第24話 おデートです

 7月31日。

 明日から8月。

 気温がとても高い。

 湿度も高い。

 ムシムシする。

 雲一つない快晴。

 あっいや、遠くにある。

 すっかり真夏日だ。

 汗が止まらないな。

 制汗系のあれやこれやはブチ撒けてきた。

 でも汗が首を滴るのがキツすぎる。

 どうして制汗剤はワキとか全身ばかりなんだ。

 もっと頭部に冷をくれ。

 博物館涼しいといいな。

 冷房ガンガンで。

 それこそドンキみたいな。

 キンキンに冷えててくれ。

 てかあれか?

 もしかしなくてもあれか?

 俺が早く着きすぎたか?

 10分前の10分前。

 つまり20分前。

 ……別に普通だよな。

 遅れるわけにはいかないし。

 待たせるのも悪いし。

 であればこれぐらいの時間に着くのは普通だよな。

 しかし問題はそこじゃないな。

 暑すぎることだな。

 どこかで涼んでようか……

 いやそれで入違ったらそれこそ申し訳が立たない。

 あまりの冷に鳥肌は立つかもしれないが。

 いいや。

 どうせもうすぐ来るだろ。

 あと少しの辛抱だ。


 しかし暑いな。

 サンカスカンカンで草。

 顔もIDも真っ赤っか。

 でも俺は体力ゲージが真っ赤っか……

 

 ……あ。

 ああ。

 来た。


 「ごっ、ごごご、ごめんなさい! おまっ、おま、お待たせしましてゃっ!」


 浅見さんだ。

 白衣を着ていない姿は初めて見るな。身体のおうとつが出る系の服を着ていて、眼鏡もビン底じゃないシンプルなデザインのものをかけている。


 ……オシャレだ。オシャレをしている。

 

 馬子にも衣裳って言うと失礼だけど、普段の彼女からはハッキリ言って想像出来ない出で立ちだ。


 「いや、待ち合わせよりずっと早いよ。大丈夫」


 マズい。緊張してきた。

 てっきりいつもの感じで来ると思ってたから油断した。

 大丈夫か俺の呂律。ちゃんと回ってるか。


 「あっ、じゃ、じゃあ、行き、ましょう……か?」


 「あっ、う、うん」


 挨拶もそこそこに、俺たちは博物館目指して歩き出した。

 駅から徒歩5分の距離。なので歩いて向かうわけだけど、たぶん、きっと、絶対ってほどじゃないけど、かなりの高確率で、俺はこの5分を果てしなく感じる気がする。


 だって……なぁ?


 そんな声にならない同意を求める視線に、あるものが映る。

 俺と浅見さんの全身だ。

 カフェの窓ガラスに映る俺の恰好は、このオシャンな浅見さんと並ぶとだいぶ見劣りする。

 飾り気はないし遊びもないし、小物はないし柄もない。せめてあのオシャンな花柄の、古着のTシャツを着てくればよかった。なんと言っても俺の勝負服だから。


 「あ、どっ、どう、しました……?」


 「い、いや、なんでも……」


 ……もう少し身なりに気遣おう。


 俺のことを好きかもしれない人と歩いている。

 格好のオシャレさに雲泥の差がある人と歩いている。


 公開処刑の4文字がちらつく。


 浅見さんはもじもじしながら俺の隣を歩いていた。

 時折こちらを見上げては、目が合うと慌てて視線を下げる。



 ……幾多数多の漫画を読んだ俺にはわかる。

 これは”デート”だ。

 付き合ってないから違うとか、両片思いじゃないから違うとか、博物館は学びの場だから違うとか、手を繋いでないから違うとか、こんな自分がこの人となんて烏滸がましいとか、創作物に登場する男も女も、自分がその場に置かれた時は客観性を失い、得てしてこのような言い訳を並べる。

 でも俺は知っている。彼らのあれは紛れもなくデートだし、であるならば、今俺たちがしているこれも紛うことなきデートなのだ。


 なんて自覚をして、緊張に拍車がかかる。


 なんでデートなんかしてんだ。俺。

 これも夏の魔物のせいなのか。はたまた偶然と夏の魔法とやらの力なのだろうか。


 「えっと、えっとね、今特別展やってて──」


 ああ、あの浅見さんが。

 人付き合いが全くと言っていいほど出来ない浅見さんが。

 いつも状態2の力を借りていた浅見さんが、気を遣って話しかけてくれている。


 なら、緊張するとかヌルいこと言ってないで、俺も、少しでも頑張ろう。


 「ワヤンだっけ?」


 「そっ、そう! あの、小鳥遊くんって、『パンドラ』……? 好きなんだよね?

 あっあれのね、なんだっけ、顔のペイントが凄くて、影を使って戦う……」


 「ああ、楢山さん?」


 「そっ、そう! あの人モデルって言われてるんだ!」


 おおっ、いい、いいぞ。


 「ああ、影絵の何かってのは見たことあったけど、それがワヤンなのか」


 「う、うん。不気味なデザインだけど。かっ、かっこいいんだよ」


 この調子でもう何ラリーかすれば、5分なんてすぐだ。きっと。

 

 「凄い。よく知ってるね」


 「あっ、えっと……今日のために……調べて……」


 ゔっ……!


 「──っあ、あぁ~……そ、それは……どうも……」


 「はい……」


 「……」


 「……」


 き、気まずいっ……

 それに、わざわざ相手の好きなものと、それに関連するものを調べたりしてる辺りこの人、本当に俺のことが好きっぽい……!


 「は、晴れて良かったね……?」


 「あっ、はい……」


 「雨だったらズボンの裾とか濡れちゃったりしてね」


 「あっ、あはは……」



 誰か殺してくれ。

 どうすりゃいいってんだ。

 もう耐えられない。



 ……ああ、やっぱり。やっぱりだ。





 徒歩5分が果てしないんだ……




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