第25話 おデート

 「あっ、つっ、着いたよ」


 「お、おお……凄い、大きい」


 こんなの初めて。



 さて。

 やっと。やっと着いたか。

 長かった……いや、永かった。

 勿論、浅見さんと一緒にいるのが嫌ってわけじゃない。けど、それでもこの5分は心の底からしんどかった。

 暖簾に腕押し。豆腐に鎹。糠に釘。


 「特別展だから、こ、こっちだよ」


 この博物館に来たのは今日が初めてな俺とは対照的に、浅見さんは何度も来ているのか、館内の構造を知り尽くしているようだった。


 自主的に博物館に行くとか、凄いよな。基本家から出ない俺なら、行けても精々が地元の図書館だよ。



 特別展は、『ワヤン・ゴレ』と『ワヤン・クリ』の展示がメインで、影絵人形芝居のストーリーや各キャラクターの詳細なんかがパネルに書かれている。


 正直、滅茶苦茶面白い。


 「わ、わぁ……」


 「おお……」


 そして、ワヤン・ゴレも、ワヤン・クリも、造形が良すぎた。

 ワヤン・ゴレの衣装の装飾は、煌びやかで細かくて、赤や茶を基調としたドレスのような恰好をしたものが多いのに、一目で違うと分かる意匠や文様の多彩さが凄い。


 というか、キャラクターの表情もエグいな。異様に発達した犬歯とお胸むき出しのキャラクターとか、対照的に目を閉じて空を仰ぐような穏やかな表情をしたキャラクターとか、バラエティに富んでる。

 こういうのって日本人形には無いからか、異文化って感じがして心躍るな。


 「凄いね」


 「うん。素敵……」


 ワヤン・クリは水牛の皮とか角で作られてるんだ……装飾とか文様とか彩色とか、ワヤン・ゴレより数段派手だな。

 平面だから描きやすいのか。

 金色の肌に赤や黒の衣類や装飾、顔色が映えていて、目が離せない。

 影絵芝居に使われる人形なのに、採色が派手なものがあるなんて、考えもしなかった。どうせ影になるなら切り絵みたいな物でいいじゃんか。って。

 でもワヤン・クリは写す影に色が乗るよう計算された厚みになっているらしい。凄すぎる。

 

 どれもこれも、高い水準でカッコイイな。

 薄暗い照明も相まって、飲み込まれそうだ。



 俺と浅見さん、2人ともほとんど無言だった。

 それぐらい集中して、見入って──



 ──気付いたら、一周していた。


 「ああ、今のが最後だったんだ」


 「あっという間だった、ね」


 凄いな。楽しいな博物館。再入場出来るみたいだし、もう一周行くか。


 「浅見さん、もう一周しない?」


 「あっ、う、うん! 行こ!」



 そうしてもう二周目も終え、すっかりワヤンに惚れた俺は、物販で展示物解説の冊子を買った。

 実物も欲しかったけど、高校生のお小遣いで手を出せるような金額ではなかったから、気休めみたいなものだ。

 バイトをしようか本気で検討するレベルだな、これは。

 一過性の興味かもしれないけど。


 「私も、買っちゃった」


 浅見さんも冊子を買ったようだ。

 写真じゃ実物に劣るとはいえ、あの素晴らしさを自宅でも味わえるんだ。そりゃあ買うよな。


 「いつか人形の方も欲しいね」


 「うっ、うん。棚に飾りたい」


 「わかる。そんで夜中に見てビビる」


 「ふふっ、そうだね」



 あ。



 気付いたら緊張は解けていた。恐らく、随分前には、もう。


 第二書庫で浅見さんや状態2と話していた時のようなフラットな感じ。

 ただ楽なこの感じ。


 「少し遅くなっちゃったけど、ご飯食べない?」


 「あっ、う、うん」


 もし浅見さんが本当に俺のことが好きで、その気持ちを告白されたら。


 そして、俺が「YES」と答えたら。


 「あっ、せっ、せっかくだし、中のレストランにしてみない?」


 「いいね。行こうか」


 もし、そう答えたら、このフラットな空気はどうなるんだろう。

 上と下のどちらに振れるんだろう。


 よく言うだろ。付き合うことでこの空気が壊れるのが嫌だ。とか、今までのままの方が心地いい。とか。恋愛は付き合うまでが楽しい。とか。


 それ、本当にそうか?

 なんで現状が最高到達点みたいに思い込んでいるんだ?

 今以上に楽しくなるかもしれない。その可能性だってあるじゃないか。

 

 現に俺は今凄く楽しい。

 自分では絶対にし得ない体験をして、刺激的な時間を過ごしている。

 見た目がお洒落なだけで味がサイゼと大差ないこの1000円のパスタとか、普段なら絶対に食べないしな。


 いつもの浅見さんや状態2と話すのも楽しいけど、こうして自分が未体験の世界を知っている人で、かつ波長が合う人だったら、いっそ、思い切ってみるのもいいんじゃないだろうか。



 だって、ワヤン。本当に良かったんだ。

 自分の”好き”が更新される感覚、それを齎して貰った今、ただの友達でしかなかったこの人相手に「NO」と答える気が沸かないんだ。



 もし、もしも──



 「あっ、た、たかなしくん……?」


 「──えっ……あっ! ご、ごめっ! その、ちょっとぼーっとしてて」


 はっず……浅見さんの顔ガン見してた……


 「あっ、え、えっとね、それでね、この後は、ど、動物園とかどうかなって」


 動物園……隣のヤツか。


 クッソ暑い外に出るのは勘弁願いたいが、展示に見入っていた甲斐もあってもう3時前だ。

 ここからは少しずつ気温も下がっていくし……それに、普段なら行かないからこそ、こういう時だからこそ、行ってみるのが良いんだよな。


 「そうだね。行こっか」


 「うっ、うん!」


 浅見さんってデフォルメにしたら、頭の上ら辺に汗がぴゃっぴゃしてる演出付きそうだよな。

 


 会計を済まし、外へ。

 嘘かと思わざるを得ないような相変わらずのむわっとした熱気に歓迎されつつ、動物園へ──




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