見さんはそう言って、自分の服についた匂いを俺に嗅がそうと胸元を引っ張って、俺の方へ伸ばしてきた。


 「えっ!」


 それは「えっ!」だし、「エッッ!」だった。


 不意打ちだった。


 引っ張られて伸びた服の隙間から、浅見さんの胸元が見えた。


 俺の反応にぽかんとしていた浅見さん。数瞬の間を置いて、自分の胸元を見て、


 「……あっ、あっ!! ちっ、ちがっ!!」


 嘘かと思うくらい顔を真っ赤にさせて、ようやく気付いた。


 「そっそのっ、つい! かっ家族と来た時……みたいに……」


 「あ、あーね……」


 「ごめんなさい……」


 「謝ることないよ。家族と仲良いんだね」


 それでもああいうのは家族にもそう見せるものじゃない。とか、そもそも外だから。とか、色々と言いたいことはあった。



 それら全部を飲み込んで、あえて一つだけ言うとしたら──



 「あっ、ハシビロコウ、着いたよ」


 「あっ、だっ、だね」



 その後、この微妙に気まずい空気が良くなることもなく、閉園間際で空いただろうとパンダを見に行くもカンカン君はおらず、園を出て、電車に乗って、駅前のバス停まで浅見さんを送って、そこで解散した。


 ……結局、告白がどうとかこうとか、そういう空気にはならなかった。

 まあ、あんな事があったんじゃしょうがないか。


 でも、最後こそちょっとあれだったけど、今日自体は普通にめっちゃ楽しかったな。

 博物館も発見があったし、動物園も今までよりずっと楽しめた。

 短い時間なのにそう思えるのは、きっと、浅見さんのおかげだ。


 彼女には感謝だな。





 ……それにしても、な。



 本当、驚いたよな。









 黒か。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

となりの新崎さん 桜百合 @sakura_yuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画