獣人と王女【異世界凡人シリーズ1】

チン・コロッテ@短編で練習中

第1話

 窓際の王女はいつも美しい——。


 王女はこの豪奢な王宮の自室から、時折遠く彼方に恋焦がれるように寂しそうな顔をする。衛兵の僕は持ち場に立って、それをただ眺めている。


 彼女が何を想っているのか知りたい。彼女と話したい。


 そう思うけれど、獣人族の僕と人間の王女さまでは身分が違い過ぎる。僕ら獣人は人間のように魔法は使えないし、知恵もない。僕はただ耳が良くて、力も強いから雇われているだけで、そもそも話すことすら法律で禁止されている。僕らは人間にとって下級の存在なのだ。


 だけれど、彼女は部屋に戻る時にからなず僕に一瞥をくれる。


 勘違いなんだろうか。でも、他の人には——他の獣人も人間の衛兵にも、目を向けていないようだった。僕だけに向けられたもの、そんな気がしていた。


 一応、そう思うのには理由があるんだ。

 毎日目が合っているというのもあるけれど、昔王女は誰にも見えない角度で、僕に向かって口を動かして何かを伝えようとしてくれたことがあったのだ。

 そして、それが僕が王女さまを気になり出したキッカケでもある。


「ねぇ、知っているの?」


 そう言った気がするけれど、その言葉が何を意味するのか僕には見当がつかなかった。人間が何を考えているのか、話すことを禁じられた獣人の僕には分からなかったのだ。


 それから僕は王女が現れると目で追ってしまうようになった。気付けば僕は王女に惹かれていた。


 僕は帰路に着く度に思うのだ。


 この恋は僕の心の中だけにしまっておこう。早く諦めなくては、勘違いをやめなくては……。


 でも、朝着任する度に僕は思う。


 あの美しい王女と話したい。触れ合いたいって。



 いっそこんな仕事辞めてしまおうか、この苦しみから逃れるために。と思う事もある。かと言って、仕事を辞めれば、獣人の僕に仕事なんてほとんどなく、弟達を養うことが出来なくなる。実際には辞めるわけにはいかなかった。

 僕はジレンマの中にいた。



 そんなある日、宮殿は"特別な人が来る日"とかで、にわかに騒がしくなっていた。衛兵もフル動員で警護に当たっている。


 僕はいつもの位置からずれて、今日は王女の部屋の窓の直下にいた。


 今日も窓が開く音がして、王女が窓枠に寄り掛かる。少しキョロキョロと見渡して、僕を見つけて、しばらく目線が交差していた。


 王女の目が何かを訴えているように見えたけど、僕にはそれが何を訴えているのか分からない。人間が何を考えているのか、話した事もないから分からない。もどかしかった。


 しばらくして王女は部屋に引っ込んだ。そのとき、彼女はハンカチを落とした。


 純白のハンカチがヒラヒラと舞い、僕は汚すまいとそれを慌ててキャッチした。ハンカチには何かが書いてあった。だけれど、僕は人間の文字が読めない。



 僕は迷った。


 これを直接に王女に届ければ、王女と話すことができるかもしれない。そのときに、王女と仲良くなれたなら、もしかしたら僕らは……。

 でも、僕ら獣人が人間と話せば——しかも王女さまと話したことがバレたならきっと死刑を免れ得ない。僕の弟達は路頭に迷うことになる。

 だけど、このハンカチは……。このハンカチに書いてあることは……。きっと……きっと僕に向けられたことなんじゃなかろうか……。



 僕は逡巡し、持ち場を離れて、とある扉をノックした。






「入りたまえ」



 野太い男の声がして、僕は部屋に入った。部屋の表札の名前は、「衛兵長室」。ハンカチには書いてあった文字は必死に擦って読めないようにしておいた。


 僕は、衛兵長にハンカチを渡して、また持ち場へ戻った。


 王女はしばらくして結婚して、この宮殿を出て行った。宮殿を去るとき、王女は僕を探さなかった。


 その後で王女が幸せに暮らしたという話は聞いたことがない。


 そして、僕が幸せに暮らしたという話もまた聞くことはなかった。

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